桜の下でⅣ
噂とは、実にすばらしいものだ。
悪い意味で、だけど。
「ねぇ、幽霊と話してるってホント?」
朝のことだ。
クラスメイトの一人が意味不明な問いかけをしてきた。
「はぁ?」
「本当なの?」
何がどう転んでそうなるのか。
「だって、風上さんが言ってたよ。杉原さんが幽霊と話してるって。」
「風上?風上千春…?」
心の中に怒りの感情が出る。
何故かは知らないけど、桜花を幽霊だと言われたのがとてつもなく嫌だった。
「許せない…!」
私は思うままにかけだした。
千春に聞くために。
桜花は幽霊じゃないって真っ正面から言ってやる。
それ以上、私達の桜を汚さないで!
「千春!」
もう呼び捨て。
当たり前だ。
「あら、杉原さん。」
千春は、校庭で、一本の桜の木を背景にして笑った。
――あの、私達の桜の木の前で。
「幽霊――桜花、だっけ?いるの?」
「うるさい。あんたに話すことなんか一つもないから。どっか行ってよ!」
ここに来られるのが嫌だった。
別に複雑なことをなくせば、ただ単純に嫌だった。
「どこにも行かないわ。私は気になったことは最後まで調べるタイプなの。」
「先生方にとっては大喜びね。私にとっては嫌なだけなんだけど?」
「あんたの気持ちなんかどうでもいいの。」
私と千春はにらみ合う。
周りには何事かと見に来ている人が大勢いた。
「…翠?」
後ろから知っている声がかかった。
私はおそるおそる振り向いた。
「…桜花…!」
間が悪すぎる。
今では、千春やその他がいるのに。
「…?そこに、いるのね?」
千春が今までとは違う声で言った。
自信がない、という声。
「見えるでしょ?目、悪いの?」
私は皮肉を込めて言ってやった。
でも千春は、怒るどころか不思議そうな顔をするばかり。
「違う…。あなたが言ってる場所に桜花さんがいないわ…。」
「ちゃんといるよ?」
ある思いが私の頭に浮かぶ。
もしかして、本当に桜花は…。
そんなわけない!
「ふん!どうせ桜花さんは幽霊なんでしょ!なら見えるわけないわ。」
千春の言葉に、静まってきていた怒りがよみがえった。
「何言ってんの!?桜花は幽霊なんかじゃないわ!現に私に見えてるじゃ――。」
「翠。」
私が最後まで言う前に桜花が私を止めた。
振り向くと、桜花の顔が悲しげにゆがんでいる。
「桜花…?」
桜花は目を閉じる。
すると。目が痛くなるほどの光が桜花からあふれた。
「これなら、見えるでしょう?千春さん。」
光が消えた後の桜花の顔は、これまで見たことがないほど冷たかった。
思わず息を飲む。
「ごめん、翠…。」
「何で謝るの?」
私は混乱していた。
桜花が幽霊と言われ、桜花が意味不明なことを言う。
人生メチャクチャだ。
「私、人じゃないから…。」
「人じゃ、ない?」
「ええ。千春さんの言ったとおり。私は…。」
「言ったとおり…って…。嘘でしょ!?嘘って言ってよ!桜花は…人、だよね?」
怖かった。
こんな感情は初めてだ。
どうして?
「ごめん、翠…。本っ当に、ごめん!」
「謝るだけじゃ、分かんないよ…。」
聞かない方がいいのに、聞きたくなる。
真実を確かめたい!
「千春さん。どっか行って。」
桜花が冷たく命じた。
千春はしばらくポカーンとしていたが、慌てたように去っていった。
周りの人もついていく。
「桜花?」
「座って。――ちょっと、話そう。」
桜花は微笑んだ。
よかった、いつもの笑顔だ。
「ごめんね、翠。私の本当のこと言わなきゃいけなかったのに。ずっと言わないできたから…。」
悲しげに目を伏せる。
桜花にこんな顔をさせることになった千春に再び怒りが。
桜花には、そんな顔をしてほしくない!
「わたし、ここに住みついてるの。」




