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ループするメイドは破滅ルートを回避したい!はずが、なぜか宰相様の溺愛ルートに入ってしまいました!?  作者: 綾瀬アヲ@2月初書籍発売


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第8話 想定外のフラグ、へし折ってやります!

(ああ……なんかとんでもない約束を交わしてしまった気がする……)


 翌朝、王宮の回廊をアリアは頭を抱えながら歩いていた。


 ミカエル王太子殿下とエレナ嬢の観察報告――これから毎日、午後の休憩時間に宰相執務室へ出向いて報告することになってしまった。


 アリアにとってお二人の姿は尊い。

 だが、それを宰相閣下相手に観察報告をすることになるとは。


 あの理知的で冷徹そうな人が、まさか推しカプ観察報告を真剣に受け止めるのは想定外だった。いや、むしろ真剣だったからこそ、余計に意味が分からない。


(どこまで本気なんだろう、あの人)


 アリアはもう一度、深く溜息をついた。


「いやいや、今はそれよりも次のフラグ回収に走らないと…!」


 セドリックから命じられた観察報告任務はいったん脇に置いておいて、アリアは王宮内を足早に歩いた。


 向かう先は、文官棟の書簡管理室。

 目的はただひとつ――ラヴィニア侯爵家からの招待状だ。


 過去のループでは、数日後にラヴィニア侯爵家主催の昼餐会(ちゅうさんかい)が催される。


 ラヴィニア侯爵家は王家との関係も深い家柄。

 それゆえに、ミカエル殿下との仲を嫉妬した上流令嬢たちから格好の標的にされた。


 社交界の最前線ともいえるその昼餐会に、エレナ嬢だけが『ドレスコードの記載なし』という嫌がらせを受ける。彼女の装いだけが場にそぐわないよう演出され、嘲笑の的にされたのだ。


 エレナの名誉を貶めるきっかけとなり、ミカエル殿下との仲を揺るがされる――最初の、かつ最悪の布石。アリア的には初期の要注意イベントだった。


(タイミング的には、そろそろ招待状が来ていないとおかしいはずなのに……)


 文官棟の一角にある書簡管理の棚。

 各部署に届いた書状はここに一度まとめられ、順次担当へと振り分けられる仕組みになっている。


 書状の山も棚の中も端から端までくまなく確認する。


(おかしい……どこにもない……!)


 ラヴィニア侯爵家からの郵便物はどこにもなかった。


 最低でも一週間前までには招待状を出すのが通例だ。

 それがまだ届いていないということは。


(もしかして昼餐会の開催がズレてる?それとも、()()()()()()?)


 アリアは焦りを隠せずにいた。

 前者なら問題ないが、後者なら取り返しがつかない。招待を無視したと見られればただでは済まない。礼節を欠いたとみなされ、社交界は一斉に牙を剥く。


「こんなところで何をしているんですか?」


 不意にかけられた低い声に、思わず肩をびくりと跳ねた。

 アリアが振り返った先に立っていたのは、銀縁の片眼鏡(モノクル)を光らせた一人の男性だった。


「君は確かクラヴィス嬢の部屋付きでしたね。どうかしましたか?」


 落ち着き払った佇まいと鋭い視線。知性と理性を感じさせる雰囲気はおそらく上級文官だろう。

 アリアは一瞬迷ったものの、正直に事情を話すことにした。


「あの、ラヴィニア侯爵家からの招待状がそろそろ届いてるはずだと思って……でも見当たらなくて」


 《過去のループで受けた招待状トラップ阻止のため》とはもちろん言えないので、あくまで「不達(ふたつ)を防ぐために念のため探している」という(てい)で説明する。


 話を聞き終えた文官とおぼしき男性は、少し顎に手をやって考え込んだ。


「王族および準ずる人物への郵便物は、基本的に台帳に記録されます。届いていれば担当官が記帳しているはずですが」

「記帳……!」


 アリアは希望にすがるように目を見開いた。


 二人で管理台帳の前に立ち、記録の束をめくる。ページを何度も繰り返し確認し、日付と送り主の一覧を目で追っていくと、アリアの指先がある一行で止まった。


「あ、ありました!」


 そこには確かに、ラヴィニア侯爵家からの郵便物があった記録が残されていた。


「日付はクラヴィス嬢が王宮入りした翌日ですね。管理台帳に載っている以上受け取ったことは間違いないということになります」

「そんな!?エレナ様には届いていませんでした、絶対に!」


 アリアの切実な訴えと熱量に、片眼鏡の文官は一瞬だけ目を細める。


「ということは、どこかで意図的に止められているか破棄されているか」


 アリアの胸に冷たいものが落ちた。


(これまでのループとやり方が違う……)


 昼餐会での嫌がらせという定番の罠ではなく、そもそも『招待されたことに気づかせない』という、根本から変わっている。


(もしこのまま招待があったことに気づかずにいたら……?)


 文官が受け取った記録が残っていればエレナの落ち度とされる。たとえそれが、誰かの手によって握りつぶされていたのだとしても。

 そして社交界で『礼節を欠く振る舞いをした公爵令嬢』の烙印を押されるのは、火を見るよりも明らかだった。


(これが今回の罠なんだ……!)


