1話
「諸君らを、魔王討伐の任を無事達成したことで――正式に“勇者”と認める」
壇上の偉そうな髭面が、腹から声を出してそんなことを言う。
どうでもいい。
ていうか、誰だよこの人。今さら出てきて功績だけ横取りしようとしてないよね?
横でリーダー勇者がそれっぽい顔をして頷いている。
髭面は、巻物だか台本だかを読み上げ始めた。
ぱちぱち、拍手。歓声。
私たちは“英雄”らしい。知らん。
そして最後に、
「カティア・ロール!」
返事する気力もない。口角を上げる筋肉が死んでいる。
(あー……帰りたい。早く帰って、寝たい。あと金ほしい。魔王倒したならたくさんくれるんじゃないの?)
名誉? 勲章?
そんなのどうでもいいから、明日から私の生活が“平穏”になる保証だけくれ。リボの支払いが終わらないんだ。
それが無理なら、せめて静かな部屋と、布団と、現金。
次の日。
私は、ボロボロの我が家に帰ってきた。
壁は薄い。床は鳴く。ドアは斜め。
「帰ってきた……」と呟いた瞬間、泣きそうになった。嬉しさで。
やっと、長かった旅が終わった。
無理やり連れてこられて、散々な目にあって、何回死にかけたか分からない。
いや、死にかけた“はず”なんだけど、なぜか生きてる。
自分の生命力が怖い。メンタルは紙なのに。
でも――これで自由だ。
誰にも命令されない。
魔物に追いかけられない。
ドS魔法使いに笑われない。
勇者に「みんなのために」って振り回されない。
僧侶は……まあ、いたらいてもいい
とにかく、ここからは私の人生。
私は荷物を放り投げ、ベッドに倒れ込む。
そして、心の底から願った。
「……あー……富豪で、死にかけのジジイ、いないかな……」
できれば優しくて、金だけ置いていってくれるタイプ。
最悪、性格は最悪でもいい。
私は紐になりたい。切実に。
いつのまにか寝てた。
目を開けたら、もう夕方の色をしている。
……最高。
こんな時間まで寝てても誰にも怒られない。
「起きろ」「訓練だ」「魔物だ」みたいな単語が一切ない。
布団って、こんなに人を甘やかすんだ。
(あー……平穏って……こういうこと……)
でも、腹は減る。現実。
そうだ。郵便受け。
魔王討伐の報酬とか、来てたりしない?
あの髭面、口だけじゃなくてちゃんと金も出すよね? 出すって言ったよね?
私は期待だけで体を起こして、玄関へ向かった。
ドアを開ける。
郵便受けを開ける。
……入ってる!
き、きてるきてるきてる!
封筒が一枚。白い。厚み、そこそこ。
へへへ……やば……。
(これで借金返せるかも。いや、返せる。返せてくれ。お願い)
……いや待て。
借金“以上”に入ってたら?
討伐ボーナスとか、感謝の上乗せとか、国からの気まぐれとか。
もう待てない。
ここで開けちゃお。外だけど。玄関だけど。今すぐ。
封を切ろうと、指をかけた――
その瞬間。
ヒュッ、と何かが私の顔前を通り過ぎた。
次の瞬間、
ドゴン、と大きな音。
……え?
横を向いたら、ただでさえ薄い我が家の壁に、穴が空いていた。
風が入る。夕方の空気が、冷たいのが。
いや、寒いとかじゃない。心が寒い。
(え、私の家、いま貫通した?)
そして。
黒っぽい服の男がゆっくり歩いてくる。
……知らない。
というか、知り合いだったとしても今の登場はやめて。
「カティア・ロールだな……?」
心臓が、きゅって縮む。
背中の汗が、ひやっとする。
……なに? 名前、言った?
私の手はまだ封筒を握ってる。
「あ、あの……」
声が裏返りそうになるのを必死に抑える。
私は、できるだけ常識人っぽい顔を作った。震えてるけど。
「敷金、帰ってこないんで……壁に穴、やめてもらえますか……?」
言っててちょっと泣きそうになった。
いや、ちょっとじゃない。かなり。
「お前を殺しにきた」
……え?
なんで?
私、そんな恨まれるようなことしたっけ?
──心当たりがありすぎて、逆に絞れない。
食い逃げ?
いや、でも私、頑張って魔王倒したよ?
世界救ったよ? それでチャラにならない?
世の中ってそういう仕組みじゃないの?
(とりあえず、人違いってことにしよう。そうしよう)
私はできるだけ落ち着いた声を作って言った。
喉がカラカラで、声が裏返りそうだけど。
「あ……人違い、です」
「カティア・ロール。19歳。魔王を討伐した勇者パーティに所属していた」
……え、やめて。フルネーム言うのやめて。恥ずかしい。
「日頃の行いは、いいとは言えず」
それ余計だろ。
「四日前、無銭飲食で争い、店員を殴って逃走」
待って待って待って。
そうやって言われると私が完全に悪人じゃん。あっちが値段以下の飯出したんだって。
「趣味は好きなラジオに投稿するハガキ職人。ペンネームはむにむにムニエル」
……なんで知ってんの!?
辛い日々の唯一の癒しだったんだけど!
「家族、恋人はいない。友達も当然いない」
うるさい!!
そこ読み上げなくていい!
断定するな!!
……否定したいけど、否定できる材料がないのが一番つらい。
私は封筒を握りしめたまま固まった。
怖い。怖いんだけど。
(……え、めっちゃ調べてくれてる)
それに――
(パーティのやつらより、私の情報に詳しくない?)
勇者ですら私のペンネーム知らないのに。
僧侶でも私の食い逃げは把握してないのに。
……なにこれ。
怖いのに、ちょっとだけ、変な気持ちになってしまう。
「……えっと」
私は震える声を必死に抑えて、聞いた。
「もしかして……私のこと、好きなんですか?」
「違う」
「あ…はい…」
違ったようだ。




