エピローグ 頁の向こう側の正解、あるいは甘い契約
あの日、仕事部屋で「決壊」という名の告白を経てから、二人の関係は表面上、以前よりもさらに静謐なものへと変わっていた。
羽瀬川凛は相変わらず、隙のない、いつものスキニーデニム姿で、冷徹な筆致で原稿を仕上げる「鉄の師匠」であり続けた。けれど、優斗が時折、彼女の視線の中に柔らかい温度を見つけるたび、二人の間には言葉にできない濃密な沈黙が流れた。
そして訪れた、束の間の休日。
優斗は、凛の自宅へと招かれていた。彼にとっては毎日の通勤と変わらないわけだが、今日は仕事ではなく、プロを目指す優斗の習作を、凛が指導するという名目でのお部屋デートだった。
「……上がりなさい。早く。待ってたわ」
ドアを開けて現れた彼女の姿に、優斗は文字通り、息をするのも忘れた。
そこにいたのは、いつもの「羽瀬川先生」からは想像もできない姿だった。膝上で揺れる、フリルのついた淡い色の可愛いスカート。凛のシャープな美貌や、普段の峻厳な雰囲気とは対照的な、あまりにも少女趣味な出で立ち。
「……先生、その格好……」
「……不自然なのは分かっているわ。私には、似合わないわね」
「そんなことないですよ。……すごく、かわいいです。本当に」
凛は視線を泳がせ、所在なげにスカートの裾を指先で弄った。耳たぶは火が出るほどに真っ赤だ。落ち着きのない所作は、恥ずかしさだけではなく、既に我慢の限界に近付きつつあることの表れだろう。
二人は仕事部屋の前を素通りし、リビングのデスクに向かい合う。
優斗がペンを握り、凛がその横で助言を与える。
それからしばらく経った頃。
「……いつから、気付いてたの? この前、僕の家に来た時?」
優斗が聞きたかったことを凛にぶつける。
「そうね。……たまたま、見つけて。最初は、……理解するのに時間がかかったわ。こんな世界があることも知らなかったし、まさかあなたが、あんな本を大切に持っているなんて」
自嘲気味に微笑む。
「あれ以来、何度も実験したわ。どのタイミングで、どういう感覚に陥るのか……。あなたの、ために」
自身の言葉が、自らの記憶を呼び覚ます。
一人きりの夜、このフリルスカートも実験の犠牲になった。水を飲み干し、極限まで自分を追い詰め続けた日々。その過酷な「作画実験」の数々が、今の彼女の身体に、鋭い熱として蘇っていた。
凛は潤んだ瞳で優斗をじっと見つめ、熱を帯びた吐息とともに問いかけた。
「……ねえ、優斗くん。どんなシーンがお好みかしら。師匠として、完璧な資料を提示してあげるわ」
その挑発的で、けれど震える声に、凛の我慢も、優斗の理性もまた臨界点を迎えていた。彼はペンを置くと、目の前にいる気高き女性を、自身の欲望で染め上げたい気持ちを素直にぶつけた。
「……あの本みたいに、立って前かがみになってほしいな」
その要求は、凛にとって最大の屈辱であり、同時に最大の歓喜でもあった。彼女は黙って席を立つと、優斗の目の前で、本の一コマと全く同じポーズで、内股になる。
「っ、…………ふ、ぅ」
フリルスカートの布地の下で、彼女の膀胱はすでに、自制心を維持できないほどの臨界点に達していた。立ち上がったことで重力が増し、逃げ場のない熱い質量が無慈悲に彼女を突き上げる。
思わず身をよじる
「凛さん……?」
「……っ。あ、……あっ、ダメ……っ!!」
――じゅおぉっ…………。
リビングに、決定的な音が響き渡った。
「あ、…………ああぁ、っ…………!!」
――バシャシャシャシャ…!!
立ったままの姿勢で、彼女の股間から抗いようのない熱が溢れ出した。
勢いをつけてフローリングに叩きつけられる水流が四方八方に跳ねる。
淡い色の生地が瞬時に透け、肌に張り付く。フリルの重なりを無視して溢れ出した熱い奔流が、彼女の白く細い脚を文字通り『洗う』ように伝い落ち、ソックスを無慈悲に飲み込んでいった。
溢れ出す、剥き出しの体温。漂い始める、あの甘く鋭い匂い。
優斗は、目の前で繰り広げられる、世界で最も贅沢な「資料」を、余すところなく網膜に焼き付けた。
やがて、床に広がった熱い雫の音が止む。凛は羞恥に涙を浮かべながらも、濡れそぼった姿で優斗を見つめ返した。
「……これなら……文句はないでしょ?」
優斗は立ち上がり、今回も、彼女を中心に広がる大きな海を気にすることなく、近づき、抱きしめる。
自分の靴下が、彼女の体温を孕んだ海をじわりと吸い上げ、重くなっていく。足裏から伝わるその生々しい熱量に、優斗は彼女の最深部に触れているような錯覚さえ覚えた。
「凛さん、今日も…本当に…最高でした。」
「……バカ」
凛は優斗の胸に顔をうずめ、囁くようにつぶやく。
濡れた下半身が二人の体温を奪い始め、少しずつ現実に引き戻されていく。
「……着替えましょうか。……ところで凛さん……いや、先生。この資料、家でもう一度見直して勉強したいんですけど……。借りても……いいですか?」
優斗の視線は、まだらに色が変わり、雫を生み出すフリルスカートに向けられていた。その確信犯的な『おねだり』に、凛は一瞬、絶句したように目を見開いた。彼女は顔を伏せ、耳まで真っ赤に染め上げると、絞り出すような声で吐き捨てた。
「これだから、手のかかる弟子は困る……風邪を引くから、さっさと脱がせてくれないか」
その言葉は、冷たい拒絶ではなく、愛する男にすべてを暴かれたことへの、幸福な降伏の響きを孕んでいた。完璧なリアリティを諦めない、美しくも歪な二人の物語。その頁の向こう側には、誰にも汚せない、二人だけの聖域が広がる。




