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エルドウィス森譚〜私と猫と、ときどきドラゴン〜  作者: 川津 聡


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17/21

港町バルハリムと紅い影 5

 その教会は、それ自身が発光しているように朝日の中、白く輝いていた。

 磨き上げられた大理石で作られた建物は、ステンドグラスから入ってくる朝日を反射し、教会内部は眩しいくらいに光に溢れていた。


 廻光の神(オルビス)教は、循環する光の神・オルビス神を祀っている。

 オルビス神が発する光は強く、人の身では受け止めきれず、灼かれてしまう。


 しかし、生まれつき目が見えない者は、神に赦された存在であり、神の近くで仕えることが許されていると考えられている。

 そのため、廻光の神(オルビス)教が布教されている地域で、目が見えないものが生まれたら、この教会に預けられることが多い。


 教会に預けられた者は、『神の子』として、その生涯を信仰に捧げる。

 その『神の子』たちは、宗教的表彰として廻光の神(オルビス)のシンボルを描いた顔の上半分を覆い隠すような面布をつけているのだ。


   ◇ ◇ ◇


「明るいところですね」

「明るいってゆーか、眩しいよ」


 教会を見て、ルミアスが率直な感想を述べ、キャスが目をしかめてツッコんだ。


「僕、ここ苦手かも」


 魔猫であるキャスは、教会のように聖なる気配に満ちたところが苦手だ。

 無理はしなくてもいいというリオンの言葉に、教会の外で待つことにした。


 リオンとルミアスの二人が教会に着いた時、説教壇で司祭が説教を終えたところだった。

 今日の二人は、廻光の神(オルビス)教徒が好んで着る白い服を身につけていた。

 目立たないように、後ろの端の方の席に座る。


 司教が下がり、説教壇が脇によけられ、代わりに合唱壇が設置された。

 次は聖歌隊の合唱らしい。


「リオンさんっ! あの子です!」


 出てきた聖歌隊を見て、ルミアスは小声で叫んだ。

 動揺に呼応するように、ゆらりとルミアスを取り巻く気配が揺らぐ。


「どの子です?」

「あの、2段目の、右から三人目の」

「落ち着いてください」


 ルミアスが言ったところには、確かに面布をつけた栗色の髪の少年がいた。

 ルミアスは、気がはやるのか、変身が不安定になっている。

 それをリオンはたしなめた。


「朝の集会が終われば、面会を申し込みましょう。それまでに、変身が解けて大騒ぎになれば、会うのが難しくなりますよ。我慢してください」

「そ、そうですね」


 そんな話をしているうちに、歌がはじまった。


 変声期前の少年たちの声が教会に満ちる。

 その歌声は、天上から降る光の粒のようだった。


 ステンドグラスを透過した朝の光は、赤や青の色を帯びながら、大理石の床に模様を描く。

 それは、どこか深海から見上げる水面の輝きに似ていた。


 少年たちがつむぐ歌声の海を、ルミアスは泳ぐ。

 時に激しく、時に穏やかに、緩急をつけた心地よい流れは、幾重にも重なって教会を満たしていく。

 音は光を揺らし、光は音を弾き、教会が一つの生き物になったかのようだった。


 そして、ついに、最後の一音が、波紋を残しながら中空に消えていく。

 聖歌隊は、その余韻すら祈りに変え、目を閉じて神に祈っていた。


「共同祈願」


 司祭の厳かな声が聞こえ、周りの信者が祈りを口にする。

 リオンもルミアスも祈りの言葉を知らなかったが、周りに合わせて祈りのポーズをとった。


 朝の集会が終わり、信者が三々五々に散らばっていく。

 そんな中、リオンとルミアスは後ろの席から動かなかった。


「……リオンさん、初めて教会に来ましたが、すごいものですね」

「いえ。この教会の聖歌隊がすごいのだと思いますよ。私が知っている教会は、このようではありませんでしたから」

「お気に召したようで何よりです」

「「⁉︎」」


 後ろから声をかけられ、驚く二人。

 そこには、先ほど前で歌を歌っていた栗色の髪の少年が立っていた。


「こんにちは。またお会いいたしましたね」

「私のことが、わかるんですか?」


 ルミアスは驚いた。


「先日の朝市にて、一度お目にかかったかと存じます」

「そうです!」

「……失礼ですが、その目は見えていないんですよね?」


 感動するルミアスを置いておいて、リオンがもっともな疑問を口にした。


「はい。確かに、私の目には映っておりません。しかし、たとえ視認することができず、他の感覚までもが閉ざされるというわけではございません」


 栗色の髪の少年は、ふと顔を上げた。

 その目の先には、教会のステンドグラスがあった。


「たとえば、ほのかに漂う匂いであったり、微かな音、あるいは周囲の空気に生じるわずかな揺らぎ――。そして何より、その生き物が内に宿しております魔力の気配などから、存在を感じ取ることは可能となります」

