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出逢い

【登場人物紹介】

真乃まの 亜希斗あきと

性別:男

血液:AB

献血の呼び込みのバイトをしている高校生。

ちなみに献血についてあまり知識はない。スカウトの理由も「イケメンだから」。ただし、本人自覚なし。

血液型と血質を見ただけで瞬時に見抜く妙技が使える。


ミヨカ・バハムート

性別:女

血液:AB

魔界からきた自称高貴な吸血鬼。吸血鬼の王から立派になるための試練を授かる。

水晶占いで適合者と定められた亜希斗を求め、人間界へ。

ゲーマーでいつもゲームをいじっており、RPGとS.RPGが好き。


神坂さん(みさか-さん)

性別:女

血液型:O

呪器:なし

亜希斗のバイト先の長。だらけ気味な人だが、仕事と手は早い。ちなみに彼女が亜希斗をスカウトした。無免許っぽいが、ちゃんと要る免許は取得済み。


【01 夕暮れの出会い】

「すみませーん!献血に御協力くださーい!」


5月下旬、梅雨の季節に入ろうとしているのか、タイルの道路でのバイトは蒸し暑くて辛い。

逃げ場のない全体攻撃。学校指定のカッターシャツの袖を捲り、汗を拭いながら亜希斗は必死に暑さに抗い、呼び込みを続ける。


(くそー、暑いな・・・。バイト代とか増えないかな、『暑いからジュース代』な感じで)


邪まな考えをしつつ、亜希斗は車のエンジン音に、通り過ぎるギャルたちの話し声に負けないよう、呼び込みを続ける。


「あら!カッコイイ!ねぇ、協力してあげない?」


「そうね。ちょっと、貴方~」


「はい。では、こちらへ」


ちょっと声を張ったからか、おばちゃん二人が来てくれた。それから。また一人、また一人と順調に協力してくれる人が増えてくる。

献血の車に入っていく人たちを見ながら心中呟く。


(A、AB、B、O・・・・・・全員(良好)っと)


亜希斗の眼には相手の血液型を見破る能力があり、ヒマさえ有れば相手をちらりと見て血液型の情報を得ている。

さらに血の状態も判別が可能で、今日も担任の先生の血に異常があったため、病院に行くことを薦めた。

そして、先程連絡があり、本当に血液に異常が見られたそうだ。病名は小難しくて覚えていないが、ほっとけば死に至るものだったようだった。


(しかし、みんな健康だからこの能力、意味ないんだよなぁ)


自分の能力の使用用途を思い、残念に思ったのだった。




「いや~、亜希斗くんのお陰で利用者が伸び傾向だよぉ」


「ありがとうございます、神坂さん」


バイトの終了―つまり、献血も終了だ。辺りは夕焼けでオレンジ色に染まり、バイト開始時の青空はオレンジ色に侵略されかけていた。さて、今、彼がいるのは献血車の中だ。辺りには色々な器具があり、まるで病室がそのまま来た、というのがピッタリだ。そして、その運転席の方―亜希斗はオフィス向きのキャスター付きの椅子に腰掛けた20代中盤の女性 神坂の前に立っている。彼女は呑気そうな声を出しながら、電卓を打つため、手をせわしなくボタンが壊れそうなくらい動かしている。


「・・・何個目ですか」


「んー、3個目かなぁ?あ―給料の精算終わったよぉ」


「ありがとうございます」


給料の入った封筒を受け取る。心なしかちょっと厚い気がし、神坂に尋ねてみた。


「なんか太くないですか?」


「え!?太った!?」


神坂は目を丸くし、白衣の下のシャツを捲り上げた。現れる白い肌、見事に整ったウエストは太っているはずなどなかった。


「ち・が・う!封筒の方!」


亜希斗はそれに対し、キレ気味に封筒を叩き、アピールした。


「あ、そっち。ジュース代入れておいたからねぇ」


神坂はまた呑気な口調に戻り、ほっとしたような表情だった。


(なんだ、この人・・・。エスパーか?)


バイト中、心の中で呟いたことが実現してドキリとした亜希斗だった。


「神坂さん、お腹仕舞ってください。冷えますよ」


「あー。失礼。いやあ、お恥ずかしい」


「恥ずかしいのはこっちですよ」


亜希斗と神坂の笑い声が車内に響き渡った。


「さて、日が暮れない内に帰りますか」


亜希斗のバイト先から暮らしているアパートまでは歩いて12分ほどの距離だ。沈みそうな夕日を眺めながら、慣れつつある帰り道を歩く。と、そこで彼は気になる貼紙を見つけた。


「『怪物出現!見つけたら・・・』。あぁ、あのニュースか」


亜希斗はリアルタッチで描かれた怪物の絵を見ながら昨日のニュースを思い浮かべる。


『―市に怪物が出現したそうです。―市の皆さんは注意してください。で、特徴ですが―』


①大きな翼


②長い尻尾


③頭に角


(RPGかよ・・・)


ニュースキャスターの呆れたような口調を思い出しながら、再び帰路に着くのだった。




「ここだよね?亜希斗さんのお部屋って」


「はい。情報通りなら」


亜希斗がバイト先を出た頃、彼の部屋の前には二人の人物がいた。一人はこのコンクリートで囲まれた殺風景な空間には眩しいほどの美しさをもった黒と白のドレスを纏った中学生くらいの金髪の少女。

もう一人はロングスカートのメイド服を来た少女のお付きのようだ。


「まだかなぁ」


少女は暮れる夕日を眺めながら、嬉しそうに微笑んだ。海のような青の瞳に、燃える日を映して―

汗で張り付くシャツの欝陶しさに苛立ちが増し、壁を殴りたくなる気持ちを抑え、階段を昇っていく。コンクリート出来ているため、熱気が篭り正直辛い。


(ちょっと早いけどエアコンの起動テストも兼ねて付けよう)


階段を昇り、長い廊下を歩き自らの部屋の前に立つ。ポケットから扉の鍵を出して開けようとする、が。


「あれ?閉まってる・・・。てことは、開いてた・・・」


朝まで記憶を巻き戻す。確かに閉めた。ノブを掴み、三回引っ張った。記憶を辿っても亜希斗は自分に非がないに気がついた。


(まさか、空き巣か?いや、空き巣は男の部屋に侵入する可能性は―ない訳はないし。とりあえず―)


鞄から一番殺傷能力が高そうな「新版-国語辞典」を取り出す。何故か、箱の方には角に鉄のフレームで装飾されているが。


辞書を片手に再び鍵穴に部屋鍵を差し込み、中の様子を伺う。と、そこには


「おかえり~、亜希斗さん。ご飯にする?お風呂にする?それとも、吸・血?」


金髪に黒と白のドレスを着た美少女がいた。年齢は自分より下、しかし、そのまだ幼い印象の顔立ちは可愛いさの中に気品さを感じた。

亜希斗は目の前の美少女に一瞬見取れてしまった。今までに、こんな美しい異性にあったことはなかったからだ。

辞書を持った手からは力が抜け、辞書が地に落ちて金属の鈍い音を反響させる。


「亜希斗さん?」


少女が小首を傾げる中、鍵が入っていた方とは反対のポケットを探る。そして、携帯電話を出し、ある番号へとかける。


「もしもし、警察ですか」


「亜希斗さん!ごめんなさい!」


警察に電話を繋いだ瞬間、少女は手を翳した。そして―


「今、部屋―わっ!?」


耳元の携帯電話が爆発した。小規模だったが、鼓膜が破れるから心配になるほどではあった。


(な、なんだ・・・?今のは)


