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エルドウィス森譚〜私と猫と、ときどきドラゴン〜  作者: 川津 聡


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パンと恋と、竜の魔法(前編)

 次の日の朝――。

 どことなく森の風も甘く感じる、いい天気だった。


 恋する若竜――ヴァレオは、落ち着かない様子で、鏡代わりの水面を覗き込んでいた。

 髪を撫で、服の皺を伸ばし、少し尖ってしまった耳を撫で付け人間らしい丸みを作ろうとする。


「……だめだ。鱗が生えてくる」


 キャスは猫の姿のまま、ゆらりと尻尾を揺らした。


「恋心ってやつは、隠せねぇんだな」

「笑わないでくださいよ」


 にしし、と笑ったキャスが、ポンと人型になる。


「笑うなって方が無理だろ。お前、今日、もう10回くらい『行ける!』『やっぱり無理だ』ってのを繰り返してるぞ」

「うぅ……」


 へにゃりと眉を下げるヴァレオに、キャスは楽しそうな笑顔を向ける。


「――そろそろ行きましょうか」


 後ろから外出着を着たリオンが、他の竜と共にやってきた。

 そして、ヴァレオに小さな皮袋を手渡す。


「これは、北西の街で使われているお金です。そんなに多くはありませんが、小物を買って、パンを買うくらいならできるはずです」

「え?」


 パン屋に行くのに、お金を持っていかなければ何も買えないと言う発想のなかったヴァレオは、お金を手渡されて焦った。


「これは、貸しです。今度、山から薬草でも持ってきてください」


 竜は理由もなく与えられる事を嫌う。

 それを知っているリオンは、わざわざ「貸し」と言う言葉を使った。

 その心遣いにヴァレオは深く頭を下げた。


「さぁ、これから空の旅ですよ。自分で飛ばない空の高さを感じてください」

「?」


 悪戯っぽく笑うリオンに、ヴァレオは「いつも空を飛んでいるから、いまさら空が怖いなんてことはないんだけどな」と思ったが、口にしなかった。

 なぜなら、キャスがそれはもう楽しそうにニヤニヤしていたからだ。


   ◇ ◇ ◇


「やっと……ついた……っ!!」


 乗せてもらったヴァレオが、ほうほうのていで、竜の姿のフレイグの背中から滑り落ちた。


「自分で飛ぶのと、人間の姿になって乗せてもらうのじゃ、全然違うだろ〜?」


 よほど怖かったのか、背中から翼がはみ出している。

 それをキャスがツンツン突きながら、笑った。


「安全飛行のつもりだったんだがな……」


 大袈裟じゃないかと言外に滲ませたフレイグに、「帰りは乗せて帰ってやる」とヴァレオが持ってきた水筒から水を飲みながら答えた。

 隣には、リオンとキャスを乗せてきたルミアスが我関せずという様に立っている。


「さぁさぁ、遊んでいないで。少し休憩したら、街に向かいますよ」


 その様子を微笑ましそうに見ているリオンに、セルグラシアが小声で声をかけた。


「思ったより、積極的ですね。ありがたいのですが……大丈夫でしょうか」

「……恋は、禁止されるほど燃え上がるものです」


 それは実感を持った呟きだった。そしてどこか傷に触れる様な声だった。


「……若者たちが燃え上がる焚き火なら、我々は火の番になりましょう。異種族の恋愛は、激しく燃えたり、他に飛び火しないように見守るものが必要だと思いませんか」

「特に、ドラゴン族と人間の場合は……ですね」


 二人は同じ不安を抱えていたが、若者たちのみずみずしい様子に、少しの希望を見出してもいた。


「おい、ジジイども、置いていくぞ!」


 キャスが立ち止まって話している二人に声を飛ばした。


「お前、マジでセルグラシア様になんて事言うんだ」


 フレイグが信じられないと言わんばかりの表情でキャスを見る。

 それにセルグラシアはにっこりと笑いかけた。


「いいんですよ。私から見れば、キャスは生まれたばかりの子ネコですから」

「子ネコってゆーな! 僕はもう、大人だ!」

「いや〜、”ジジイ”は耳が遠くて……」


「――セルグラシア様って、冗談言うんだ……」

「ウソだろ……」


 若竜たちのヒソヒソにも、セルグラシアは気にした様子を見せない。

 『ジジイ』と言われた事を逆手に取り、キャスをからかっている。

 普段の真面目で落ち着きのあるセルグラシアとのあまりの違いに、若竜たちは驚いていた。


「〜〜! も〜、いい! 行くぞ、お前ら!」


 キレたキャスがプンスカしながら街へ向かう。

 それを若竜たちは慌てて追いかけるのだった。

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