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エルドウィス森譚〜私と猫と、ときどきドラゴン〜  作者: 川津 聡


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港町バルハリムと紅い影 2


「海だー!海海海!」

「キャス、はしゃがない。落ちますよ」


 竜の頭の上で、猫のキャスがはしゃぐ。

 リオンが風の結界を張っているとはいえ、油断は禁物だ。

 リオンの声に振り向いたキャスは、琥珀の瞳をキラキラさせていた。


「大丈夫! 落ちても泳げばいいんだろ!」

「あなたは猫でしょう」

「魔猫だから、平気! きっと泳げる!」


 キャスの水嫌いを知っているリオンがたしなめるが、キャスの耳には入っていないようだった。

 尻尾が見たことがないくらい高速で振られている。


 三人は、ルミアスの呪いの解除方法を探すべく、港町バルハリムへと向かっていた。

 人の足では何ヶ月もかかる行程だが、ドラゴンの背中に乗れば、1日程度で到着する。


 南下するにつれ、気温が高くなってくる。

 リオンは最初に来ていたコートを脱ぎ、上着も脱ぎ、今はシャツ一枚だ。

 眼下の海の色も、暗く冷たい色の海から暖かく透き通った色に変わってきた。


「もうすぐ、バルバリムです」

「一旦、人目につかないところへ降りられますか?」

「わかりました。海の方から、崖下へ回りますね。そこから迂回して、町に入りましょう」


 そう言うと、ルミアスが高度を下げていく。

 ブワッと温かい潮の匂いに包まれる。


「変な匂いー!」


 海が初めてのキャスが、楽しそうに叫んだ。


   ◇ ◇ ◇


「状況を整理しましょう。怪しいのは、二人。アクセサリー屋の店主と、声をかけてきた人物です」


 バルバリムに入った一行は、宿の一室でこれからの行動について相談を始めた。

 リオンが、二人、と言いながら、指を二本立てる。


「どちらも朝市で見かけたのだから、朝市で見つかる可能性が高い。朝は朝市で探し、昼からはアクセサリー屋と取引している店や、その人物について聞き込みをしましょう」


 その言葉に頷くルミアスは、砂漠の民が着ている風を通す長い衣と頭布を身につけていた。

 呪いの影響で、変身がうまくいかないための苦肉の策だ。

 だが、ドラゴン族らしい精悍な顔つきに、神秘的な海の色の瞳で、どこぞのやんごとない身分の人間に見える。


「今日は、もう昼だから、明日からだな。遊びに行っていい?」


 初めて来た町を探検したくて、キャスがうずうずしている。

 それをあっさりと却下するリオン。


「ダメです。昼からは聞き込みと言ったでしょう? ルミアスさん、アクセサリー屋の店主と、声をかけてきた人物の特徴を教えていただけますか?」

「特徴?……えーっと、あー、アクセサリー屋の店主は、ニンゲンで、男で……」

「それから?」

「う〜ん。正直、ブローチに目がいっていたから、どんなニンゲンだったか、印象にないんです」


 その言葉に、リオンは考え込む。


「もしかしたら、呪いの一部に、魅了チャームが組み込まれていたのかもしれませんね。そのブローチに目がいくように。――では、声をかけてきた少年は?」

「えっと、栗色の髪で……。ニンゲンの年齢はわからないけど、大人ではなかった。子供でもなくて、その中間くらい?」

「栗色の髪のニンゲンが、どれくらいいるか知ってるか?」


 キャスが使えねーなと半眼で見つめる。

 その瞳に慌てたルミアスが、それだけじゃなくて、と声を上げた。


「手に焼き印? タトゥー? がありました!」

「焼き印?」

「タトゥー?」


 リオンとキャスの声が重なった。


「遠目でよくわからなかったんですが、右手の甲がこう、黒っぽくって。何かの模様が入っていたように思います」

「それは……」


 その言葉に考え込むリオン。


「……それは、ちょっとマズいかもしれませんね」


 リオンは、窓から街を見下ろした。

 眼下に南国の太陽のもと、行き交う人々が見える。

 それを見ながら、言葉を選んでリオンは続けた。


「ファッションや宗教的儀式でタトゥーを入れる民族もあります。しかし、ここから見る限り、そのような人は見当たりません」


 リオンがいう通り、窓から見える範囲に、見えるところにタトゥーを入れている者はいなかった。

 リオンの隣で、町を見下ろしながら、ルミアスはつぶやいた。


「じゃぁ、見間違いだったんですかね……」

「いいえ。見間違いではない可能性は、あります」


 不思議そうに首を傾げるルミアスに、リオンは言葉を一旦切った。

 外が眩しかったせいか、部屋の中の影が、濃くなる。

 キャスが、陰に隠れたまま、どこかでにゃーと鳴いた。


「その少年が、犯罪者や奴隷だった場合ですね」

「そんな!」


 そんなふうにはとても見えなかったと、抗議の声を上げるルミアス。

 申し訳なさそうにしながらも、リオンは続けた。


「まだ、はっきりそうと決まったわけではありません。もしかしたら、生まれつきのアザなどの可能性もありますから」

「そうですよね」

「――しかし、その可能性は、高いと言わざるを得ません」


 リオンの冷静な声に、言葉に詰まるルミアス。

 キャスが姿を見せないまま、たずねた。


「ソイツ、悪い奴なのか?」

「犯罪者やただの奴隷にしては、話し方が上品です」


 ――そのブローチに触ってはいけません。偉大なる御身おんみけがれます。


 咄嗟に出た言葉だ。普段から、使い慣れていなければ、このような言葉は出てこない。


「没落した貴族、連座で犯罪者の烙印を押された者……。考えられるのはその辺りでしょうか」


 身分制度の一番上の貴族から、奴隷に落ちるなど、滅多にない。

 だが、全くないわけでもない。


 リオンも、高貴な身分だったものが、平民同然まで転げ落ちた例を知っている。

 その人は、転げ落ちるほどのことをしたのだが、その処分が正しかったのかは、今でもわからない。


 リオンの瞳が過去に飛んでいきそうになった時――。


「じゃー、どうすんだよ?」


 キャスの能天気な声が、リオンを現在に引き戻した。

 いつの間にか、室内の暗さに目が慣れ、キャスがベッドの上で丸くなっていることに気がついた。


「そうですね。……少し、作戦を変えましょうか」


 リオンは、ルミアスを見つめた。

 ふいに、その唇が緩やかに弧をえがく。にっこりと、穏やかだが、どこか不自然な笑み。


 その笑顔の裏には、何かが潜んでいる。

 そう確信させる冷たい影があった。


 ルミアスの背筋に、ゾクリとした悪寒が走る。

 嫌な予感しかしない。

 しかし、ニンゲンに詳しくないルミアスはリオンのいう通りにするしかないのだ。


「あの、リオンさん……?」

「ルミアスさんは、当事者ですからね。頑張って働いてもらいましょう」

「こういう時のリオンは、絶対引かないから、いう通りにしたほうがいいぞ」


 リオンについての先輩らしく、キャスがアドバイスをする。

 キャス、リオン、キャスの順番で視線を動かしたルミアスは、ここに味方はいないと分かったのか、がっくりと白旗を上げるのだった。

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