「あなたは、魔力を視ることができるのですか」

「生まれつきこのような目なので、本当に『視て』いるかどうかは、断言しかねますが」


 丁寧ながらも、ユーモアを交えて話す栗色の髪の少年。

 だが、リオンはその言動に警戒を高めるばかりだった。

 固い声でリオンが問う。


「どうしてあなたは、ルミアスさん――この人に朝市で声をかけたのですか」

「明らかに人とは異なる、かくも尊いお方が、好ましくないものに触れようとなさっておいでだったのです。そのような状況において、差し控える理由が私には見当たりません」


 飄々と答える少年は、本心からようにも、答えを準備していたようにも見える。


「あなたはこの呪いに関わっていないと?」

「到底あり得ぬことです……と言っても、信じていただけないかもしれませんが」


 険悪な雰囲気を出すリオンの気配を受け流す少年。

 ルミアスは二人を見て、オロオロしながら口を開いた。


「あの、じゃ、どうして逃げたのですか」

「逃げたわけではございません。所用があり、急ぎ向かっておりました途中だったのです」

「そうだったんですね……」


 どうやら、この少年は呪いと無関係かもしれないと、ルミアスは落胆した声を出した。


「もしや、私が声をかけたせいで、呪いにかかってしまったのでしょうか。それなら、申し訳ないことをいたしました」


 そう言ってルミアスに向かって頭を下げる少年の声には、自責の念が含まれていた。

 ルミアスは慌てて、顔を上げるように言った。

 無関係なら、完全ないいががりになってしまう。


「あの、差し出がましいようですが、呪いのことでお困りになっていらっしゃるのでしょうか」


 顔を上げた少年は、不思議そうに聞いた。


「ええ。解呪の手がかりがないかと探し回っているんですが……」


 振り出しに戻ってしまったと、ルミアスが残念そうに答えた。


「あの、呪いを解くことは、私にもできます。しかし、そもそもその必要がございますでしょうか」

「どう言うことですか?」

「あなた様は、ドラゴン族でいらっしゃいますでしょう?」


 当然のことだと言うように少年が首を傾げた。

 ルミアスはピンと来なかったようだったが、その横でリオンが「ああ!」と声を上げる。


「私としたことが。確かに、ルミアスさんは、ドラゴン族です」

「ええ、ええ。そうでしょう」

「どう言うことですか?」


 一人、話についていけずに、ルミアスはポカンとした。


「この呪いは、人間用なんです。ドラゴン族の魔力を想定して作られていない。その証拠に、ルミアスさんは呪いにかかっても、ほとんど進行していないでしょう?」

「でも、呪いを受けてから、だるくて」

「それは気の持ちようです」


 ルミアスの主張をバッサリと切って捨てるリオン。


「だから、この呪いに、ルミアスさんの魔力の10分の1でも流したら、呪いは魔力に耐えられなくて、壊れてしまうはずです」

「え、魔力を吸う呪いなんですよね。そんなことして大丈夫なんですか」

「理論上は、大丈夫なはずです」

「そこは言い切ってくださいよ〜」


 情けない声を出すルミアスに、少年が優しく声をかけた。


「もし、無理だと感じましたら、途中でお止めください。その時は、私が呪いを解かせていただきます」

「天使だ……」

「ただの一信徒でございます」


 見上げることで後光が差して見える少年を、ルミアスは拝んだ。

 そして、腹がきまったのか、やりますと拳を握った。


 ルミアスが再び教会の椅子に座り、その横に少年が座った。

 二人は体を捻って向かい合った。


 少年がルミアスの右手を取る。


「ここに、呪いの管が通っているのがおわかりになりますでしょうか」


 繊細な指が、ルミアスの筋肉質な腕をなぞる。

 その際に、右手にある模様が見えた。


「それは、タトゥーですか」


 このタトゥーが、誤解の素だったとリオンは尋ねた。


「これは、生まれつきです。聖痕とおっしゃる方もいらっしゃいますが、私はそのような大それたものではないと考えております」


 少年は謙遜するが、確かにその右手には、廻光の神(オルビス)教のシンボルが浮き出ていた。


「さて。では、この管に魔力を一気に流し入れていただけますか。細く、迅速に、そして一気にお願いいたします」


 少年の指示に従って、ルミアスが魔力を練る。そして一気に、呪いの管に通した。


「いいです。その調子。もっと!」


 少年が叫んだ瞬間、薄いガラスが割れるような音が響いた。

 同時に、ルミアスの腕から、呪いが弾け飛ぶ。

 弾け飛んだ呪いは、しばらく周りをうろうろしていたが、やがて一つの塊になって、どこかへ飛んでいった。


「体が、軽い……‼︎」

「命拾いしましたね、ルミアスさん」


 ぐるぐると右腕を回すルミアスと、ホッと胸を撫で下ろすリオン。

 それを少年は微笑んで見ていた。


「君は、私の命の恩人だ!」

「いいえ。あなた様のお力ですよ」


 そう言って、少年は微笑んだ。

 その微笑みは、ルミアスの心に静かな波紋を残した。


 それに気が付かずに、リオンは気になっていたことを尋ねた。


「……あの呪いは、どうなるんですか」

「人を呪わば、穴二つ、でございます」


 それ以上は秘密というように、少年が唇の前に指を一本立てる。


「うっ! 今度は心臓が痛いかもしれない」

「はぁ? どうしたんですか」


 急に胸を押さえて丸くなるルミアスを見て、リオンは呆れた声を出した。


「ですが、お顔が赤くなっていらっしゃいますよ。救護室でお休みになられますか」

「いえ、大丈夫です! 少年のおかげで、この通り、元気になりましたから!」


 立ち上がって、元気さをアピールするルミアスに、少年はクスクス笑った。


「あの、また来てもいいですか」

「ええ。廻光の神(オルビス)教は、どなたでも拒むことはございません」


 ――どこか掛け違えた会話だったが、こうして海竜ルミアスと、盲目の神官は『縁』を結んだのだった。

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