暖炉のある景色
人の気配の少ない室内は、暖炉の灯りだけが生き生きと燃えていた。
分厚い木の扉と壁は、冬の気配に満ちた森の空気を遮断してくれ、室内には暖気で満ちていた。
パチリ、と木が爆ぜる音がして、キャスは猫耳をピクリと動かした。
晩御飯を食べた後、暖炉のそばで丸まっているうちに、うたた寝をしてしまっていたらしい。
そっと室内の気配を探ると、ロッキングチェアから規則的な呼吸の音がする。
するりと人間の姿になると、キャスは腰に手を当てて、ため息をついた。
「こんなところで寝て。ったく、年寄りはどこでも寝るんだから」
暖炉の優しい光が仄かにリオンを照らしている。
リオンは、暖炉のそばに置かれた椅子に腰掛けたまま、本を開いて眠っていた。
膝掛けがずれて床を擦っている。
――全く、世話がやける。
キャスは静かに近づくと、半分落ちかけている本をそっと取って、机に戻した。
そして、膝掛けを優しくかけ直す。
「僕がいなかったら、絶対、風邪ひいてるぞ」
キャスは火を起こすのが得意だった。
焚き付けを鼻で選んで、いい香りのする薪をくべるのだ。
リオンはその辺、無頓着だからいけない。
弱まっていた暖炉の火に選んだ薪を入れると、パチパチと音がし始めた。
ふわりと、木の甘い匂いがした。
◇ ◇ ◇
しばらくして、リオンが目覚めた。
「……キャス?」
「寝るなら、ベッドに行けよ」
「いいえ、起きています」
どちらとも取れるリオンの言葉を聞いて、キャスは苦笑した。
「寝てたよ。……お茶、飲むか」
「……ハーブティーにしましょう。寝れなくなったら、困りますから」
リオンはゆっくりと椅子から立ち上がり、伸びをした。
そして、ハーブが置いてある棚を眺める。
どこかぽやんとした表情は、まだ半分夢の中にいるようだ。
「じゃー、カモミールだな。僕が入れるから、座っとけよ」
キャスはそういうと、横からハーブの入れ物をヒョイヒョイと掴んだ。
そして、ちゃっちゃとポットにハーブを入れると、暖炉にかけていたヤカンからお湯を注いだ。
「椅子で寝てたら、腰いわすぞ」
「あれは、荷物が重かったせいです」
キャスの指摘に、リオンがぷいと顔を背けた。
「はいはい、そうだな」
キャスはそういうと、リオンの前にマグカップを置いた。
リオンは黙って、両手で受け取り、ゆっくりと一口味見した。
「……砂糖を入れましたね」
「甘くないお茶なんて、ただの草の煮汁だ」
「言うじゃないですか」
ふうふうと冷ましながら、リオンが一口、もう一口とお茶を飲む。
否定しないところを見ると、味は悪くないらしい。
「第一、リオンは痩せすぎなんだよ。もっといっぱい食べろ」
「魔猫であるあなたと、人間の私を比べないでください。私は十分食べていますよ」
キャスの前に置かれたハーブティーは、まだ手がつけられていない。冷めるのを待っているのだ。
その間、キャスはどこからか取り出したドライフルーツを口に投げ入れた。
「僕がいなかったら、ご飯適当に済ますだろ。僕がいなけりゃ、今頃リオンは骨と皮だけになってるぞ」
キャスの食べているドライフルーツを手を差し出すことで要求するリオン。
その掌に、いくつか載せてやった。
「まるで、私の世話をしているような言い方ですね」
「は? してるだろ」
「え?」
「え?」
二人は静かに見つめ合った。
「……ご飯を作っているのは?」
「……リオン」
「部屋の掃除は?」
「……リオン」
「革細工を作って、生計を立てているのは?」
「……あれ? じゃぁ、僕は何してるんだ?」
「文句と、味見と、世話焼きの真似ですね」
「何だよ、それ!」
リオンは、おかしそうに笑った。
「あはは、冗談ですよ。キャスがいて、助かっていることもずいぶんあります。世話というのは、どちらか一方がするばかりでは、快適な生活が維持できませんからね」
「持ちつ持たれつ、ってやつだな」
「そういうことです」
リオンが微笑むと、キャスはニヤリと笑い返した。
暖炉の炎も、楽しそうにふわりと燃え上がる。
「さて、そろそろ寝ましょうか」
「じゃ〜、今日は僕がコップを片付けてやるよ。持ちつ持たれつだからな」
「気に入ったんですか?」
食器を片付け、二人で並んで歯を磨く。
「ほら、キャス。ちゃんと磨かなければ、虫歯になりますよ」
「わかってるよ。そういうリオンこそ、のんびりしすぎて体冷やすなよ」
結局、どちらも「自分こそが相手の世話をしている」と思っているのは変えられないようだ。
焚き火の火が落とされた暖炉に、熾火が静かに光っていた。




