魔王、定時で帰ります。
「おい新人! 昨日頼んだ取引先への提案書まだ出来ていないのか?」
そう、俺は都内のIT企業で新入社員をやっている。
もっとも、前世は、異世界で魔王をやっていたのだが。
その時は、勇者を名乗る若造と相打ちになり、その反動でこの世界に転生してきたのだ。
今度こそは、平穏な第二の人生を送ろうと、就職したものの、ここはトンデモないブラック部署だったらしい。
「おい、聞いているのか?」
フロアに怒号が響き渡る。
そんなに大声を上げているのは、自称・敏腕課長だ。
自分は趣味の動画ばかり見ているくせに、部下にだけは理不尽なノルマと残業を課し、成果がでれば、全て自分の手柄にするという、典型的な「クソ上司」である。
「課長。その件ですが、昨日いただいた指示では、締め切りは来週の……」
「口答えするな、こういうことは、すぐにやるから結果が出るんだよ。先方の気が変わらないうちに先手を打つんだ。お前のような新人はやる気が無いから出来ないだけだろ。今日中に提出しないと、クビ。クビだぞ」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らす課長に、周囲の社員達は怯えて目を背けている。
そんな様子をみて、俺は心の中で深く溜息をついた。
──やれやれ。前の世界では、下級魔族ですら、もう少しマシな統率を取っていたぞ。この世界の『パワーハラスメント』とやらは、本当に浅ましいかぎりだ。
かつての世界で複雑な術式を解析して古代魔法を操っていた俺にとって、この世界でのデータ解析や書類作成などは、造作も無いことである。
今までは、平穏な第二の人生のために目立たないように、手を抜いていたが、これ以上この課長を調子に乗らせるのは、平穏な人生には邪魔だろう。
「……承知いたしました。本日17時までに完璧な提案書を作成いたします」
「ハッ、言ったな! 新人が強がりおって。出来なければ覚悟しておけよ!」
課長は、まさに三下と言うような捨て台詞を吐き席を立った。
どうせ、いつものように、タバコを吸いに行ったのだろう。
──16時55分
課長が自席に戻ってくると、俺は完璧に製本された提案書とUSBメモリをもって課長のところに行く。
「課長。ご要望の提案書です。ついでに過去7年分の競合データの解析と、今後の売上シミュレーションも添えておきました」
課長は、提案書を前に一瞬目を見開いたが、すぐに嫌らしい笑みを浮かべた。
「ふん、まぁまぁだな。……よし、これは、俺が直々に社長にプレゼンしておく。お前は、これから終電まで新人らしくシュレッダー係でもしていろ」
あぁ、いつものあれだ。自分の手柄にするつもりなんだろう。
だが、そんな甘い話は無いんだがな。
「おや、課長。プレゼンに向かわれる前に、社内連絡アプリをご確認された方がよろしいかと」
「はぁ? 社内連絡だぁ?」
課長が怪訝そうに自分のPC画面を覗くと、社内連絡アプリに一通の通知が届いていた。
送信者は、もちろん俺。
宛先は──全社員、もちろん全役員や社長も含めて。
メールに添付してあるのは、渾身のファイル群だった。
・課長が、過去に部下から横取りした成果の一覧表
・課長が、取引先から受け取っていた不正なキックバックの証拠
・課長が、業務時間内にゴルフ動画を視聴していたログ(過去1年間で600時間)
「なっ、なん、なんだこれはぁぁぁぁぁぁ!?」
顔面を蒼白にする課長。
そのタイミングで、内線の呼び出し音が鳴り響く。
『今すぐに社長室に来なさい』
「新人! お前、ハッキングしたのか!? 何なんだよ、ただの新人のくせに!!」
狂ったように、俺の胸ぐらをつかもうとする課長。
そんなもの、自由にやらせる訳はない。
軽く睨んでやれば、動きを封じるなど造作もない事である。
「ハッキング? 笑わせるな。全て自ら残した記録ではないか」
「会社のシステムログ・共有フォルダ・メール・アクセス履歴を解析すれば、この程度の証拠を出すのは造作もないこと」
「前世では、何万という魔力回路の演算を駆使していたのだ。この程度のネットワーク解析など児戯にも等しい」
「我は、かつての世界では魔王の名を冠していたのだ。魔王軍では成果を横取りした者は即処刑であった。貴様の如き矮小な小悪党などより、一兵卒の方がよほど忠誠心があったぞ」
俺の威圧に気圧され、課長はガタガタと震えだし、その場に崩れ落ちた。
「う、ひぃぃっ!? ごっご勘弁を」
「安心しろ。今はただの新人社員だ。もし俺が魔王のままであれば、今の威圧だけで貴様など消し炭になっていたであろう。──さぁ課長、予定通り社長室へ」
社長室でのやりとりは、予想どおりであった。
──この証拠は、事実か?
──ち、違います。
──ではこの口座の振込は?
──そっ、それは……
その後、課長は即刻解雇。
背任および横領により警察の取り調べを受けることになったそうだ。
一方で、俺は業務処理能力と危機管理(?)能力を買われ、新課長に昇進。
「新課長! 今日の残業はどうしますか!?」
「バカ者、定時だ! 業務効率を極限まで高めて、定時で帰り酒を飲むぞ!」
俺が仕切るこの部署は、社内でも最も残業が少なく、最も業績の良い「超ホワイト部署」となったのだった。




