風のない日に鳴る音は、駆け落ち者と精霊の遊戯場
妻は言います。
風もなく風鳴子が鳴る時は、精霊が遊んでいるんだよ、と。
風鳴子を御存じでしょうか?
吊るし飾りの工芸品で、風が吹くと揺れたパーツが当たっていい音が鳴るというものです。
材質によって音の違いがあって、響きが愉快なのですよ。
最近では恋愛のオブジェとして扱われ、とても人気があります。
うちは風鳴子の専門店でして。
王都広しといえども、本物の風鳴子のみを扱う店はうちだけでしょう。
ああ、お客さんがいらっしゃいました。
貴族学校の制服を着た令嬢がお二人ですか。
「いらっしゃいませ」
「わあ、可愛らしい店員さん!」
……僕、男なのですけれどもね。
古い記憶が抉られます。
まあ客商売ですから、悪印象を持たれるよりはよほどいいですか。
「風鳴子をお求めですか?」
「はい。近頃話題ですものね」
「恋愛が成就すると聞いたものですから興味があって」
こういったお嬢さんは多いです。
年頃ですものね。
「ところでどうして風鳴子は恋愛に関係するのですか?」
「曰くがあるなら知りたいです」
「エピソードがあるのですよ」
「どんな?」
せっかくですからお話しいたましょうか。
「とあるところに伯爵令嬢がいました。彼女は風の精霊に愛されていたのです」
「精霊?」
「わあ、メルヘンですね」
「実際の精霊って気難しいものなのですよ。気難しいというか、気まぐれというのが近いですか。意思の疎通が困難で」
「ふうん。精霊とお話ができるのですか?」
令嬢方も話に釣り込まれてきたようです。
目が興味深げに輝いています。
「件の伯爵令嬢は風の精霊と意思の疎通を図ろうとしたのですよ」
「面白いですね。可能なものでしょうか?」
「精霊は人間の言うことを理解しているとされています。だから……」
「精霊の考えていることがわかれば会話ができる? あっ、それでその伯爵令嬢は、音の出る風鳴子を作ったのですね? 精霊に鳴らさせるために」
「名推理ですね。その通りです。得意げに風鳴子製作秘話を語る僕のいい場面がなくなってしまいました」
アハハウフフと笑い合います。
「風鳴子の由来はわかりました。どう恋愛と関係してくるのですか?」
「彼女は身分違いの恋をしていまして」
「伯爵令嬢の身分違いの恋ですか。となるとお相手は平民ですね?」
「はい、商家の三男でした。その商家は伯爵家の出入りの業者だったのですよ。自然と顔見知りとなり、恋に落ち」
「……ムリめの恋ですねえ。伯爵令嬢ですと、当然高位貴族に嫁ぐ選択を家族に迫られるでしょう?」
確かに。
貴族の令嬢は自分で生き方を選べないなあと思います。
いえ、それは平民も同じですか。
人が精霊のように自由に生きるのはなかなか大変です。
「お嬢様方はやはり貴族の令息に見初められたい、婚約したいとお思いですか?」
「そうですね。貴族として生きてゆきたいと思います」
「周囲に祝福されたいという気持ちがありますと、どうしても……ですね」
「身分違いの恋は不幸になりやすいのではないでしょうか?」
「しかし風鳴子の令嬢は、商家の三男に拘りました」
「どうしてでしょうね?」
「精霊に愛されるような人は往々にして感受性が高く、人付き合いが苦手ということがあるのですよ」
人間の好き嫌いが激しいと言いますか。
「風鳴子の令嬢も御多分に漏れず、シャイで引っ込み思案でして」
「ううん、どうしても社交が必要になる貴族の生活は難しいかもしれませんね」
「その令嬢もわかっていたのですよ。自分が貴族の生活に向いていないことは。ですから平民との愛に固執したのかもしれません」
「その商家の三男はイケメンだったのですかね?」
「いえ、風鳴子の令嬢ほどではなくとも、精霊に好かれる男だったのです」
「「ああ」」
似た者に惹かれるということはあったと思います。
「そして事件が起こりました」
「「事件?」」
「商家の三男が誘拐されたのですよ」
「えっ?」
「平民と会わせないようにした伯爵家の陰謀とかですか?」
