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エルドウィス森譚〜私と猫と、ときどきドラゴン〜  作者: 川津 聡


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港町バルハリムと紅い影 4

「……人違いでしたね」


 ハァ〜とため息が重なる。

 キャスがあれだけ自信満々に見つけて来た少年は、探し人ではなかった。

 帰ってきた宿屋の一室に、呪いが空気になったかのような重苦しさが充満する。


「私はこのまま、死んでしまうのでしょうか」

「骨は拾ってやるよ」


 宿屋の机に突っ伏して、ルミアスはなげいた。

 南の海の色をしていた髪が、内湾の動かない海の色に変わっていた。

 その頭を、ぽんぽんと優しく肉球が叩く。


 リアムも、ルミアスも、最初は楽観視していた。

 朝市に出る露店なら、何日か続けて出店するのが普通だ。

 だから、朝市に行けば見つからないまでも、手がかりくらいはあるだろうと思っていた。

 しかし、どうやら無許可の出店だったらしく、役所に聞いても、周りの店に聞いても知るものはいなかった。

 まるで、そのブローチを誰かに売るためだけの店だったかのように。


 そして、声をかけて来た少年の方も難航していた。

 ある程度の身分があったであろう栗色の髪の少年。


 ここ最近で没落したり、お取り潰しになったりした貴族家がないかという方向からも探しているが、そういう家はあっても、年頃があう少年がいなかった。

 それで、直接奴隷商にも出向いたのだが、それも空振り。


「捜索範囲を広げるべきでしょうか」


 方向性を変える時かもしれないと、リオンは思った。


「それでもいいけどさ。そうするには、マジで情報がすくね〜よ」


 と、キャスがボヤいた。


「僕が探しているのは、『栗色の髪』『少年』『右手のタトゥー』だろ? この国、栗色の髪のニンゲン、多すぎ。そのニンゲンの手をいちいちチェックできないって」

「確かに。露天商の方もアクセサリーを売っている店自体は、たくさんありますからね」

「ね〜、なんか他に覚えてねーの?」


 キャスとリオンに見つめられて、ルミアスは焦った。

 えっと、えっとと言葉が出てこない。


 ドラゴンであるルミアスは、ニンゲンの何が特徴になるのか、いまいちピンと来ていないのだ。

 何せ、ニンゲンは、輝く鱗の模様も、立派な尻尾飾りもないのだから。

 つるりとした体の、何を特徴とすればいいのか。


 れたキャスが、問いかける。


「髪は栗色なんだろ。じゃ、目は? 何色だった?」

「目の色ですか? う〜ん、わかりません」

「ちぇっ。じゃ、他に大きな傷があったりとか、なんかねーのかよ」

「えっとですね……」

「ちょっと待ってください」


 二人の会話に、違和感を持ったリオンが制止をかける。

 二人の注目を集めながら、リオンは思索の海に潜る。

 海の泡のように文章にならない言葉をぷくぷくと吐き出すリオン。

 ようやく考えがまとまったのか、リオンは真っ直ぐにルミアスを見た。


「ルミアスさん、目の色がわからないとおっしゃいましたね」

「え、ええ……」

「それはどうしてですか?」

「見えなかったんだろ? ニンゲンの目って、細いし」


 キャスが横槍を入れたが、リオンはそれに「そうじゃなくて」と返した。


「見えなかった、覚えていない、じゃなく、わからない、ですよね? どうしてですか?」


 言葉尻をとらえるようなリオンの詰問に、ルミアスはオロオロと答えた。


「え? それは、目が布で隠れていたし」

「どうしてそれを早く言わないんですか!」


 思わずリオンの声が大きくなる。キャスはその声から逃げるように、ピャッと暖炉の近くまで移動した。

 リオンは、大きな声を出して申し訳ないとため息と共に吐き出した。


「私も、タトゥーに引っ張られないで、もう少ししっかり話を聞くべきでした」


 と、反省の言葉を口にする。


「目が布で隠れていたとおっしゃいましたが、どんな布でした?」

「ええと、白い布で……目の上あたりに大きな模様が描いてありました」

「どんな模様ですか?」

「丸があって、そこから線が伸びている感じでした」


 ルミアスは言葉で説明しきれずに、机の上で指を動かした。

 ルミアスの白魚のような指が、模様を描き出す。

 光輪を描き、そこから放射線状に伸びるいくつかの直線。

 その図形を見て、リオンの口から唸り声が出る。


廻光の神(オルビス)教――!」


 そういうと、がっくりと項垂うなだれた。


「お? 珍しい。リオンが凹んでる」

「あの、私、何かしてしまったでしょうか」


 項垂れる頭の上にすかさず乗るキャス。珍しく凹んでいるリオンは、それを退ける元気もなかった。


「ルミアス、お前、なんでこんな一番の特徴を言わなかったんだよ」

「だって、布ですよ? ニンゲンはしょっちゅう身につける布を変えているじゃないですか。そんな変わるものが、特長になるんですか?」

「なるんだな〜、これが」


 なるんですよね〜それがと、リオンは心の中で呟きながら、キャスに手を伸ばす。

 キャスは、その手をスルリと避けて、机の上に着地した。


「服やアクセサリーなら、その日の気分で変わることが多いですが、仕事服――制服や、作業服などは違います。仕事のある日はほぼ毎日着ていますし、それでどんな仕事をしているかもわかるんです」

「そうなんですね⁉︎」


 初めて知った、というようにルミアスが声をあげた。


「お前、今まで同じ服を着たニンゲンを見て、どう思ってたんだよ」

「いや、流行ってるのかな〜と」


 実際、ルミアスは、文化に興味はあり、ファッション、服飾文化もその一部だったが、それほど詳しくはなかった。なぜなら、ドラゴンにとって着飾る意味がよくわからない上に、ニンゲンの服飾文化は流行り廃りが激しくついていけなかったからだ。


「あなたが先ほど書いた文様は、廻光の神(オルビス)教のシンボルです。それなら、少年は、奴隷ではなく、神官だと考えられます」


 どうして右手に焼き印かタトゥーが入っていたかはともかく。

 この新しい情報によって、捜査に一筋の光が差し込んだのだった。


「なんと! なら、早速行きましょう!」

「待て待て待て」


 今にも飛び出さんばかりのルミアスの服をくわえて押し止めるキャス。


「外が暗くなってるだろ。教会は、もう閉まってるって」

「そうですね。特に廻光の神(オルビス)教は陽の光とともに動くはずです。今から行くよりも、明日の朝のほうがいいでしょう」

「で、でも……! 明日の朝じゃ、私、死んでしまいませんか⁉︎」

「お前、死ぬ死ぬ言ってるけどな。僕たちのところに来た時から、呪いが進行していないのは知ってるんだからな!」


 ルミアスが哀れっぽい声をあげるが、キャスに一蹴されるのだった。

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