第30話 導かれた先に
ロレッタは鏡の前でアリアとそっくりに髪を結い上げて整えると、ホワイトブリムを頭に付ける。
「うん、これならどっちがどっちか一見分からないんじゃない?」
その姿はまるで本物のアリアのようだった。
ロレッタが仕上がり具合に満足げに微笑むと、コンコン、と扉が叩かれる音がした。
「王宮監察官だ、ここを開けろ」
「っ……来た!」
緊迫した声に、アリアがびくりと肩を揺らす。ロレッタはすかさずアリアの腕を掴んで、カーテンの影へ押し込んだ。
「ここは作戦通りに私がやるから、アリアは窓から行って!」
「えっ!?ま、窓ってどっちの窓!?」
「左!バルコニーに出て回廊の石垣沿いに行けば伸び放題の蔦がある!それを伝って下に……ってやば、来た!」
ガチャッと扉が開かれる音。アリアが息をのむのと同時に、ロレッタは大急ぎで着ていたエプロンを脱ぎ捨て、ワンピースの肩を大胆に半分ほどはだけさせた。
「きゃああああああああああっ!!!!!」
部屋中に響き渡る甲高い悲鳴と目の前の光景に、監察局の男が凍りついた。
「な、なんだ!?えっ、これは……っ!?」
「ひ、ひどいっ……女の子の着替え中にいきなり開けるなんて……っ!!長年王宮に仕えてきてこんな仕打ちにあったの初めてですぅう……!!」
「い、いや、これはその、職務上の……っ」
ロレッタは床に膝をつき顔を手で隠しながら、全身で震える演技に突入した。焦って慌てふためく男を前に、ロレッタは容赦なく追撃する。
「うわああんっ!!監察官ともあろうお方が!軟禁中だからってこんなの人権侵害じゃないですかぁああっ!?!もうお嫁に行けない~~~!!」
「分かった!落ち着け!!いま閉める、閉めればいいんだろう!?!?」
監察官は完全に動揺し、ガチャン!と勢いよく音を立てて扉を閉めた。足音は脱兎のごとく遠ざかっていく。
シン……と静けさが戻った部屋で、バルコニーの影に潜んでいたアリアは呆然と顔を出した。
「……ロレッタ、すごい……」
「ふふん。これでも王立歌劇団にスカウトされたこともあるんだから」
ロレッタがはだけさせたワンピースを直しながらウインクする。
「今のでこの辺一帯には響き渡ったはずだから、覗きの噂を広めておくわ。そうすればまた監察官が来ても撃退できるし時間を稼げる。私だけじゃない、他のメイドもみんなアリアの味方なんだから」
「ロレッタ……」
「ほら、こっちのことは任せて、しっかりやんなさいよ!」
「うん。ありがとう……!」
アリアは強張る体を足で踏ん張りながら、窓からバルコニーへと飛び降りた。
* * *
夜の王宮は、昼間とはまるで違う顔を見せていた。
賑やかなざわめきも眩い装飾も影を潜め、長い回廊にぽつりぽつりと灯るのは、等間隔に並ぶ燭台の炎だけ。
足音が一つ響くだけで、異様に大きく感じる。まるで王宮全体が彼女の動向を窺っているかのようで、嫌でも緊張が強まっていく。それでもアリアは小さく息を吸い込んで、しっかりと足を踏み出した。
(……大丈夫、ロレッタたちが時間を稼いでくれている。その間に私は――)
会いに行くべき人がいる――文官棟の従者からの手紙の送り主はライナスだった。
いまこの八方塞がりの中で、唯一信じられる人。
脳裏に焼きつけた地図をたどりながら、アリアは誰もいない廊下を足早に進む。
文官棟の裏手、古い回廊を抜けてさらに奥へと進んだ先に、昔使われていた食糧庫があった。今は手狭になって別の場所に大きな倉庫が作られたため、ここは使用されていない。
(本当に、こんなところにいるの……?)
不安と緊張が入り混じったまま、アリアは扉の前で立ち止まった。
そして――軽くノックする。
すると中から「鍵を」という声がした。
アリアは封筒に入っていた鍵を差し込むと、静かに軋むような音を立てて扉がわずかに開いた。
扉を開けると、小さな燭台の炎だけが薄暗い部屋を照らしている。後ろ手にドアを閉めると、淡い灯りを背にした長身の人影がゆっくりと振り向いた。
「よく来たな、アリア」
その優しげな声と蒼玉色の瞳に、思わず目を見開いた。
「……っ、セドリック、さま……?」
どうして――?
そう問いたいのに、アリアは言葉にならなかった。
ただただ、張りつめていたものがほどけそうで――その瞬間、喉の奥が熱くなって言葉が詰まってしまった。
続き追ってもいいかも、と思ったら応援してもらえると嬉しいです!