亜希斗は驚いた。今、白煙を上げる彼の携帯電話は高校入学と同時に購入した新品同然のものだ。

だから故障ではない、亜希斗はそう確信し、地に転がる携帯電話―ではなく、国語辞典を拾いあげ、もう片方の手で少女の頭を掴んだ。


「い、痛い!?亜希斗さん、ギブ!ギバップ!」


少女は涙を流し、無駄に良い発音で解放を望む。しかし、万力の如く締め上げる亜希斗の手を引き離そうと試みるも、所詮は女の子だ。そのささやかな抵抗すら無力であった。


「んじゃ、ちょっと質問に答えてもらおうか?」


「きょ、拒否権を行使し―ぎにゃあああ!!」


「拒否権発動は認めんぞ」


何かと便利な拒否権を行使ししようとした少女の頭を亜希斗は何の躊躇いもなく締め上げる力を強めた。

指が食い込んでいる箇所(こめかみ辺り)は青くなっており痛々しく見える。


「あ、亜希斗さぁん!!いた―ぎにゃあああああああああああ!!!!!?」


だが―亜希斗の締め上げる力は弱まらない。それどころか、強さを増す。


「なんか言い方がムカつく」


「理不尽ですね!?」


少女はまだ余裕なのか、まだ突っ込む体力はあるようだ。


「しかし、中々丈夫な身体だな」


「いやん♪丈夫な身体なんて、亜希斗さ―やめてくださいー!!!!」


少女の余裕さに腹が立った亜希斗は手にした国語辞典を振りかざした。夕焼けに金属の角が光り、赤く染まる。それはこれからの少女の結末を物語っているようだった。


「わ、分かりました!!話します!先カンブリア時代から現代まで語る勢いで語りますからぁ!!」


少女がそう言うので亜希斗は少女をフローリングに舌打ちをして押し倒した。可愛らしい顔は涙と鼻水と唾液とで酷いものになっていた。


「はぁ、はぁ・・・。こんなか弱い女の子を押し倒すなんて・・・」


「丈夫な身体のくせに」


少女はゴスロリっぽい服の袖で液体を拭い、亜希斗を見つめる。亜希斗も少女を見つめる。視線がぶつかる―こんな出会いじゃなきゃ


「あの、亜希斗さん?」


「なんだ、今から尋問するから遺言くらいは聞くが?」


「ちょ、話し合うだけですよね!?尋問って!!」


恋になっていたかも、亜希斗は小さく溜息をついて少女の服の襟を掴み、部屋に引きずり込むのだった。



「しかし、意外に片付いてますね」


「まあ、これでも綺麗好きだからな」


亜希斗は部屋を見回す少女の前にシュークリームとホットココアを置き、腰を下ろす。シュークリームの上には粉砂糖がまぶしてあり、雪の積もりかけた雪原のようだ。


「あれ、尋問するんじゃ・・・?」


「あん?しないよ、面倒だしな。とりあえず食え」


「あ、では遠慮なく―ハムッ」


少女は小さな口を開き、パイ生地をかじる。サクサクと軽い音を立てて、食べる。


「あ、美味しいです!」


「だろ?シュークリームって言うんだ―って、シュークリームくらい分かるか」


口周りにクリームがついても気にしないで食べ進める少女に亜希斗は苦笑いで尋ねる。


「いいえ!初めて聞きました!魔界にも『死雨暮忌ム』って似たような小説はありましたが―私は断然シュークリームが気に入りましたね」


「小説か・・・。なんか気になるな」


亜希斗は本を読むのが好きで、「本」や「小説」という言葉に反応してしまうのだ。


「じゃあ、あとで転送しておきます」


「頼む―って、俺、魔界文字読ねぇな」


「あー、日本語訳したやつありますので大丈夫ですよ」


「そうか。助かる―って。おっと、お前の名前聞くの忘れてたな」


亜希斗は思い出したように言い、頬にクリームと砂糖を付けた少女に尋ねる。彼女はちゃんとやる場と分かってか、口周りを袖ではなくティッシュで拭き言った。


「申し遅れました―私、ミヨカ・バハムートと言います。魔界の王から命を受け人間界に参りました。あと、一応姫様です」


少女―ミヨカは立ち上がり、ドレスの端を持ち上げ会釈した。


「へー、大役だな。てか、姫なのはついでなんだ」


「それは置いておきましてね。とにかく、行く前に皆からお祝いしてもらいましたよー」


「よかったな。で、魔界からの命って?」


「えーと、なんか魔界で大戦争があるらしいので『輸血』用の血がいるようでして」


「で、人間から血、取ってこいか」


「はい」


「なんで俺んとこに?」


「亜希斗さんに血の選別能力があると水晶占いで出たので。あと、私のタイプだったので」


「で、なんで要るんだ、俺の能力が?」


「王曰く、良い血が欲しいようで亜希斗さんと一緒に生活して、能力を貸してもらえって」


「うん、じゃあ帰れ」


「はーい。いやいや、駄目でしょ!」


「ちっ」


亜希斗はわざと大きく口で舌打ちを言った。そっちの方が相手を不快にする、と思ったからだ。ちなみにさっきから「」続きだったのは、やらないと彼が言った尋問が行われていたからである。


「そんなに嫌ですか!?口で言わんなんほどに、嫌ですか!?」


ミヨカはココアを飲み、叫ぶ。目尻には涙を浮かべており、ショックだったようだ。やけ酒ならぬやけココアである。


「当たり前だ!なんで悪魔と一緒に生活しなきゃいけないんだよ!」


「はっ!私は吸血鬼で悪魔の中でも高位な種族ですよ?だから、亜希斗さんを襲ったりしません!」


「携帯を爆散させたやつの台詞なんか信用できるか」


亜希斗は先程破壊された携帯電話を机に叩き出した。タッチ機能搭載の大画面は四方八方に亀裂が走り、見るも無惨な状態と化していた。さらに言うと、叩き出した際に微細小の硝子片が宙に舞った。


「うっ。た、確かにケータイを爆散させたのは謝ります。でも、公的機関なんか呼ばれたら捕まるじゃないですか!?」


何を当たり前のことを言っているんだ、こいつは。亜希斗はまだ熱湯の入ったケトルをぶつけてやりたい衝動に駆られた。何を言っても無駄な気がするので、亜希斗は腹を括った。


「はあ・・・。仕方ないな」


「!じゃあ―」


「ああ。家に滞在させてやるよ。ただし、お前は床で寝てもらう」


「フローリングですよ」


「頑丈なお前にはぴったりだ」


「・・・」


こうして自称高貴なる悪魔 ミヨカ・バハムートが我が家に滞在することが決定したのだった。


【02 夜襲】

「やつか?」


「みたいだね」


亜希斗とミヨカがテーブル越しに騒いでいるのを二人の人物が眺めていた、見下すように。


男性と思しい長身の黒いフード付きのロングコート着た者は、肩に座る少女に尋ねかける。少女はミヨカと同じくゴスロリの、ただしこちらは白を基調した服装に身を包んでいた。携帯電話サイズの端末の明かりに白肌を照らし、操作していた。


「アキト、か。中々、イケメンだね」


「ふん。お前は顔さえ良ければ誰でもいいのか」


男性の言葉に少女は整った眉を吊り上げた。


「し、失礼な!顔も大事だけで中身が終わってたら嫌だよ!?」


耳元で喚く少女の声に苛立ちを隠せない男性だったが、咳ばらいをし話を戻した。


「とにかく、バハムート家にあのアキトとかいう少年を捕らえればいいのだな?」


「・・・そうよ。問題は中身、中身よ―って、あ、うん。そうだよ」


男性はこの数分の内に何度をついたのか分からない溜め息をまたつくのであった。



「しかし、すげえな悪魔の力って」


亜希斗は感心の声を挙げた。現在、眼前の机で亜希斗の携帯電話を、吸血鬼ありこの携帯電話の破壊者であるミヨカが直しているのだ。彼女の手元は赤黒く輝き、いかにも悪魔らしく禍々しい。


「まあ、伊達に破壊と再生を繰り返していた訳ではないですからね」


ミヨカは苦笑いしながら作業を続ける。やがて部屋中を赤く染めていた発光が止み、ミヨカが携帯電話から手を離す。彼女の手が退けられたその下―そこには新品同様にボディの煌めく携帯電話があった。これにはミヨカに警戒心を抱いていた亜希斗も彼女の頭を撫で、喜んだ。


「おぉ、すげえ!?直ってじゃないか!」


「えへへ。どうです、ちょっとしたもんでしょ?」


胸を張り、己の功績を誇るミヨカ。何となく可愛らしい妹ができた気がした亜希斗だった。確かにこんな妹なら居てもいい気がする。不法侵入と携帯爆散、たまに出るおかしな発言を除けばだが。


「まあ、爆散させたのはお前だけどな」


「直したんですから、もう掘り起こさないで下さいよ・・・」


ふて腐れたミヨカは自分の直した携帯電話を亜希斗に差し出した。亜希斗はデータが飛んでないか、電源ボタンを押し再起動させる。カメラ画像、メール、アドレス、アプリケーションを確認していく。とくに異常はなかった。


強いて言うならば


「何、このアプリ?」


水晶体に漆黒の翼を広げる黒龍が描かれたアイコンがあるくらいだ。


「あ、それは今、私たちが集めた血の量が分かるオリジナルのアプリです」


「どれだけ現代に特化してんだよ、お前んとこの魔界は」


現代の情報社会と大して変わらなかった。もしかして、奴らの方が上を行くのではないだろうか。


素朴な疑問は置いておき、亜希斗は件のアプリを起動した。黒い背景に赤字でWelcome!と表示されたそれは危ないサイトさながらであった。危ない匂いのするアプリは起動すると、暫くしてちょうど車の速度計らしきものが表示された。指針は現在、零を指しており、MAXは百のようだ。


「で、どのくらい集めるんだ?」


「書いてあるじゃないですか。百ですよ、百」


「単位は?」


亜希斗は苛立ち気味にミヨカを睨みつける。すると彼女はくつろぎモードから一変、一気に背筋を伸ばした。


「リットル・・・」


「あっ?」


「り、リットルです・・・」


悪魔なのに亜希斗の殺気に怯え、そして震え、口を開いたミヨカ。百リットル―正直果てしない気がした。亜希斗は鮮血の入った牛乳パックが百本が群を成す様を想像し、酷い速攻性の頭痛に襲われた。


