竜の「人間修行」(前編)
その日の森は、空がやけに賑やかだった。
風の流れがざわめき、木の葉が舞い、枝の上の鳥たちが一斉に飛び立つ。
「……来たか」
朝からどこか浮ついた空気にそわそわしていたキャスが、出窓から飛び降りた。
パッと人型に変わると、外へと飛び出していく。
その様子を、キャスに代わってリオンは出窓から覗く。
リオンが窓越しに空を見上げると、青空の彼方から、四つの光が流星のように降りてきているところだった。
しばらくして、大きな風が巻き上がり、前庭に四人の若者が現れた。
一人は、セルグラシア。
残りの三人は、それぞれが背丈も髪の色も違うが、共通して――『人間』の形が、ブレていた。
一人は、指先にうっすらと鱗が残っていたり。
一人は、話すたびに吐息が小さく燃えたり。
そして、もう一人は、どう見ても背中に隠しきれない羽を背負っていた。
出迎えに外に出たリオンに、セルグラシアは少し困ったように笑った。
「……紹介します。彼らが地上に興味を持った若竜たちです」
「興味、ねぇ」
キャスが腕を組み、リオンの隣に並んだ。
「街に行けるようになるまで、その興味が持つかな?」
「失礼な四つ足め!」
若竜の一人がむっとした顔をする。
だが、次の瞬間、剥き出した牙の間から炎が漏れて――リオンがすかさず水やり用の桶を手に取った。
「延焼は困ります」
「す、すみません!」
炎竜なのだろう。青年は水を見て、慌てて口を押さえた。
それを見て、セルグラシアは額を押さえる。
「最低限、感情をコントロールできている者を連れてきたつもりだったんですが」
「いいえ。今のはキャスのせいですから」
「ふん! これくらいの挑発で炎を噴き出していたら、街なんかあっという間に灰、灰、灰の焼け野原だ!」
確かに、キャスの言う通り街では何が起こるかわからない。
「ですから、ここに練習に来ているのでしょう」
先が思いやられると、リオンとセルグラシアは目線を交わした。
こうして、若竜たちの『人間のふるまい練習』が始まったのだった。
◇ ◇ ◇
キャスが教師役を買って出た――と言うより、からかう気満々で勝手に仕切り始めた。
部屋から椅子を出してきて、『人間らしく』座るように言う。
若竜たちは戸惑いながらも、リオンもセルグラシアも止めない様子を見て、おずおずと椅子に座った。
どの若竜も、背筋を伸ばして、きちんと座っている。
「ふん。それがお前たちの『人間らしさ』か」
キャスがバカにしたように鼻を鳴らす。
ムッとした鱗の青年――ヴァレオが立ちあがろうとしたのを、手のひらで押しとどめる。
そして、教師よろしく三人の前をもったいぶって歩いた。
「お前たちはなぁ。まず、姿勢がよすぎる」
思わぬことを言われて、顔を見合わす三人。
そして、少し離れたところに座っているリオンを見て、それとあまり変わらないのを確認した。
「あいつは人間の中でも例外なの。四角四面の融通の利かないジジイだから」
「キャス?」
思わずリオンが口を挟むと、キャスは「おっと」と言って肩をすくめた。
「普通、人間はもっと力を抜いて、だらしなく座るもんだ。背筋を伸ばすな。だらしなく座れ。バランスを崩しているくらいでちょうどいい」
「背筋を伸ばすな……? え、それでいいのか?」
戸惑った海竜――ルミアスが、背中に羽を背負ったまま、助けを求めるようにリオンを見た。
リオンはリオンで、キャスの目の付け所に感心していた。
意識したことはなかったが、確かに背筋を伸ばしてまっすぐ座るのは、日常であまり見ないかもしれない。
「いいんだよ。人間はだらしないもんだ」
キャスは自信満々に言う。
「だらしないのか?」
「だらしないのが愛嬌だ」
若竜たちは、目をパチパチさせながら、ぎこちなく、だらしなくし始めた。
だが、意識して「だらしなく」するのは難しいようで、キャスにあーだこーだと突っ込まれている。
「なんで右脇だけ、力が入ってるんだ」
「だって、バランスが――」
「お前は、丸まってどうするんだ。100年生きた爺さんの背中だって、そんなに丸くないぞ」
「どれくらい伸ばせばいいんだ?」
なんだかんだ言いながら、うまく回り始めたのを感じて、リオンは立ち上がった。
「頑張る若者たちに、美味しいお昼ご飯を作ってきますね」
「何から何まで感謝する」
全く『人間らしさ』の感じられない、スッと背筋を伸ばした座り姿のセルグラシアは、優雅に頭を下げるのだった。




