森の小道、空からの客
森を抜ける風が、梢を揺らして行った。
リオンは、丁寧に手入れをされた弓を片手に、森を巡回していた。
森を巡回しながら、張ってる罠の確認をする。
罠の確率はそんなに高くない。違和感があれば、野生動物は避けていくからだ。
そこをどう罠にかけるかが、人間の腕の見せ所だとリオンは思っている。
巡回ルートを巡りながら、採取できる森の恵みも採取する。
木の実や食べられそうな果実、野草は採取するが、キノコにだけは手を出さないと決めている。それは、見分けるのが難しいからだ。
リオンは、若い頃、キノコにあたってから、どれだけお腹をすかそうとも、山ではキノコを取らないと決めている。
サクサクと落ち葉を踏みしめながら、森を歩く。
この静かな時間をリオンは好んでいた。
次の罠へ向かう途中で、リオンは立ち止まった。
森の木々の向こうに、きらりと反射する光を見つけたからだ。
リオンは最初、鳥かと思った。
だが、次の瞬間には、光が大きく弧を描き、旋風と共にリオンの目の前へ降りてきた。
人よりも何倍も大きかった光が解け、収束する。
そして、光の渦が収まった時には、一人の青年が立っていた。
長く蒼い髪が陽に透け、爬虫類を思わせる細長い瞳孔の金の瞳がリオンを見つめていた。
整った顔立ちは、どこか人ならざる気配があった。しかし、そのただ住まいはどこまでも優雅で、凪いだ水面のように静かだった。
「……お久しぶりです。リオン」
「ご無沙汰でしたね。セルグラシア」
青年――セルグラシアが微笑んだ。
その声には、遥かな湖底の冷たさと、どこか懐かしさが混ざっていた。
リオンは、両手を広げてセルグラシアに近づいた。
セルグラシアもリオンに近づき、抱擁を交わす。
ぽんぽんとリオンがセルグラシアの背を叩き、歓迎の意を表する。
「空の上はどうですか」
「変わりませんよ。『天路は凪ぎ、雲海は昔日のまま』」
「此方は泡立ち、彼方は凪ぐ……いつものことです」
二人の間に、旧友同士だけが交わせる視線が交わった。
「突然押しかけて、申し訳ありません。少し……相談事がありまして」
「相談?」
「はい。ドラゴンの若い者たちが、人の街へ降りたがるようになりまして」
「降りたがる……。それは、短時間遊びに行くのではなく?」
リオンは、わかっていることだが、確認した。
「ええ。今まで好奇心旺盛な若竜がお祭りなどに紛れることは何度もありましたが……。今回は人の世界を学びたいと」
「ほう」
「人の暮らしを見たいという者もいれば、単に地上の酒を飲みたいだけの者も」
「……後者の方が多そうですね」
セルグラシアが苦笑する。
その笑い方は、気品があるのに、どこか不器用で、ドラゴンの気配が滲んでいた。
「問題なのは、彼らが人の形に慣れていないことです。姿を保つのも下手で……街で尻尾や羽を出したら、大騒ぎになってしまうでしょう?」
「なるほど。……それで、私に?」
「リオンのように、人間の暮らしを知る方の助言が欲しいのです。彼らが人を怖がらせず、うまく馴染めるように」
リオンは腕を組み、少し考え込んだ。
彼の表情は静かだが、その奥で思案の光が宿る。
迷っている様子のリオンに、セルグラシアは言葉をかけた。
「あなたの懸念はわかります。しかし、我々はそろそろ次の段階に進んでもいいのではと思いまして」
「『空を閉ざす檻に、翼は育たぬ』でしたっけ」
「そうです」
リオンが口を閉ざし、風が二人の間を通り抜けた。
このような時、ドラゴンは急かさない。相手の考えを尊重するからだ。
「いいでしょう。とりあえず、一度、その人たちを連れてきてくれますか。問題を起こす前に」
「ありがとうございます。助かります」
セルグラシアは深く頭を下げた。
「ただし……」
リオンは少し眉を上げる。
「うちのネコがうるさいですよ。あなたたちを見たら、『また、面倒事か?』って」
「はは、それもまた楽しみです」
冗談を言って、深刻になりかけた雰囲気を飛ばそうとするリオンに、セルグラシアは感謝する。
リオンは空を見上げてつぶやいた。
「空も地も、結局は似たようなものです。若者は騒ぎ、年寄りが尻拭いをする」
「……どこの世界も同じですね」
二人の笑い声が、穏やかに森へと溶けていった。




