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エルドウィス森譚〜私と猫と、ときどきドラゴン〜  作者: 川津 聡


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港町バルハリムと紅い影 3

 そこは、重苦しい空気が立ち込めていた。

 人の体臭、汚物、掃除されない檻の中……。

 行き詰まった匂いが、質感を持って充満している。

 そして、そこにいる人間は、その重さに潰されるように項垂うなだれていた。


 そこを、不似合いな鮮やかな白が通り過ぎる。

 その人物は、着ている白い服に負けない綺麗な空気をまとっていた。


 しかし、その表情はけわしい。

 この空気に耐えられないというように、服の袖で口を隠していた。


「――ふん。ロクなのがいないじゃないか」


 声を発したのは、砂漠の民の富豪の格好をしたルミアスだった。

 質の良い布に、品はいいが高価な金細工のアクセサリー。

 堂々とした所作は、人を従え慣れた空気を感じた。

 そして、背後には、老従者の格好をしたリオンを引き連れていた。


「いえいえ! こちらはただ、一般的な奴隷とはどのようなものかをお見せしたかっただけでして」


 小太りの奴隷商人が、もみ手をしながら愛想笑いをした。


「ふん。最底辺を見せられて、一般的とは」


 ルミアスの言葉に、奴隷商人はその言葉を予想していたというように大袈裟なほど、うんうんと頷いた。

 そして、こちらへいらっしゃってくださいと、上の貴賓室へと二人を案内した。


「外国の貴人とお見受けしますが、どのような奴隷をお求めで?」

「旅行でこの国を訪れたのですが、従者の一人が体を崩してしまいまして」


 案内しがてら、奴隷商人が探りを入れてくる。それに、そつなく答える老従者リオン


「ああ、それはお困りでしょう!」

「日雇の者を雇ってもいいのですが、どうせなら、国に連れて帰れる人間を買おうと」

「そういうことでしたか」


 会話をしながらも、奴隷商人の頭脳は激しく動いているようだった。

 リオンの言葉が、どこまでが建前で、どこからが真実なのか。

 それを押し図り、どうやったら己の儲けにできるか。

 しばらくこの手の輩から距離を置いていたリオンは、懐かしくさえ思うのだった。


 だが、それを一般人に悟らせるようなリオンではない。

 そういうのが顔に出やすいルミアスには、ずっと仏頂面をするように、事前に言い含めている。


「ですから、珍しい者でなくていいのです。それよりは、ある程度のマナーや言葉遣いができることが優先ですね」

「なるほど、なるほど」


 そう言った奴隷商人が用意したのは4人の男女だった。

 ちらりとルミアスを見るが、顔は険しいままだった。この中に、探している少年はいないようだ。


「女性は不要です。国に帰る旅は厳しいでしょうから。若く健康な男は他にいませんか。この際、少年でもいい」


 吟味する様子でリオンが聞くが、追加で出された奴隷も、探している少年ではなかった。


 落胆を隠して、奴隷商を後にする。

 店が完全に見えなくなったところで、我慢の限界だというようにルミアスがうなった。


「どうして同じニンゲンで、あのようなこと……‼︎」


 今まで回った奴隷商は、ルミアスの外見から、すぐに貴賓室に通していた。

 しかし、今回の奴隷商はどういう心算かわからないが、『一般奴隷』を見せてきた。

 ――ルミアスは「底辺」と断じたが、あれは奴隷商のいう通り、あれで一般的なのだ。


 『奴隷』がどういうものか、よくわかっていなかったルミアスだったが、現状を目の当たりにしていきどおっていた。

 答える言葉を持たないリオンは、口をつぐむ。

 と、そこに――。


「お〜い。収穫はあったか?」


 猫の姿のキャスが現れ、声をかけてきた。

 だが、微妙な雰囲気の二人を見て、察したらしい。


「おいおい。大の大人が二人も揃って、収穫なしかよ。だらしね〜な」

「そういうキャスはどうだったんです?」


 キャスは、探している少年が、もう誰かに所有・・されている可能性を考えて、貴族の屋敷の中に入り込み、探していたのだ。


 リオンに尋ねられて、ニンマリと口角を上げるキャス。


「僕は見つけたよ! 栗色の髪の、15,6歳くらいの奴隷!」

「本当ですか⁉︎」

「こんなことでウソつくわけないだろ」


 空振り続きの二人は、顔を輝かせた。

 港町バルバリムで、呪いの手がかりを探してはや三日。

 アクセサリー屋も、声をかけてきた少年も手がかりがなく、焦り始めたところにキャスの報告だ。喜ばないわけがない。


「案内してやるよ。ついて来な」


 いつになく偉そうなキャスだったが、それを指摘するものはいなかった。

 ドヤドヤァと音が聞こえて来そうな表情のキャスを先頭に、二人はその少年がいる屋敷に向かうのだった。


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