「・・・お前も大変なんだな」


こればかりはミヨカに同情した。こんなのなければ友達と遊べただろうに。


「まあ、一族のためです。亜希斗さん、巻き込んで申し訳ありませんが、改めて協力お願いします」

頭を下げるミヨカを見て、亜希斗は顔を上げるように言った。


「まあ、ここまで話されたらしょうがないしな。事情を知ったから抹殺されても困るし」


「はあ・・・。戦争なんてしなくてもいいのに」


ミヨカが意外と苦労人だということを知った亜希斗はほんの少し優しくしてやろう、そう心に決めた。


その時だった。外界と室内を遮る硝子が震えだした。風でも出てきたと思ったが違う。目の前の家に付けられた風見鶏はミリとして動いていなかったからだ。その亜希斗の思考を遮ったのは出会って初めて聴いた真剣な声だ。


「亜希斗さん!『結界術』に囲まれました!恐らく、硝子の揺れは空気圧によるものかと」


結界―確かに先程まで夕闇だった空の色から一変し、今は生気を感じられない灰色へと変貌を遂げていた。地表からは何かを天に請うように黒い靄状の手が伸び、蠢いていた。


「怖っ!」


「あんた何か冷静ですね!?」


ミヨカは亜希斗がもっと恐怖するものだと思っていたようだ。確かに亜希斗はこれが怖かった。リアルでは有り得ない光景であるから。ただ、驚き方がお化け屋敷に入った程度だからミヨカが突っ込みを入れたのだ。


「冷静なものか!?何だよ、これ!」


「結界ですよ、結界!私達、閉じ込められたんですよ!」


「出られるか?」


亜希斗の問にミヨカは首を横に振った。


「いいえ。発動者を叩かない限りは無理ですね」


「なら発動者を捜せ」


その問にも彼女は首を横に振った。


「無理みたいです。サーチ禁止されたようです」


でも―と、彼女は言い足した。


「私が全力を出せば、この環境下でもサーチできます」


亜希斗は自信満々に言い張るミヨカの襟首を掴んだ。しかし、ミヨカは動揺することなく彼の瞳を見つめる。


「じゃあ何故やらないんだよ!?」


「血が足りないからですよ―さっき力使いましたからね」


さっき使った。携帯の爆散と修理のことだろう。彼女は亜希斗のせいで力が満足に使えないと言いたいのか。


「俺のせいか?」


「いいえ。ただ、こちらに現界した際に貯蔵していた魔力が少なかった故です。まあ、魔力を供給すれば済む話です」


「なら、さっさと供給すればいいだろ」


亜希斗が呆れ気味に言うとミヨカは頬を紅潮させ、無言で亜希斗を押し倒した。


「ちょっ・・・!」


不意のことだったので亜希斗は後ろに倒れた。その際、机に肩がぶつかりそうになったが、今、それはどうでもよかった。腹部に重さを感じる。そこには案の定、ミヨカが亜希斗へとのしかかっていた。死の世界で輝く宝石のような美しさを秘めた瞳が、亜希斗の心を魅了する―気がつけば、己がその視線を外せずにいた。


「なっ・・・」


「ふふ、吸血鬼固有能力『チャーム』の味はどうですか、亜希斗さん・・・」


ミヨカは妖艶に笑みを浮かべ、彼の頬に白い手を添える。彼女の手は、温かかった。心拍数が急上昇し、顔が熱くなる。そんな亜希斗のことは知らず、ミヨカは顔を彼の顔へと近づけていく。近づくにつれ、強まる甘い香り―意識が飛びそうになるのを亜希斗は必死に堪えた。


「み、ミヨカ・・・」


「怖がっちゃって、可愛いですね。大丈夫、すぐに終わりますよ―」


そう言いつつ彼女は亜希斗の首筋を甘噛みし、舌を這わせた。亜希斗はあまりの出来事に、身体が震えるのを押さえられなかった。くすぐったい―でも、その感じも次第に薄らいでいく。


「っ・・・」


「私の唾液には麻酔みたいな効果がありまして、暫くすると肌を透過して全身に回ります」


彼女は艶かしく煌めく糸を引きながら口を離し、己の唾液を指の腹で塗り薬の要領で亜希斗に塗り込む。

もはやその感覚すらない、が―何となく何をされているのが分かる。それが何とも言えなかった。


「さて―言葉もでなくなったみたいですし、本題といきますか」


やめろ、再度顔を近づけるミヨカを制止しようにも、口すら動かない。身体も、少し前に動かなくなってしまっている。これから何が始まるのか、亜希斗には全く想像がつかなかった。まさか、このまま身体を好き勝手弄られるのか―しかも、相手は女子は言え、自称吸血鬼だ。その事実が彼の不安を更に加速させた。


「私も、初めてなんで―」


そう耳元で彼女は―


「カプッ」


首に噛み付いた。と、その瞬間


「痛ぁっ!!!?」


首に激痛が走る、先程まで麻酔が効いていたのが嘘のように全身に感覚が一気に回復する。これにはミヨカも驚き、飛びのいた。


「あれぇ?おかしいですね?」


首を傾げるミヨカを睨みながら、噛まれた首筋を触る。ねっとりと唾液で湿っており、拭ってみると粘度の高い透明な液の中に、赤い模様が見られた。血だ、亜希斗はそれをティッシュで拭き取り、改めてミヨカを睨んだ。


「・・・お前なぁ―」


「わっ!ゴメンなさい!撲らないでください!」


亜希斗はティッシュ箱を片手にミヨカを角へ追い込んでいき、新たに修復された携帯電話を取り出し突き付けた。カバーが取り付けられ、衝撃から保護することを目的にしているが、今は凶器としてその役目を果たしている。


「知ってるか?携帯電話のカバーって痛いんだぞ?あと、ティッシュ箱もな」


「じ、事情を説明しますから凶器を!凶器をお収め下さい!」


土下座し、号泣する吸血鬼に舌打ちし、亜希斗は凶器を収めた。ただし、いつでも手に取れる場所に置いているのをミヨカは気づかない様子だ。


「で?事情ってなんだよ」


「実はですね―コホン。私は現在、人間でいう貧血状態なんです。だから、血を分けてもらおうとして、やっちまいました☆って、ぎゃあー!!」


亜希斗はティッシュ箱を彼女の背後の硝子を破壊する勢いで、投げつけた。惜しくも彼女は寸前の所で箱を身を伏せ、回避した。涙目でうずくまるミヨカを見下し、本日何度目だろうか、亜希斗は舌打ちをした。


「ならそれを言え。全く、恥ずかしい思いさせやがって」


「じゃあ、吸ってもいいんですか!?」


涙目ではなく、希望に目を輝かせるミヨカ。亜希斗の首筋を傷つけたと思われる鋭利な八重歯が笑った彼女の口から見られ、抜きたい衝動に駆られた。


「どうせ、血を吸わないと結界が砕けないとか言うんだろ?なら、早くやれ」


「さすが、亜希斗さん。無駄に勘がいいですね。んじゃ、ムッツリな亜希斗さんのリクエストにお答えして―」


ミヨカは亜希斗の首筋を一舐めした後、八重歯を肌に立てた。先程とは違い、痛みもなく、歯が貫通した感覚があるだけだ。やがて、歯の跡から、真紅の玉が出来上がる。


「ペロッ・・・、チュッ・・・、ン・・・」


それをミヨカの綺麗な色をした舌が舐めとる。そのあと、流血する穴から吸い出すように血を飲んでいくミヨカ。耳元から聞こえる水音が艶かしい。


ミヨカが血を吸い、飲むにつれ、目眩が生じ始めた。ここでようやく自分が吸血されているのだと自覚する。


「まだか?」


「ぷはっ!あ、ごちそうさま様です。いやー、やっぱり直で飲む血は最高ですね!」


口から垂れる血を拭うミヨカ。その仕草は牛乳を飲んで口周りについたのを拭うのに似ていた。


「そうか。腹一杯になったなら仕事しろ」


「分かってますって。んじゃ、フルパワーでぶっ壊しますよ!」


へらへら、と手を振り、その手を天にかざす。あの―携帯電話を修復した時の光が収束する。やがて、彼女の白い細腕は赤黒い光に被われる。して―彼女は得意げに口元を歪めた。


「霧散せよ―」


ガシャン、硝子の砕け散る音がした。しかし、ベランダへと通ずる部屋の硝子窓が割れた訳ではなかった。


「ん?何か割れた?」


「亜希斗さん。あんた呑気ですね・・・。結界ですよ、結界!」


「ああ、そうか」


亜希斗は外を見た。確かに先程まで灰色の無機質だった夜空は、見慣れた星光瞬くものへと早変わりしていた。しかし、まだ半壊と言うべきだった。どうやら半球状に展開されていた結界は、まだ残っており灰色の一角が見受けられた。


