桜の下でⅤ
事は四年前。
桜花が六年生だった頃だ。
「ねぇ、桜花さん。宿題やってきてくれる?」
クラスでは桜花に向けたいじめがはやっていた。
宿題を代わりにやらせる、桜花から借りた本をぼろぼろにして返すなど、ひどいものだ。
運悪くクラス替えで同じクラスになったから、三年の頃から続いている。
「…うん。」
うまく断る方法が思いつかず、言う通りにしてしまう。
そこが悪いところだ。
そんな時、目についたのが桜だった。
「いちょうの中に、一本だけ…?」
桜花は共通点を二つ見つけて、嬉しくなった。
名前と、たった一人という寂しさ。
「ね。私達、同じだね…。」
言ったとたん、涙があふれた。
辛くて、寂しくて、楽になりたいと思って。
そして次の日。
桜花は自殺した。
* * *
「うそ…。」
私は驚いて、かすれた声しか出なかった。
「で、友達がいないことが心残りだったの。だからここに帰ってきたんだ。」
思い出しているのか、目を細めて言う。
「じゃ、桜花は本当に幽霊なの!?」
問題はそこだ。
「そうね。だいぶ忘れてたけど…。」
最初と同じように、穏やかな声で言った。
「忘れてた…って…。」
「でも私、もう行かなきゃいけないな―。」
桜花は、簡単に、のんびりという。
「行く?どこに?……うそ、でしょ…?」
予想がついた私は息がしづらくなった。
桜花がいなくなるなんて…。
「ちょっと、そんな悲しそうな顔しないでよ!大丈夫だって、また会えるよ。だって私達は――。」
桜花が言った時、強い風が吹く。
聞こえない…。
何て言ってるの?
「――でしょ?」
分かんなかった…。
きっと、大切な言葉だったのに。
「あ、もう時間だぁ…。」
桜花の体が透けていく。
本当の幽霊のようにふわりと浮かんで。
「桜花!」
伸ばした手が空を切る。
穏やかな笑みを浮かべながら……。
桜花は消えた。
桜花がいたところに残っているのは、桜の若葉と茶色の幹。
「桜花…!うそでしょ!?戻ってきてよ!」
校庭に一人、私は叫ぶ。
「ねぇ…!」
涙があふれた。
『翠…』
私の名を呼ぶ、きれいな声。
まだあの声が耳に残っているのに。
『友達がいないことが心残り』
そう桜花は言っていた。
じゃあ、私のせい!?
「桜花は…友達だったんだ…。」
友達。
春の間、一緒に遊んだ友達。
「桜花…!」
友達のための涙が茶色の土に染みこんだ。