「いえ、そこまで凝った設定ではなく」
「設定」
再びの笑い。
「単にその商家が裕福だった、その三男が女性と間違えられて誘拐されやすかったということなのですけれどね」
「身代金目当てですか? 誘拐って怖いです」
「三男さんは女性っぽい人だったのですかね?」
「その三男って僕のことなので、よく見て判断していただけると」
ああって、納得の表情ですね。
先ほど可愛らしいと仰った顔です。
僕は若い頃もっと女顔でしたので。
「では今までのは本当の話なのですね?」
「はい。僕は誘拐されましたが、風の精霊が風鳴子を鳴らすことで伯爵令嬢がそれと知り。憲兵さん達の活躍もあり、結局犯人一味は一網打尽と相成りました」
「一件落着ですねえ」
「恩を感じた僕も、風鳴子の令嬢を本格的に慕うようになったのですよ。それまでは憧れと言った感じだったのですけれどもね。どう考えたって結ばれない二人ではないですか」
「そうですね」
「ですから駆け落ちしまして」
「「ええ?」」
切羽詰まって視野がすごく狭くなっていました。
僕も妻も。
駆け落ち以外に僕達の未来はないと思い込んでしまい、家を飛び出してきて。
精霊達が後押ししてくれたような気がしたのも一因です。
「現在は妻が作った風鳴子をこうやって売ることで、日々の活計を得ています」
「わあ、恋がかなって結婚されたのですね?」
「おめでとうございます!」
最初は露店から始めて大変だったです。
一杯の薄い粥を二人で分け合うこともありました。
でも妻はそれでもいいって言ってくれたのです。
貧しいながらも幸せな毎日で。
精霊達が協力してくれて、不思議な現象が起きると評判になって。
どんどん売れるようになり、風鳴子というものを誰もが知る時代になりました。
好奇心旺盛な精霊は風鳴子が好きなようなのですよ。
いつもとても機嫌がよくて。
「いいお話を聞かせていただきました。奥様は今でも風鳴子を作っていらっしゃるのですか?」
「もちろんです。妻は気の合う者に精霊の喜ぶ風鳴子の作り方を教えて。もちろん妻と気の合う者っていうのは、皆風の精霊と相性のいい人なのですけれどもね。だから当店に置いてある風鳴子は本物です。全て風の精霊のための遊具でもあるのです」
「素敵ですねえ」
「私、一つ買っていきます」
「あっ、わたしも!」
「毎度ありがとうございます」
精霊が僕と妻を結びつけてくれたのです。
妻の風鳴子を僕が売ることで、風の精霊に恩返ししたいということもありますね。
「奥様は店にいらっしゃらないのですか?」
「時々来ますよ。商品も補充しなければいけませんし」
「精霊に愛される方なのでしょう? お会いしてみたいですねえ」
「お買い上げいただいた風鳴子を飾ることで、お嬢様方も風の精霊と縁ができますよ。そうすると妻に会うこともこの先あると思います」
「わたしは殿方と縁ができるほうがいいなあ」
三度目の笑い。
よい出会いがあるといいですね。
こちらでリーンと、あちらでカランと、風鳴子が鳴ります。
「あ……風もないのに?」
「風の精霊が遊んでいるのですよ。どうやらお嬢様方も精霊に気に入られたようですね」
「わあ、嬉しいですね」
「うちにも風鳴子を飾るから遊びに来てね」
ええ、きっと。
本日はよい出会いを、よい縁をありがとうございました。
ヒヤシンスってどうして風信子と書くのかな、と疑問に思って書き始めたお話です。
ですから初めは風鳴子でなくて風信子で。
書いてる内に植物要素が全くなくなって、でも風信子と書くたびに頭の中でヒヤシンスのアナウンスが鳴るんですよ。
風鳴子に変えました(笑)。
ちなみに風鳴子をググると酒米がヒットします。
洒落た名前ですよね。
稲穂が風に揺れる様子が思い浮かびます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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