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エルドウィス森譚〜私と猫と、ときどきドラゴン〜  作者: 川津 聡


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20/21

暖炉のある景色

 人の気配の少ない室内は、暖炉の灯りだけが生き生きと燃えていた。

 分厚い木の扉と壁は、冬の気配に満ちた森の空気を遮断してくれ、室内には暖気で満ちていた。


 パチリ、と木がぜる音がして、キャスは猫耳をピクリと動かした。

 晩御飯を食べた後、暖炉のそばで丸まっているうちに、うたた寝をしてしまっていたらしい。


 そっと室内の気配を探ると、ロッキングチェアから規則的な呼吸の音がする。

 するりと人間の姿になると、キャスは腰に手を当てて、ため息をついた。


「こんなところで寝て。ったく、年寄りはどこでも寝るんだから」


 暖炉の優しい光がほのかにリオンを照らしている。

 リオンは、暖炉のそばに置かれた椅子に腰掛けたまま、本を開いて眠っていた。

 膝掛けがずれて床を擦っている。


――全く、世話がやける。


 キャスは静かに近づくと、半分落ちかけている本をそっと取って、机に戻した。

 そして、膝掛けを優しくかけ直す。


「僕がいなかったら、絶対、風邪ひいてるぞ」


 キャスは火を起こすのが得意だった。

 焚き付けを鼻で選んで、いい香りのする薪をくべるのだ。

 リオンはその辺、無頓着だからいけない。


 弱まっていた暖炉の火に選んだ薪を入れると、パチパチと音がし始めた。

 ふわりと、木の甘い匂いがした。


   ◇ ◇ ◇


 しばらくして、リオンが目覚めた。


「……キャス?」

「寝るなら、ベッドに行けよ」

「いいえ、起きています」


 どちらとも取れるリオンの言葉を聞いて、キャスは苦笑した。


「寝てたよ。……お茶、飲むか」

「……ハーブティーにしましょう。寝れなくなったら、困りますから」


 リオンはゆっくりと椅子から立ち上がり、伸びをした。

 そして、ハーブが置いてある棚を眺める。

 どこかぽやんとした表情は、まだ半分夢の中にいるようだ。


「じゃー、カモミールだな。僕が入れるから、座っとけよ」


 キャスはそういうと、横からハーブの入れ物をヒョイヒョイと掴んだ。

 そして、ちゃっちゃとポットにハーブを入れると、暖炉にかけていたヤカンからお湯を注いだ。


「椅子で寝てたら、腰いわすぞ」

「あれは、荷物が重かったせいです」


 キャスの指摘に、リオンがぷいと顔を背けた。


「はいはい、そうだな」


 キャスはそういうと、リオンの前にマグカップを置いた。

 リオンは黙って、両手で受け取り、ゆっくりと一口味見した。


「……砂糖を入れましたね」

「甘くないお茶なんて、ただの草の煮汁だ」

「言うじゃないですか」


 ふうふうと冷ましながら、リオンが一口、もう一口とお茶を飲む。

 否定しないところを見ると、味は悪くないらしい。


「第一、リオンは痩せすぎなんだよ。もっといっぱい食べろ」

「魔猫であるあなたと、人間の私を比べないでください。私は十分食べていますよ」


 キャスの前に置かれたハーブティーは、まだ手がつけられていない。冷めるのを待っているのだ。

 その間、キャスはどこからか取り出したドライフルーツを口に投げ入れた。


「僕がいなかったら、ご飯適当に済ますだろ。僕がいなけりゃ、今頃リオンは骨と皮だけになってるぞ」


 キャスの食べているドライフルーツを手を差し出すことで要求するリオン。

 その掌に、いくつか載せてやった。


「まるで、私の世話をしているような言い方ですね」

「は? してるだろ」

「え?」

「え?」


 二人は静かに見つめ合った。


「……ご飯を作っているのは?」

「……リオン」

「部屋の掃除は?」

「……リオン」

「革細工を作って、生計を立てているのは?」

「……あれ? じゃぁ、僕は何してるんだ?」

「文句と、味見と、世話焼きの真似ですね」

「何だよ、それ!」


 リオンは、おかしそうに笑った。


「あはは、冗談ですよ。キャスがいて、助かっていることもずいぶんあります。世話というのは、どちらか一方がするばかりでは、快適な生活が維持できませんからね」

「持ちつ持たれつ、ってやつだな」

「そういうことです」


 リオンが微笑むと、キャスはニヤリと笑い返した。

 暖炉の炎も、楽しそうにふわりと燃え上がる。


「さて、そろそろ寝ましょうか」

「じゃ〜、今日は僕がコップを片付けてやるよ。持ちつ持たれつだからな」

「気に入ったんですか?」


 食器を片付け、二人で並んで歯を磨く。


「ほら、キャス。ちゃんと磨かなければ、虫歯になりますよ」

「わかってるよ。そういうリオンこそ、のんびりしすぎて体冷やすなよ」


 結局、どちらも「自分こそが相手の世話をしている」と思っているのは変えられないようだ。


 焚き火の火が落とされた暖炉に、熾火が静かに光っていた。

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