「むっ。首謀者たちは逃げたようですね。二つ大きな邪気が遠くへと去っていきます」


あっち、と指さし彼女は言うが、何も見えない彼にはどうでもいいことだった。


「でも、結界はまだあるぞ?」


「恐らく維持しているゴーストがいるはずです。今から外に出て潰しにかかりましょう―って、お出ましですね!」


透明な硝子の向こう―そいつはいた。角、翼、そして尻尾―先刻、冗談混じりで見たポスターに描かれたRPGのようなモンスター。牛を基盤にして二足歩行にした上に、竜のような半透の膜の翼を持ち、大蛇を一匹丸ごとつけた完璧に合成獣だ。それがこの脆い半透明の板一枚を挟んだすぐのところにいる、頭が混乱しそうだ。翼をせわしなく動かし、こちらを見る合成獣。いつ飛びかかってきてもおかしくない状態だ。


「おい!どうするんだよ、あれ!?」


「まあまあ、ご心配なく。サクッと片しますから」


軽い口調でそう言うなりミヨカは自慢の八重歯で、右人差し指を噛んだ。噛まれた部分に小さな赤い斑点が浮かび上がる。そこへ空いた左手を添え―彼女は口を開いた。


「集え―」


そして、添えた左手を宙へ、ゆっくりと上げていく。そのあとを、彼女の血が跡を追うようにして、磁力に引かれるようにして、共に浮かび上がっていく。やがて、彼女の手のひらの上に少量の血液の玉が出来上がった。


「まあ、今回はカース・ソードにしておきますか」


そう言うなり、彼女は自らの体内から取り出した血液を宙で弄び、血を何かの形へと変化させていく。

殖えて、拡散と凝縮を繰り返す赤い液体もとい彼女の血液を見て、亜希斗は口を開いた。


「キモい・・・」


「キモいゆーなっ!」


「だってなー。アニメとかだったら完全にモザイク入りそうだし」


それを言うとミヨカは、唸った。言い負かされたのが余程悔しいのか、目尻には涙が見られる。


「なら見せてやりますよ!暗黒聖剣カースソードを!」


さっき口にした時より名前が派手になっていた。しかも、暗黒なのに聖剣―堕ちるならどちらかにしてほしいものだった。と、無駄な思考をしてる間に暗黒聖剣とやらができたようだ。

赤黒い靄の中に見える目も覚めるような深紅の真っ直ぐな刀身が垣間見れた。刀身に埋め込まれた色鮮やかな宝石が煌めき、美しさを際立たせていた。彼女は靄に手を突っ込むなり、深紅の剣を掴み―勇者のように高く天井にかざした。しかし、意外と重量があるのか、彼女の腕は小刻みに震えていた。


「どうですか!?」


「どうって・・・」


冷や汗をかきながら尋ねてくるミヨカに亜希斗は返答を渋った。確かに格好良いが、どこか地味なのだ。どう答えていいのか分からない―褒めてやりたいのは山々なのだが。


「あぁ・・・、うん。まあ、イインジャナイカ?さっきはヒドイことイッテ悪かった」


「でしょ?亜希斗さんにこれのかっこよさが分かってもらえて嬉しいです!」


暗黒聖剣をフローリングに突き刺し、汗を拭うミヨカだが、亜希斗は床にできた刺し傷を忘れない。あとで修復させよう、身体がボロボロだとしても。亜希斗はこの場は我慢し、喉元まで出かかった台詞を飲み込んだ。


「で、どうするんだ?敵は飛べるし、剣じゃ不利なんじゃねぇの?」


「え?」


「・・・え?」


お互いに見つめ合い、硬直する。何がおかしいのだろう、剣とは手に持ち振るものである。それはこの世の不変事実だ。しかし、この吸血鬼の娘は初めて知ったみたいな顔でいる。


「聞くが、お前は、これで、何をしようとした?」


亜希斗は剣を指さし、小学生に文法を教えるように尋ねた。


「私は、暗黒聖剣カースソードで、投擲して相手をザクッ☆ってやろうかと」


「お前、剣って何系統の武器だと思ってんだ」


世の中の常識からすれば近接武器だ。ものによれば中距離だが。RPGなどであれば衝撃波などが放てる―が、今は現実での話だ。しかも、ミヨカの言うのは投擲であり衝撃波などとは掛け離れたものである。


「えっ!?これって投擲武器じゃないんですか!?」


「むしろこれが投擲武器である定義を教えてくれ・・・」


吸血鬼を相手にするのに疲れてきたが、この状況のまま放置するわけにもいかない。亜希斗は武器の定義はこの際無視し、話を進めた。


「とにかく!さっさとあいつを仕留めてくれ!」


「はいはい。まったく亜希斗さんはせっかちですね・・・」


半ば呆れたと言わんばかりの口調で亜希斗に返事をしながらミヨカはベランダへと通ずる硝子戸を開け放った。


そして剣を槍投げのように構え―


「そりゃ!」


投げた。綺麗な直線の軌跡を描き、放たれる剣。失速せず剣は合成獣の胸部を狙う。しかし、直線過ぎた。合成獣は翼を軽くはためかせ華麗に避ける。


「おい!」


「まあまあ。ちょっと見ててください」


堪忍袋の緒が今にも切れそうな亜希斗をミヨカが手をへらへらと振る。彼女は再び明後日の方へと飛んで行った剣を再び捉えた。


「ほら。帰ってこーい」


指を自らの方へと曲げると―剣は突如停止し、瞬時に切っ先を合成獣へと向けミヨカが放り投げた速度で再び直進を開始した。合成獣は攻撃を回避したことに満足してか、そのことに全く気付いていない様子だった。その油断し切った彼を―一度は回避した彼の胸部を深紅の剣が貫いた。

言葉では表せないような低音で咆哮する合成獣を見てミヨカはニタリと口を歪めた。さすがは悪魔だ、ミヨカの奇行に順応しつつある亜希斗であった。しかし、まだ剣が突き刺さっただけだからか合成獣はまだ動いていた。最後の力を振り絞り突進を繰り出してきた。傷口からは赤い液体が流れ出ており、敵だが痛々しく思える。


「はぁ。無駄な足掻きを・・・」


ミヨカは悪あがきする相手を見て、小さくため息を吐いた。そして、右手をゆっくりと上げ、手の平を相手に向けた。迫る相手との距離―しかし、それを気にしないような速度で。


「爆ぜろ」


握られる手―その刹那、剣が光り輝き爆散した。小物体が爆発したとは思えないほどの爆風が吹き荒れ、硝子戸を揺らす。亜希斗はしゃがみ込み、やり過ごし、ミヨカは爆発の先を見つめていた。爆風と光が収まり、 亜希斗は顔を上げた。


そこに黒い合成獣の姿はなく、見えるのは灰色でない濃紺の星空だった。


「やった、のか・・・」


「はい!こんなのちょろいもんですよ」


得意げに胸を張るミヨカはベランダから戻るなり、床に突っ伏した。鈍い音がして明らかに痛そうなものだった。


「お、おい!大丈夫か!?」


俯せ状態のミヨカを抱き起こすと、彼女は瞳を閉じて静かな寝息を立て眠っていた。きっと不慣れな環境で疲れたからであろう。亜希斗は彼女の頭を撫でながら笑った。


「お疲れ様、ミヨカ―」


優しく告げる彼にミヨカは、はい、と返事した。寝ながらでも状況が何となく分かったのだろう。亜希斗と吸血鬼 ミヨカ、壮絶な出会いの日が幕を閉じるのだった。


【03 娯楽満喫】

「亜希斗さん、亜希斗さん!」


「・・・なんだよ、朝早くに」


「今日は土曜日ですよ!」


「知らねえよ!」


※朝の6時30分頃です


ミヨカにたたき起こされた亜希斗はキッチンに立ち、朝食を作っていた。作っているのは目玉焼きで休日だからといって朝から本格的に作るのも面倒なのだ。フライパンの上には二つ卵が落とされており、一つは居間でテレビにかじりついている吸血鬼少女ミヨカの分である。なお、彼女の観ている番組だが少し前に放送されていたものの再放送だ。画面を所狭しと動き回るキャラクターたちを見て、ミヨカは歓喜の声を上げた。


「うー、感動です!まさか、まさか再放送をやっているとは!しかも、魔界で打ち切りになった所から!あー、何か邪神様の加護を初めて感じました!」


その後も、うぉー、とか叫んでおり近所迷惑もいいところだ。調理が終わったらミヨカも調理してやろう、亜希斗は怒りを込めてレタスをむしった。




「ほら、できたぞ」


亜希斗は出来上がった目玉焼きをトーストの上に載せ、レタスの入ったボールと共に居間へと運んだ。テレビに見入ってたミヨカだが、番組がちょうどCMに入ったらしく、テレビの見やすい位置に着き、亜希斗を見つめた。


「何作ったんです?」


「トーストと目玉焼き、あとレタスサラダ」


「肉は無いんですか?」


「肉はお前が寝た後に焼いて食ったからねぇよ」


亜希斗は皿とボールを置きながらミヨカに告げた。え、と短く呟いたあとミヨカは机を叩いた。


「な、何で起こしてくれないんですかぁ!?」


喚くミヨカをよそに亜希斗は目玉焼きが乗ったトーストの上にレタスを乗せて、一口かじった。中までしっかり焼けているため、黄身が流れ出さず、パン・卵・野菜の味を楽しむことができた。