 仕掛けられた目的は明白。

 エレナの評判を地に落とすためだ。


「ラヴィニア侯爵家に確認してみましょうか?」

「え……っ!?」


 目を丸くしたアリアに彼は淡々と続けた。


「個人的な伝手(つて)で昼餐会の有無を確認してみます。このままだと君だけでなくクラヴィス嬢も困るのでしょう?」

「はい、お願いします!」



 それから二十分後。

 書簡記録室に再び現れた彼の表情は、わずかに険しかった。


「少々まずいことになりました。昼餐会の開催は今日だそうです」

「きょ、今日……!?」


(嘘!?昼餐会のタイミングも前と変わってる!!)


「え、何時からですか…!?というか今何時…!?」


「落ち着いて。これが聞き出した昼餐会の詳細です。まだ開始まで二時間はあるので、急いで準備すれば間に合うかと」


 差し出されたメモ書きには、正確な開始時間や参加予定貴族の名までしっかり記されていた。そのメモを握りしめたまま、アリアは深く頭を下げた。


「ありがとうございます……っ!私は急いでエレナ様の支度に向かいますので!」

「分かりました。ちなみに馬車の手配は――」


 男性が言い終わるよりも早く、アリアは走り出していた。

 上擦る呼吸、揺れる黒のスカート。軽やかに、けれど全速力で廊下を駆け抜けていく。


 (まだ間に合う、間に合わせなきゃ…!!)


 社交界は何よりも重要な品格の見せ場。ひとたび評価が下がれば、どれだけ人格があっても覆せない。それはアリアが過去のループで痛いほど学んできたことだった。


 (こんな卑怯な罠でエレナ様の名誉を汚すなんて……絶対に許さない!!)



 このとき、アリアは気づいていなかった。

 なぜあの片眼鏡の男性が、ここまでアリアに親切にしてくれていたかを。


 書簡記録の照合に非公式な情報収集、馬車の手配まで。

 すべてが迅速かつ親身だったことを。


「なるほど……あれが、閣下がご執心のメイドですか」


 文官棟の柱にもたれかかりながら、ライナス・フォルトは静かにため息をつく。


 お人好しで正義感が強い。

 行動と発想がやや突飛で――妙に勘が鋭い。


 なぜ『まだ届いていないはずの招待状』の行方を、必死に探していたのか。

 知り得ないはずの昼餐会の存在を、彼女はどうやって知ったのか。


「確かに興味深くはありますね」


 目を伏せると、片眼鏡(モノクル)に手を当ててくすりと小さく笑った。




 そしてその日の夕方。


 昼餐会を終えて戻ってきたエレナ嬢は充実した笑みを浮かべていた。

 その顔には疲れの色こそあったけれど、どこか誇らしげでほんのりと頬が赤い。


「実は、途中からミカエル殿下がいらしてくださったの!」

「えぇぇえっ!?」

「ふふ。エスコートもしていただいて、たくさんの方とご挨拶もできたの。とっても頼もしかったわ、殿下」


 隣りに立つ殿下を頬を染めながら見つめるエレナ。

 そんな彼女の手を取って「君のためなら当然だよ」と指を絡ませるミカエル殿下。


(なにこれ、尊すぎる……っっ!!!)


 鼻血が出るかと思った。尊さの限界突破という現象があるならこれだと、アリアは本気で卒倒しそうになった。


 そのあと、アリアふわふわと浮かれた気持ちのまま一人妄想の海に浸っていた。


「一時はどうなることかと思ったけど、終わり良ければすべて良しよね」


 昼餐会では(くだん)の令嬢たちの陰湿な仕掛けはなかった。むしろミカエル殿下との並びが完璧だと、エレナ嬢の評判は一気に上がったとのこと。


 さらに今後はエレナ嬢宛の郵便物の取り扱いには、二重チェック体制が導入されることに。これで『エレナ嬢に重要な情報が届かない』というトラップも通用しなくなる。


 しかも――帰り際、アリアは王太子殿下本人から直々にこう言われたのだ。


「君のような存在が、そばにいてくれて本当に良かった」


(もう死んでもいい……!!)


 いやダメだ、死んではいけない。

 殿下とエレナ嬢の結婚式を見届けるその日まで生き延びなければ、と気を持ち直す。


「いや~、今日の私ってばけっこういい働きだった気がする!」


 達成感に満ちた顔で、アリアは足取りも軽く長い回廊を歩く。まだ空に少しだけ残る夕焼けの朱色が、石壁の装飾をほんのり染めていた。


(っていうか、これで最終回でいいんじゃない?エレナ様が幸せで殿下ともいい雰囲気で、世界も平和で!!)


「この世界、幸せエンド確定だったりして」


 自分で言っておいて、アリアは笑みがこぼれる。

 だがそのときだった。


(…………あれ?)


 ふと立ち止まり、首を傾げる。


「なにか…………忘れてるような……?」


 その瞬間、アリアの顔が一瞬で凍りついた。


「…………あぁああああああっっ!!!!!」


 悲鳴にも似た絶叫が、長い廊下に響く。


 アリアは気づいてしまった。

 宰相セドリック・グレイヴナーへの『午後の観察報告』を盛大にすっぽかしたことを。


 アリアは慌てて身をひるがえすと、全力で逆走し始めた。


(宰相相手にドタキャンなんて前代未聞……!これじゃ私のメイド人生が最終回になっちゃう…!!)



 * * *



 そのころ宰相執務室では、セドリックがゆっくりと紅茶のカップを傾けていた。


「……さて、どれだけ遅れて来るか見ものだな」


 その目はどこまでも冷静で、けれどほんの少し楽しげでもあった。


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