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エルドウィス森譚〜私と猫と、ときどきドラゴン〜  作者: 川津 聡


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パンと恋と、竜の魔法(中編)

 森の家から北西の町――レグナールは、高い山を背景にした城壁都市だ。

 街の門をくぐると、舗装された石畳の道が伸びており、通りには人々の生活音が溢れていた。

 石畳を走る馬車の車輪の音、通りを走る子供たちの声、市場の呼び込みの声――森の静けさとは違い、街は活気に満ちていた。


「じゃ〜、何買う?」


 キャスが器用にくるくると人を避けながら、ヴァレオに聞いた。


「な、何買うとは?」


 自分の体の大きさがいまいち把握し切れていない若竜たちは、一塊になりながら、キャスの後に続いていた。

 その後ろから、リオンとセルグラシアがゆったりと着いてくる。


「お前、何も持たずにパンだけ買いに行くのかよ」

「……そのつもりでしたが……?」


 そのために、今日は来たんだろうと言う表情で答えるヴァレオ。


「そんなこと言ってたら、いつまで経ってもただの客だろ。距離を詰めるには、まずプレゼントだろ」

「た、確かに……!」


 盲点だったと言わんばかりに衝撃を受けるヴァレオ。

 リオンはそのつもりで多めにお金を渡していたのだったが、どうやら伝わっていなかったらしい。


 市場に向かいながら話す。


「こう言う時、人間は何をあげるんでしょうか」

「気の利いた小物とかですね」


 ヴァレオに聞かれて、リオンが返す。

 その答えを聞いて、ヴァレオは通りがかったところにある露店のアクセサリーを指差した。

 小さな宝石がついている若者向けのアクセサリーが置いてあった。


「あ、例えば、ああいうアクセサリーですか?」

「いきなり知らない奴からアクセサリーをもらったら、怖ぇよ」


 速攻でキャスに否定される。


「あそこにかかっている布、この辺じゃ珍しいベルファ族の紋様の布じゃないか? 文化的価値が高いぞ」


 ルミアスが指差したところには、オリエンタルな柄の布を取り扱ってる店があった。

 だが――。


「模様は珍しいかもしれないけど、色が地味すぎる。若い女向けじゃないだろ」


 落ち着いた重厚感のある色合いの布が多く、キャスのいう通り若い女性には向いていなかった。

 隣でフレイグが脳天気に口を開いた。


「消えるものとかがいいんじゃないか。あそこの店で売っている肉はおいしそうだぞ」

「前半はいいけど、後半は違う。生肉をもらっても困るだろ」

「人間の女は、肉を食べないのか?」

「そうじゃなくて……」


 フレイグの自分の好み全開の提案に、キャスが頭を抱えた。


「ダメだ。お前たちは贈り物のセンスがなさすぎる」


 その様子を微笑ましそうに見守るリオンとセルグラシア。


「じゃあ、何がいいんだよ」


 あれもダメ、これもダメと頭を悩ませ始めたヴァレオを見かねて、フレイグがキャスに尋ねた。


「え? え〜っと……。あっ! セルグラシアは人間と交流して長いだろ。ここは若い奴らにビシッと教えてやれよ!」


 目を泳がせたキャスがセルグラシアで目を止める。

 急に振られたセルグラシアは、「ふぅむ」と考え始めた。

 そして、市場を見渡すと……すっと一軒の店に近づく。


「私はこのタリスマンをお勧めしますね。このタリスマンには、闘神の加護と矢よけの守りがうまくつけられています。これを持っていれば、ほとんどの戦場で護りになるでしょう。こんな市場には珍しい良品です」

「パン屋の娘は戦場に行かねーよ!」


 キャスがつっこむも、セルグラシアはタリスマン屋の店主と「お目が高い」「こちらの品物はあなたが?」などと、意気投合してしまった。


「まぁまぁ、キャス。そもそも贈り物は難しいものです。それが、恋する人へのものなら、なおさらですよ」


 ドラゴンをからかうつもりが、逆に翻弄されて肩で息をしているキャスを宥めるようにリオンが言った。


「リオン。なんか、余裕だな? ……そういうリオンは、いい案があるのかよ」


 キャスのじとっとした視線を受けて、リオンが困ったように頬をかいた。


「そうですね……。ヴァレオさんは、その娘さんとはもうお知り合いになっているんですか?」

「は、はい。僕が『イェスラ・モーン』を落としてしまって、それを拾ってくれたのが彼女なんです」


 『イェスラ・モーン』とは『蒼銀葉』とも呼ばれる紺銀色をした葉っぱのことだ。

 ドラゴン族が住む霊峰の一番高いところに生えている樹から、夜明けの瞬間にだけ採取できる珍しい葉で、ドラゴン族は大切な人のための旅のお守りにするような神聖な葉である。


「僕は落としたことに気が付かなかったんですが、拾った彼女が走って追いかけて、返してくれたんです」

「誠実な娘さんだ」


 リオンが感心したように呟く。


「『イェスラ・モーン』は、人間にとっても、とても珍しい葉でしょう? 僕は落としたことに気がついていなかったし、そのまま自分のものにもできた。でも、彼女はそれをしなかったんです」

「俺なら拾ったその足で、売りに行くね」


 キャスがまぜっ返す。それにヴァレオは同意するように頷いた。


「僕も、不思議に思って聞いたんです。そしたら彼女は『これには、誰かの想いが詰まっているような気がしたから』って」

「『だから、これを無くすとあなた以外の人も悲しむかと思って』だろ。もう何回も聞いた!」


 途中から、フレイグが言葉を引き取った。

 どうやらこの話は本当に何回もしているらしく、布屋の前でルミアスもうんうん頷いている。

 フレイグの勢いに苦笑しながらも、リオンは思案した。


「そうですね。それなら髪油やハンドクリームはどうですか。落とし物を拾ってもらったお礼として渡せば、不自然にならないでしょう」


 プレゼントだけではなく、それを渡す口実まで考えたリオンに、感謝の目を向けるヴァレオ。


「なるほど! ご老人の知恵は違いますね!」

「……ご、ご老人……?」


 ヴァイス的には、見た目から人間の年齢がよくわからず、キャスが「ジジイ」と言っているので、それを丁寧に言い直しただけなのだが――。

 キャス以外にも老人扱いされ、ショックを受けるリオン。


 ヴァイスはリオンの衝撃に気が付かず、キャスは呆然とするリオンの後ろで腹を抱えて笑うのだった。

わちゃわちゃしてばかりで、なかなかパン屋に辿り着けませんね……。

日が暮れちゃうよ?

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