「いや、起こしたんだが『あと5分~』って言うから寝かしておいたんだが。しかも、起こす度に5分増えていくし」


最終的に寝言が1~2時間になったため亜希斗はミヨカを放置し、課題を片付けた後、寝たのだった。


「肉好きなんですから、叩き起こして下さいよぉ!」


「いや、お前が肉好きなのさっき知ったことだし」


本気で拳を繰り出してくるミヨカの攻撃を掌で受け止めるが地味に威力があり、痛い。さすがは吸血鬼と改めて実感する亜希斗だった。


「痛いから止めろ」


「嫌ですよ!」


吸血鬼との初めての朝は掌を真っ赤にすることから始まった。



「仕方ない。夜、肉を焼いてやるから我慢しろ」


「わーい!肉だぁー!」


ミヨカに妥協してもらうべく本日の夕食は焼肉となった。


亜希斗としては二日連続で肉になってしまうため、あっさりしたものがよかったのだが、言わないといつまでも殴られそうなので仕方なくメニュー変更をせざるを得なくなったのだ。


「にーく、肉だぁ!で、何肉です?龍肉ですか?」


「なんだよ龍肉って・・・。豚だよ、豚肉。牛肉は高いからな」


「うー・・・。牛肉がよかったんですけどね。背に腹は変えられません」


よかった、亜希斗は内心安堵した。これで牛肉推しなどされたら、彼女の眼球に指刺突を繰り出してやろうかと亜希斗は机の下で形を作っていたからだ。


「まあ、買い物は昼から行くとして。お前、行きたい所ないか?」


「ふぇ?どうしてですか?」


意外な質問だったのかキョトンとした面持ちのミヨカ。そんな彼女を他所に亜希斗は、続ける。


「ほら、お前、任務で来たとか言ってたろ?折角、人間界に来たんだし、色々見たいかな、と思って、な」


「亜希斗さん―」


ミヨカは俯き、こう口にした―


「貴方は邪神様ですか!!」


そう、とても嬉しそうに。ただ、邪神呼ばわりで亜希斗はあまり嬉しくなかったが―


「ほら、亜希斗さん!早く行きましょうよ!」


朝食を食べ終え、ミヨカのテレビ視聴タイムが終わると彼女は亜希斗の腕を引っ張り、早く出かけたそうにしていた。が、全てが終わったところでまだ時刻は8時にもなっていないのが現状だ。


「まだ店とかやってないぞ」


「あ、そうでした。私ったら早とちりしてしまいました」


舌を出して笑うミヨカに亜希斗も笑った。気持ちは分からなくもないからだ。亜希斗はようやく主導権の返ってきたテレビで本日の天候を確認する。本日は快晴、突然の雨もないそうだ。


「ミヨカ、その服で大丈夫か?」


「大丈夫って、何がです?」


ミヨカは分かっていないのか小首を傾げる。亜希斗が言いたいことは、彼女の見るからに暑そうなドレスのことである。生地も厚く、彼女が本日の炎天下での活動を阻害しないか亜希斗は若干心配だった。それに加え、彼女は夜の一族 吸血鬼だ。下手に外に出て、霧散したりしないか、考えると不安は募るばかりである。


「だから、今日は暑くなるから大丈夫なのかって聞いてんだ。あと、勢いで出かけるって言ったが、吸血鬼って日光大丈夫なのか?漫画とかだと消滅してるぞ」


ふむ、とミヨカは一つ唸った後、笑顔で口を開いた。


「まあ、服は現地調達します。一応、人間界の通貨もありますしね。あと、日光ですが、日焼け止めで完全無効です」


「日焼け止めでいいんかい!?」


「まあ、私たちも代が重なって原種とは掛け離れた存在になりましたからね」


これまで常識と思っていたことがもう覆されていたとは、亜希斗は寧ろ感心した。ということは、十字架・聖水が効かない噂も本当かもしれない。亜希斗は好奇心で聞くことにした。


「じゃあ、十字架とかは?」


するとミヨカは困ったように笑いながら語ってくれた。


「十字架は全く効きませんね。寧ろ吸血鬼の間じゃファッションの一つとして大人気です。でも、聖水はかけられると日焼け止めが落ちて、その部分が火傷みたいになります。なので最近では、防聖水性の日焼け止めも発売されまして、私はこれを使ってます、はい」


ミヨカの話をまとめて本にすると、何だか売れそうなそんな内容の会話を続ける内に時間はいい具合に経過してくれた。

「さあ、今度こそ出かけますよ!」


クルクルとドレスを翻し、回るミヨカは時間の経過に連れてテンションを上げ、まだ上がる気配がした。


「で、行きたいところあるのか?」


「んじゃ、本とかアニメグッズの買えるお店に行きたいです」


この類の知識に疎い亜希斗は先日のミヨカの修復と魔改造で携帯電話のスペックを軽く凌駕したものを操作し、店舗を検索する。すると灯台元暗し―案外近くに数店存在していることが分かった。画面を操作し、ある店をタッチする。すると、物の在庫状況、本日の入荷商品、お客様満足度などが表示された。無論、以前は店員専用端末のような表示など出るわけがなく魔改造によるものだ。


「まあ、近くに何軒かあるみたいだし、全部回るか?」


「マジですか!やったー!」

亜希斗は彼女のテンションが最高潮に達したと見た。確かに嬉しいのは分かるのだが―


「ミヨカ」


「はい?」


「下の人に迷惑だからやめなさい」


「・・・」


やはり近所迷惑を考え、止める亜希斗であった。




「やっはー!お出かけだ~!」


外に出るとますます上機嫌になったミヨカは、自慢の八重歯を見せながらはしゃぐ。その後ろを亜希斗は付いて行く。彼が歩くのが遅い訳ではない。ただ、やたら早いミヨカの足取りに合わせるのが単に面倒だからである。それに彼は携帯電話を絶賛使用中でもあるからだ。


『ふむ―なら、保護した独り身の子がいるから、暫く置いてほしいと?』


「はい。本人も用が終わるまで故郷に帰るのを禁止されているそうで―お願いしますよ、大家さん」


『まあ、特例ってことで許可しよう。じゃあ、近々その子を連れてきてくれ。書類手続きとか色々あるし』


「ありがとうございます。では―」


二つ返事でミヨカの滞在が決定した。大家さんの心の広さに感謝しつつ、ミヨカに追いつく。


「おい、お前の滞在するのが決まったぞ」


「マジですか!?これで亜希斗さんとラブ×2できますね!」


急に抱き着いてきたミヨカを抱き留めると、バランスを崩し倒れる。ちょうどミヨカに亜希斗が押し倒される形で―


「おい」


「なんですか。このままいちゃつきます?」


顔を近付けてくるミヨカ。人形のように繊細な髪が顔にかかり、甘い香りが鼻に伝う。しかし、亜希斗にはそれ以上に気になることがあった。先程倒れた際にぶつけた後頭部がやたら痛むのだ。


「頭が死ぬほど痛いんだが?」


「へっ?どれどr―」


ミヨカが亜希斗の後頭部へと手を回す。その瞬間、彼女は絶句した。


「な、なんじゃこりゃー!!!?」


かと思いきや、いきなり手を引き抜き、叫ぶミヨカ。彼女のその手は赤く染まっていた。血だ。地面で頭を打った際に出血したのは分かる―だが


「俺の後頭部脆過ぎるだろ!?」


そう簡単に怪我するものではない。


「亜希斗さんはATKアタック神域のDEFディフェンス紙の戦士ですね。あ、もったいないから舐めておきますね」


「特効兵かよ、俺は!てか、舐めるな!!」


手にびっしりと付いた血を舐め取りながら呑気な事を言うミヨカを押しのけ、亜希斗は己の後頭部を触る―が、


「あれ?血が止まってる・・・」


濡れていない。触った手を見ても、何もつかなかった。


「ははぁん。私の唾液がいい感じに廻ってますね」


ミヨカがドヤ顔で、さらっと恐ろしい台詞を言ってのける。亜希斗はミヨカの小柄な顔を手で掴み、持ち上げる。鈍い音がする。ミヨカを持ち上げているのが自分でも不思議だが、この際どうでもよい。


「どういうことだ!?」


「痛い!痛いです!全て吐きますから!離してくださいよぉ!!」


土曜日だというのに珍しく通行人がいない道とはいえ、さすがに近所迷惑になると思い、亜希斗はミヨカを解放してやった。


「なんだか、デジャヴュを感じます・・・」


指が食い込んだ箇所をさすりながら彼女は立ち上がった。


「で?唾液がなんて?」


「はい。実は吸血の際に痛みを緩和させるため私たちは唾液を血液中に送り込むんですよ。それでたまーに変な反応が起きて亜希斗さんみたいに瞬間的に傷が癒えたり、アイアンクローで相手を持ち上げるほど力が強くなるんです。まあ、効果は短いんで今日中には体内で緩和されますよ」


