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エルドウィス森譚〜私と猫と、ときどきドラゴン〜  作者: 川津 聡


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竜の「人間修行」(後編)

「――てか、なんで急に人間に変身したいって思ったんだ?」


 午前中の『人間修行』を終え、なんとか及第点をもらった座り方でお昼ご飯を食べている時、キャスが何気なく聞いた。


「俺は、人間界の酒が目当てだ」

 真っ先に答えたのは、炎龍のフレイグ。


「人間は『蒸留』ってのをして、アルコールを高めているだろう? あの喉を焼く感覚が病みつきになっちまって」


 にかっと笑うフレイグに、街のお酒を飲み尽くさないでくださいよとリオンは釘を刺した。


「私は、人間の文化に興味がありまして」

 続いたのは、海竜・ルミアス。

 その瞳は、年を経た賢者のような思慮深さがあった。


「人の文化の流行り廃りは、海の満ち引きの様に目まぐるしい。どこからその様な多種多様な文化が生み出されるのか、興味がありまして」


 にっこりと笑うルミアスに「つまんねぇ」と呟くキャス。

 優等生的な答えは、お気に召さなかったようだ。


 最後に残ったのは、風竜・ヴァレオ。


「えぇっと、僕は……」

 と言ったきり、困った様に周りを見渡した。


「なんだなんだ。言いにくいことかよ。……人間に、恋でもしちゃったか?」


 キャスの言葉に、ヴァレオの周りに旋風が舞った。

 せっかく作った昼食に埃が入らないように、リオンはさっと魔術で風を通した。


「……は?」


 キャスはフォークでヴァレオを指差したまま固まる。

 そのフォークの先で、ヴァレオは見る見る間に赤くなった。


「へ〜え?」


 キャスの口の端が、おもしろい獲物を見つけたと言うように、ニンマリと上がる。


「だから、人間ね。なるほどなるほど」


 ネコ科らしい狩りをするキャスは、獲物を見つけたからと言って、すぐに飛びかからない。ぐっと力をためて――一気に喉笛に噛み付くのだ。


「で? 相手は誰だよ」


 ヴァレオは口をパクパクさせた後、助けを求める様に周りを見渡した。しかし、セルグラシアでさえ興味深そうにヴァレオを見ているのを見て、がっくり項垂れた。


「……あの、ここから北西に行った街の……パン屋の娘さん、です」

「おぉ〜」


 キャスがわざと大きな声を上げる。

 他の若竜たちは心当たりがあるらしく、「えっ、あの時の?」と顔を見合わせた。


 リオンは、真っ赤になったヴァレオのコップに薄めたワインを継ぎ足した。

「だから、『人間らしく』なりたかったんですね」

「はい。……でも、どうしてもうまく変化できなくて。会いに行こうとするたびに、尻尾が出たり、羽がしまえなかったり……」


 しょんぼりと肩を落とすヴァレオに、キャスはスパッと言い切った。


「それは、恋の力だろ」

「えっ!? そうなんですか!?」

「知らん」


 キャスが即答すると、ヴァレオは真っ赤になって俯いた。

 セルグラシアがフォローするように、口を開いた。


「これが彼の『問題』なんです。どうしても、感情が姿に出てしまうんです」

「悪いことではありませんよ」


 リオンが穏やかに答えた。


「隠すのがうまくなると、自分の本当の気持ちもわからなくなってしまいますからね」


 リオンは、触れられない思い出に指先を伸ばすような、遠く優しい目をしていた。


「そうですね。ただ……、その娘さんを怖がらせたくなかったら、焦らないことですね。竜の心は小さな嵐にはびくともしませんが、内なる火山はすぐに噴火しますから」


 セルグラシアの誠実なアドバイスに、ヴァレオはゆっくりと頷いた。

 ヴァレオは二人のアドバイスを胸に、決意も新たに頑張ろうと思った――その空気をキャスの声が切り裂いた。


「何言ってんの! これだから爺さんたちは!」


 リオンだけでなく、セルグラシアもまとめて「爺さん」扱いするキャスに、若竜たちはギョッとした。


「一日中、日向ぼっこしているような爺さんたちは忘れたかもしれないけど、若者の時間はあっという間に過ぎていくんだぞ! そんな悠長なこと言ってたら、パン屋の子はしわくちゃに、こいつは化石になっちまう!」


 ビシッと指を刺されたヴァレオは、目を白黒させる。

 キャスは机をぐるっと回り込むと、ヴァレオの肩に手をかけた。


「いいか、そう言うことなら、話は別だ。ちんたら『修行』なんかしている場合じゃない」


 真剣なキャスの様子に、ヴァレオはごくりと唾を飲み込んだ。


「実践こそが、上達の近道だ! 明日、そのパン屋に行くぞ!」

「は、はい!」


 キャスの勢いに、反射的にヴァレオは返事をした。


「……キャス、しっぽが揺れていますよ」

 リオンは額を抑えて、ため息をついた。

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