「ふーん」


「リアクション薄くないっすか!?」


別にどうでもよくなった。効果が永遠に続くなら彼女を一発殴ろうかと思ったが、緩和されるなら話は別だ。


「それよりも行きたいんだろ、店に」


「ハッ!そうでした―って、空暗くないですか?」


ミヨカに言われて気付いた。確かに先程まで晴れていたのに今は暗い。亜希斗は感づいた―もしかするとこの状況は。


「結界か」


「亜希斗さん、適応能力高いですね―って、早速お出ましですよ」


彼等の目前の空間が渦巻き、その中心から漆黒の腕が現れた。やがて全身が姿を現し、昨日亜希斗を襲った合成獣が咆哮する。その数、5体。昨日よりも多い。しかし、焦る亜希斗に対しミヨカは余裕の笑みを浮かべる。


「おい!?昨日より増えているじゃねぇか!」


「まあ、焦らない、焦らない。こっちも二人なんですから、昨日より増えてますよ」


まだ味方がいるのか、亜希斗は辺りを見渡した。しかし、そのような気配はなかった。


「まだ伏兵がいるのか?」


「何言ってんです?もう参上してるじゃないですか―亜・希・斗さん♪」


ミヨカはさらりと、とんでもないことを言いながら指で亜希斗の頬を突く。亜希斗はその指を掴み、彼女の指が折れるのではないかと思うくらい強く握った。


「痛っ!?」


「なんで俺も頭数に入ってんだ!」


「離してください!いくら頑丈とは言え、痛いんですから!それに!痛い!亜希斗さん、は!痛い―けど、なんか気持ちよ―」


「話すか、痛がるかどっちかにしろ!あと、うっとりするな!」


彼女の指を解放し、亜希斗は合成獣へと向き直った。律儀にもこちらの会議が終わるまで待ってくれていた。何故か昔懐かしいメンコをしながら。剛腕から振り下ろされるメンコは着弾と同時に強烈な風圧を生み出し、周りのメンコを全て吹き飛ばした。


「レベル高ぇ!?」


「あんなもんですよ―さて、あれなら私一人で楽勝ですね」


そう言うとミヨカは右手を突き出し、呪文を唱え始めた。


「聖なる大地に堕ちる漆黒の尖槍―ヘル・レイン」


そして、その手を振り下ろす。刹那―合成獣の頭上にミヨカの魔力の色と同じ赤い光を帯びた黒い槍が姿を現す。数は数十どころではない―数百、いや数千はある。


「今週のキメ台詞―“灰燼と化せ!”」


彼女の腕が勢いよく振り下ろされ、槍が静かに動き出す。そして―ミヨカの叫びに気付いた合成獣たちは慌ててメンコを片付け、逃走を企てたが―槍が相手が動いたことを感知し、高速で一斉に襲い掛かる。そう、群れで狩猟を行う獣の如く。

無論、数千もの槍から逃れられるはずもない。一つ槍が相手に突き刺さると行動が一瞬だが停止する。しかし、その一瞬をミヨカは逃さない。槍を数本自分で操作し、襲わせ身体の各所を貫いていく。ある程度槍が刺さったのを確認すると彼女は獲物を切り替え、同様の攻撃を仕掛ける。やがて翼も破かれた合成獣たちは地に伏せ、痙攣を起こす身体を懸命に動かし逃れようとする。


「まだ息がありますか―さっさと失せな」


まだ生きている相手にそう吐き捨て、ミヨカはまだ上空に保持されている槍を全て地に落とす。見るも無惨な光景に亜希斗は目を反らした。これ以上見ていると頭がおかしくなりそうだからだ。そして、ミヨカが指を鳴らす―高い音が鳴ると同時に凄まじい爆音が鼓膜を震わせた。恐る恐る前を見ると溶解したアスファルトを背に満面の笑みの―でも、どこか悲しそうなミヨカがそこに立っていた。


「亜希斗さん」


「な、なんだよ」


いつもの軽い口調だが、やはりどこかおかしい。


「私―恐い、ですよね」


「俺にはお前がどう恐いかが分からんが?」


「だって―戦闘中の私、恐くないですか・・・」


ミヨカはこれまでの二回の戦闘について聞きたいのだろう。確かに、彼女の戦い方は非人道的だ。戦いとは綺麗事を並べただけでは何にも解決できない。


「ああ。お前の戦い方はちょっと非人道的過ぎだな」


「そうですね―」


「だけど、な」


亜希斗は泣きそうな声のミヨカの台詞に重ね、続ける。


「ミヨカは何で戦った?相手が呻いて苦しむのが見たいからか?」


「ち、違います!それだけは―それだけは絶対に違います!!私が戦った理由は―亜希斗さんを守りたかっただけです!!」


ミヨカは少し怒ったように言いながら、ちゃんと理由を言ってくれた。ただ、その理由は若干照れるものではあった為、亜希斗は背を向けた。


「あるじゃないか、理由。俺を守るために戦った、充実だよ」


「・・・ははは、亜希斗さんの方が余程悪魔思想ですね。じゃあ、亜希斗さんは、私のこと恐く―あっ」


亜希斗は振り返り、ミヨカの柔らかな唇に指を当てた。結界もまだ維持されるだろう、そう踏んでの行動だ。


「俺はだぞ?他人はともかく。周りからの評判を考えるなら、ちょっと戦闘スタイルを変えるなり努力しろ」


「エヘッ☆それは無理です」


完全にいつもの口調に戻ったミヨカは亜希斗から離れ、舌を少し出す。


「はは、言うと思ったよ。じゃあ、今日は思いっ切り楽しんで湿っぽいのを飛ばしてくれ」


「はい!亜希斗さん♪」


灰色の空が崩れ落ちる中、亜希斗とミヨカは手を繋ぎ目的の地を目指した。


「亜希斗さん」


「なんだよ・・・」


亜希斗はイライラしていた―目的地が臨時休業中といったべたな展開はなく、無事に辿り着いた。彼をイライラさせる理由―それは手に持っているカゴの重さ、そして、眼前のミヨカの笑顔である。カゴの中には彼女の好きなアニメグッズが多種入れられており、物自体の重量はないのだがとにかく数が多い。しかし、それは彼女が初めて人間界に来たこともあり、亜希斗は腹を括った。問題は彼女の笑顔だ。恐らく嫌なことを頼んでくるに違いない、亜希斗はそう踏んでいる。


「ちょっと頼み事がありまて」


「・・・言ってみろ」


そう言うとミヨカは、スカートのポケットを漁りはじめ、あるものを取り出した。それは財布だ。黒をベースに赤の十字架がプリントされた女子が持つには趣味が悪い。彼女はそこから万札を取り出すと、指で挟み、言った。


「店の奥にあるのれんの中からちょっとアレなゲーム買ってこいや―って、痛た!?」


「てめぇからアレなゲームみたくしてやろうか!?もちろん、エグイ方でな!」


亜希斗は彼女を頬にしっかりと指を食い込ませる―が、思いの外柔らかく固定が難しい。


「ふぁはっはっ!しゃふがのあきほはんも、わたひのほーのまへにはかあうまい!(翻訳:はーはっはっ!さすがの亜希斗さんも、私の頬の前には敵うまい!)」


上手く言葉になっていないが、心なしかバカにされちいる気がした亜希斗は頬を掴むことから、引っ張ることにした。案の定、よく伸びた。それはもう餅と例えても過言ではないくらい。亜希斗は未知の感触に心を奪われ、暫く弄り続けた。


「痛い!痛いDEATH!あ、でも―何か気持ちいいかもです・・・」


「よく伸びるな。七輪で焼いて食べたくなるな」


「それは褒めているんですか!?それとも、新しい拷問ですか!?」


「両方だが?」


目の前のミヨカの顔が真っ青になる。額には玉のような汗を浮かべ、目は恐怖に染まりつつある。弱点発見―亜希斗は嬉しそうに笑った。新しい発見をした研究者もこんな気分に違いない、と勝手な空想をしながらミヨカを捕縛する手の力が弱まる。


「スキあり!」


「あ、逃げた」


それが一瞬の隙となり、ミヨカはバックステップで亜希斗と距離を置いた。距離を取るなり、彼女は何やら奇妙な構えをし亜希斗を睨んだ。


「よくも頬っぺたを触りましたね」


「未成年にのれんの向こうのゲートを買いに行かせるお前が悪い。大体お前幾つだよ、外見からしてプレーというか購入したら駄目だろ」


もっともなことを言ったはずだが、ミヨカは食い下がる。


「だから、亜希斗さんに買わせようと企てたんですよ!」


しかも、逆ギレ気味に酷い言い訳して。こいつに何を言っても無駄か、諦めかけた亜希斗の頭に策が思い浮かんだ。


「てか、通販で買えば?通販ならこそこそする必要もないし」


「つ、通販・・・!そ、それは邪神様の与えし魔の宝具!亜希斗さん、やってもいいんですか!?」


「構わんが、アカウントと金はお前持ちだぞ」


「分かってますって!既にアカウントは持ってますし、軍資金だってたんまりありますから!」


自信満々に胸を張るミヨカを見て亜希斗は半ば呆れていた。何故、自信満々にそれを言うんだ、と。


「なら、パソコン見に行きたいです!」


「分かった、分かったから。とりあえず、会計済ませてこい」


はーい、と言うとミヨカは亜希斗からカゴを引ったくり、レジへと向かった。


「全く・・・。今日は体力使い切りそうだ」


長い溜息を吐き、ミヨカの後を追おうとした亜希斗だが、服の裾を掴まれ止まった。視線を裏へ移すとそこにはミヨカのようなゴスロリの、ただしこちらは白の衣装に身を包んだ少女がいた。暗緑色の瞳がこちらを真っ直ぐに捉える。


「どうされました、お嬢さん」


「―ふむ。中身もよし―か。ねぇ、アキト?」


亜希斗は背筋が凍る思いをした―何故、赤の他人である彼女が自分の名を知っているのか?彼女から逃れようとした彼だが、あまりの怪力に身体が動かない。


「とりあえず結界内に引きずり込むとしようかな?“断界”―」


視界が、少女が口にした瞬間―世界が生気を感じないものへと化す。亜希斗は、思った。


「お前―吸血鬼か?」


「いかにも。私の名前はサイカ・イフリート。アキト―貴方と一緒にいるミヨカ・バハムートの敵対勢力よ」


【04 最凶の吸血鬼】

「敵対勢力ね・・・」


「むっ、驚かないのね」


少女―サイカは不機嫌そうに頬を膨らませ、言う。相変わらず亜希斗の服の裾を握り、離してくれる気配はなく緊迫した空気が流れる。しかし、亜希斗は己の身よりもミヨカが気になった。そう悟らせないよう、話を進める。


「まあ、何となく奇襲とかくるのはアイツに遭ってすぐに思ってたけどね」


「ふーん。バハムートの娘もいい相方を見つけたね―だけど、私はそれを奪うわ―」


サイカは冷たく話を流すとあの怪力で亜希斗の腕を掴み、床へと転ばす。亜希斗は体制を戻そうとした―が、その一瞬もサイカは逃さなかった。直ぐさま亜希斗へとのしかかり、右肩へ掌ていを喰らわせる。予想外の激痛に亜希斗は額に脂汗を浮かべる。


「ぐっ・・・!」


少女の軽い身体を跳ね退けるほどの力も入れられず、亜希斗は悔しげに声を上げる。そんな亜希斗を少女は何故か愛おしそうに、潤んだ瞳を向ける。


「あぁ、アキト最高。バハムートの娘には勿体ないわね」


サイカの瞳が怪しく光る―チャームだ、亜希斗はミヨカの青の双眸を脳裏に浮かべ、サイカの瞳を見る―

体は拒んでいるはずが、動かない。まぶたが重くなる―支配されかけていることを、実感してしまう。


「ミヨカ・・・。ゴメン―」


支配される前に、亜希斗はミヨカに対し謝罪をする。


「亜希斗さん―大丈夫ですよ。私が全て片付けますから」


いないはずのミヨカの声がする―そう軽いの信頼できる、あの口調が。


「暗黒聖剣カースソード―我が覇道を阻みし闇を壊せ!」


その時、雄叫びと共に硝子の割れる音がする。亜希斗は音のした方をチャームの支配を無理矢理破って、首を動かし見る。黒ゴスロリを身に纏い―手には赤黒い刀身のカースソードを手にしたミヨカ・バハムートがそこにいた。


「亜希斗さん!無事ですか!?」


「ミヨカ・・・」


亜希斗は驚いたが、彼以上に驚いたのはサイカであろう。口をぱくぱくさせ、ミヨカを畏怖する目で見る―先程の自信満々の態度はどこへいったのか。それほど彼女の動揺が見て取れた。


「バハムート!?何故貴様が!?」


「ハン!亜希斗さんに初めて吸血した時にちょっと細工をしたんですよ。『亜希斗さんの支配が奪われる時、問答無用で私を召喚する』っていう術を唾液に含んでおいたんです」


自信満々に長々と説明したミヨカはカースソードをサイカに突き付けた。切っ先の向こうには怯えるサイカが、その下には亜希斗がいる。


「さあ、亜希斗さんの上からそのいやらしい身体をどけな」


「ど、どくわけないわ!あ、アキトは私のものにするんだから!」


怯えながらも断固意志を曲げないサイカはミヨカを睨みつける―しかし、亜希斗から見ても力の差が見てとれる。


「ミヨカ」


「はいはい、親愛なる亜希斗さん。なんでしょう」


「俺、踏んでも構わんからこいつどけろ。お前より重くて敵わん」


「なっ!?」「了解しました!!おらー!くたばれや!」


亜希斗のゴーサインが聞こえたと同時に低姿勢の突進を繰り出しミヨカがサイカに迫る。疾風の如く迫るミヨカに怯えてサイカは亜希斗からバッタのように跳ねのく。


「ひぃぃ!」


「待てや、この雌吸血鬼が!」


ゴリッ!ミヨカのブーツが亜希斗の胸部にめり込む。彼は何とも言えない激痛に呻き声を上げる。


「ウグッ!?み、ミヨカ・・・、踏んでもいいといったが、できるなら踏む勢いで―捉えて欲しかった」


「・・・ホント、すみません」


サイカがどいたことに安心した亜希斗だったが、今度は謝罪しながらミヨカがのしかかる。


「はぁ、いいですね、亜希斗さんの上」


「誰が落ち着けと言った」


「いやー、戦闘前に集中してるんですよ―そこの白ゴスロリを叩きのめすがべく」


サイカはミヨカにやんわりと睨まれ、短く悲鳴を上げる。さて、とミヨカは立ち上がりサイカに向き直る。手にはカースソードをもう一本加え、対峙する。


「覚悟はいいですか―白ロリ!」


「もう!人は穏便に済ませようとしてるのに!」


サイカは犬歯で親指を噛み切り、流れ出す血液を凝縮する―出来上がった形は銀を基調とした拳銃、剣のミヨカには不利な武器だ。

サイカがトリガーを引く、発砲音とともに弾丸が打ち出される。ミヨカはカースソードでそれを弾き飛ばす。乱射される弾丸を弾く中、途端にミヨカは回避に徹し始めた。


「ミヨカ!」


「ちっ、向こうは吸血鬼のくせして銀の弾丸使ってきやがります!」


銀の弾丸―吸血鬼の苦手なもので、当たれば恐らくミヨカは即死するはずだ。そして、彼女が回避に徹し始めた理由はカースソードにあった。よく見ると、刀身が所々欠けている。亜希斗の推測だが、吸血鬼の力で生み出された武器のため無力化されているのだ。


「そう!確かにこれは銀の弾丸よ!だから―」


「どうしたってんですか!?」


ミヨカが指で陣を切る―すると一瞬の内にサイカの周りに黒の魔法陣が展開される。


「こんなの銀の弾丸には関係―きゃう!」


魔法陣を破壊しようとサイカの拳銃が火を噴く。しかし、彼女が撃つ魔法陣は攻撃用ではなかったのだ。弾丸は魔法陣に当たると跳弾し、逆にサイカを襲う。


「シルバーリフレクト―私が銀の弾丸使いを幾度となく葬り去った対銀の弾丸魔術。まさか、同胞殺しに使うとは夢にも思いませんでしたよ」


「ちっ、流石は最凶の吸血鬼―やるわね」


銀の弾丸が効かないと分かるとサイカは拳銃を血へ分解し、槍として再構築した。ヘル・レインとは真逆の希望を感じさせる白く輝く白刃が眩しかった。


「あんたこそ。吸血鬼のくせして聖具ばかり使いやがりまして。だいたい―私たちは聖具なんかに触れたら火傷しちゃいますよ」


「あんたには分からないと思うけど、ちょっと事情があってね・・・。とにかく―行くよ!」


サイカが槍を構え突進する。亜希斗はそれを見切れなかったが、ミヨカは微動だもせず先刻、合成獣を仕留めた黒槍で壁を作り、防ぐ。しかし、黒槍は白刃と触れ合う場所から煙を上げ、直ぐに霧散する。その隙をサイカは逃さない―黒槍の壁の向こうから、白刃をミヨカ目掛けて突き出す。


「ちっ、やはり聖具―部が悪いですね。ですが―もう対抗魔術は構築しましたよ!」


「な、何!?」


突き出される白刃をミヨカは両手で挟み込み、止める。白刃取りだ。手には気休め程度に魔力を付加し、聖具との接触を緩和させていたが―やはり緩和仕切れずに手からは煙が上がる。


「やっぱり熱いですね―銀弾や聖具は・・・。しかし、捕まえましたよ!」


熱さと痛みからか、玉のような汗を浮かべるミヨカは苦笑いで叫ぶ。


サイカはミヨカの笑みに危険を感じてか、焦って槍を引き抜こうとする―だが、接着剤でもついていると思えるほど動こうとしない。


「離せ!離せ!」


「侵食率97・・・・・・処理中―侵食率100!」


蛇のようなドス黒い魔力の奔流が聖槍に巻き付き、白刃を黒く染めていく。そしてミヨカはそれを力任せにサイカからぶん取った―が、彼女の手からは煙は上がらない。


「な、何をしたんだ・・・?」


「はぁ・・・、はぁ・・・。聖具の武器情報を書き換えてダークサイドに堕としてやりました・・・!」


肩で息をしながらミヨカは得意げに言った。一方のサイカはというと、今のこの光景が信じられないようで、顔に大量の汗が見られた。


「ば、バカな!?聖具が奪われるなんて!」


「はっ、奪えないなんて定義―誰が立てたんです?しかし、聖具は一応マジもんだったんですね、ビックリですよ」


ペタペタとダークサイドに堕ちた聖槍を触り、完全に侵食できたのをミヨカは確認する。


その時、倒れている(倒されている)亜希斗は背後に気配を感じる。何かいる―亜希斗は振り返り、見た。


長大な刀を手にしたフードコートを纏う大男が立っていた―ミヨカは、疲労のためか気づいていないようだ。大男が踏み込む、その動作を見た亜希斗は無意識の内に立ち上がり、飛び出していた。


「ミヨ―がはっ!?」


「あきと―さん?」


長刀が胸部を貫く。痛―くなかった。不思議と痛覚はなく、ただ意識が遠ざかっていくような。

大男は長刀を亜希斗の身体から抜き去る。鮮血が刀身を伝い、地に滴り落ちる光景を見ながら亜希斗は地に倒れた。


「亜希斗さん!」


大粒の涙を零し、ミヨカが駆けてくる。しかし、亜希斗の返事はない―脈も、段々と下がっている。


「ちょ、あんた!?何やってんの!?」


怒りを露わにサイカが男に食ってかかる。が、男は短く溜息を吐いた。


「いいか、俺らはアキトを仕留めろと命令を受けて来たん―ぐっ!」


男が突然呻き声を上げ、片膝をつく。その彼の腹部にはミヨカがサイカから奪い取った槍が深々と突き刺さっていた。

投げたのは勿論、ミヨカだ。いつ投げたかも分からないほどの速さにサイカは恐怖する。


「・・・まさか、貴方たち―この場から生きて還れるとでも思っているんですか?」


ミヨカがゆらり、と立ち上がる。拳を流血するほど固く握りしめ、その血でカースソードを二本召喚する。


更にその頭上には無数の―先刻使ったものとは比べ物にならない数のヘルレインも召喚する。


涙に濡れた蒼の瞳は、赤黒い光を宿し、強烈な殺意が迸しる。建物内にいたはずが、いつの間にか景色が十字架が大量に並ぶ荒野と化していた。


「ちょ、お嬢―あんた!ここって―」


「銀銃士の墓標・・・。ミヨカお嬢様の一番嫌いな魔界の場所」


焦るサイカに対し男は冷静に口を開く。しかし、その言葉には若干の震えを感じられる。


無数に立てられた十字架からは黒いあの手が天に向かって手を伸ばしており、一応結界の中だということは分かるのだが、二人は動揺を隠せない。


「・・・コロス」


ミヨカは背に燃え盛る紅蓮の翼を作り出し、ヘルレインを引き連れ、男を襲う。黒槍を使役し、地に黒い雨を降らせる。


「やはり私ですか・・・」


男は迫り来る黒槍に対し長刀を構え対峙する。そして、一振りする。

爆音が鳴り響き、たったの一閃で黒槍は弾け飛んで霧散する。


「別にアキト殿は殺してなどございませんのに」


男は引き続き襲う黒槍を誰に対しての言い訳か分からないが、呟きながら弾き飛ばす。


「亜希斗さんを、返せぇ!!」


ミヨカは咆哮し、ヘルレインを乱れ落とす。無論、男とミヨカの闘いを傍観していたサイカにも被害が及ぶ。


「やっぱりこの『ゴスロリ』の衣装じゃ動き辛いですね―よっ!」


サイカはドレスの肩に手を掛けると勢いよく取り去った。

その下からはミニスカートのメイド服が姿を現し、綺麗な思わず見取れてしまう太ももにはホルスターが巻き付けられ、あの銀の拳銃が格納されている。


「やっぱりこの服、この口調が一番です!ミストさんもそのフードコート脱げばどうですか?」


「ふむ、そうですな」


ミストさん、と呼ばれた男は頷いたあと、フードコートを脱ぎ捨てる。白髪の頭に人の良さそうな笑みを浮かべる執事服の老人が姿を現す。


「では、本気で行きますか―サイカさ―いや、スティアードさん!」


「了解です!」


サイカ改めスティアードは、銀弾を乱射する。ミヨカを防御する黒槍を次々に打ち砕き、ミストが切り込む隙を作り出す。


「お嬢様―失礼します!」


「ジャマ、するなぁ!!」


ミヨカはミスト目掛け、有りったけの黒槍を撃ち込む。黒の集雨がミストを襲う。


「アキト、さん・・・。アキトさん・・・」


ミストを沈め、ミヨカは亡き亜希斗の名を呟きながら、スティアードに向き直る。

しかし、スティアードは笑う。それは勝利を確信した笑みのように見える。


「ミストさん―今です」


「ですな」


ミヨカの背後に上半身を曝したミストが現れ、彼女の身体を細くも強靭な腕でロックする。

なお、彫刻のように鍛え上げられた細身の肉体には数多の傷が見られ、彼が歴戦の戦士であること物語っている。


「チッ―」


「お嬢様!目をお覚まし下さい!」


拘束を逃れようと暴れるミヨカの口へ、ミストは何かを入れた。

入れたもの―それは、レモンの切り身だった。


「ぎにゃー!?だ、だ誰ですかぁ!?レモンを口に入れたのはぁ!!殺しますよ!?」


その刹那―ミヨカは、いつもの口調で涙を流し、喚き出した。それを見てスティアードはその場に安心して座り込んだ。


「あ、戻りましたね。よかった~」


「ふぅ、これでひとまず大丈夫ですな」


「あ、あれ?ここは?てか、スティアード?何で―ちょ、ミスト!何で裸なんですか!?離れて下さいよ!暑苦しいですよおぉぉ!!」


ミストの拘束を逃れ、口の中のレモンを吐き捨てるミヨカ。とりあえず、地上へと降りた彼女は事情を聞くことにした。


「で、あの白ロリとフードコート野郎は何処へ行きました?さっさと、仕留めて亜希斗さんの弔い戦をやらねばいけませんからね」


再びミヨカの瞳に殺意が宿る。しかし―


「ミヨカお嬢様、レモン生か、砂糖漬け―どちらがよいですか?」


スティアードがレモン丸々と砂糖漬けの入ったタッパーをミニスカートの下から取り出す。


「すんません、落ち着いて聞きますからレモンはマジで勘弁して下さい」


ミヨカは身体を震わせ、ミストの裏に隠れる。なお、殺意は完全に消え去っている。本気でレモンが苦手なようだ。


「えーと、白ロリとフードコート野郎は実は私たちで―」


「なら、殺します」


カースソードを秒速で召喚し、スティアードに突き付ける。彼女は涙目で抗議する。


「最後まで聞いて下さいよ!?実は王から直々の命令でアキト様の本質を見てこいとのことで―」


「ほぉ?お父さん、もう口聞いてやらないことにしましょうか」


「ホントにそれは御勘弁を!!面倒なんですから、そんなことされたら!」


ミヨカにすがり付き、スティアードは本気で涙を流す。余程慰めるのが嫌なのだろう。


「ぐす・・・。づづげばずよ゛?」


「そんな泣かんでも・・・。しませんから」


「はい・・・。王はアキト様を別に嫌っていません。しかし、いざとなった時にミヨカお嬢様を、身をかけて守る覚悟があるのかが、知りたかったようです」


スティアードが話し終えるとミヨカは照れ隠しに鼻で笑う。


「はっ。余計なことをしてくれますね・・・」


「まあ、心配なんですよ。あと、ミヨカお嬢様?先程の私達の変装の姿、記憶されました?」


スティアードの口調が変わる―きっと重大な話なのだろう、ミヨカは何となくそんな気がした。


「えぇ、勿論ですよ?だって、復讐する予定でしたからね」


「もうマジ勘弁して下さい・・・。とにかく、私のあの変装は―」


スティアードは涙目ながら口調を乱すことなく、続ける。


「今回の我々の敵です」


「そうですか・・・。で、命令ついでに警告に来たと」


です、とスティアードは頷く。そう、と溜息っぽく呟き、ミヨカは明後日の方向を見る。


「て、いいますか」


「はい」


「亜希斗さんはいずこへ?」


ミヨカの台詞に、スティアードも笑顔のまま、ミストも肉体美を披露しながら、当の本人も、脂汗をかきながら固まる。


「「「忘れてたあぁ!!!!!!!!!?」」」


三人の叫びが荒野に響き渡った。
































































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