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エルドウィス森譚〜私と猫と、ときどきドラゴン〜  作者: 川津 聡


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13/21

港町バルハリムと紅い影 1

 リオンたちの住んでいる森――エルドウィスからはるか南に下がった所に、港町バルハリムがある。

 大陸の西と東をつなぐ、紺碧の海に抱かれた港町。


 この町を訪れるものは、皆、まずその匂いに出迎えられる。

 海の塩気、熱された香辛料の刺激的な香り、南国の果実から立ち上る甘い香り――。

 それらが入り混じり、潮目のように日ごと、季節ごとに姿を変えるのだ。


 バルハリムには、洋の東西を問わず、さまざまな品物が集まる。

 王侯貴族が使うような高級なものから、怪しい眉唾物の品物まで。

 そして、時にドラゴンさえ引き寄せるほどの奇妙なものさえ――。


   ◇ ◇ ◇


 長い夏が終わり、空気に湿り気が混じり始めたある日。

 ルミアスはようやく慣れ始めた人の姿になり、市場を歩いていた。


 この港町バルハリムは、最近、ルミアスのお気に入りの町だ。

 さまざまな人種、文化が交わり、新しい文化を生み出す活気があるからだ。


 ルミアスは屋台でドーナツ型のパンを買った。カスタムでチーズを挟んでもらい、スパイスを入れた甘いお茶と共に朝食にする。

 

 ルミアスは、いろいろな国へ行った時、そこで、できるだけ朝食を食べるようにしている。

 昼食や夕食が、どこか他所行きの装いを纏った料理だとすれば、朝食にはその国の日常が、飾らない姿のままで表れているように思えるからだ。

 いわば、朝食は寝起きの姿。その素顔を見るのが好きだからこそ、ルミアスは現地の朝食を食べるようにしている。


 バルバリムの朝食は、海の男が多い町らしく、カロリーと腹持ち重視だ。

 ルミアスはチーズしか挟まなかったが、同じ列に並んでいた男たちは厚切りのベーコンや煮込んだ肉などを挟んだガッツリしたものを注文していた。

 それをバクバクバクと、3口くらいで食べてしまうのだからすごい。


 ルミアスは、朝の市場の慌ただしさをパン屋の横に置かれた木箱の上に座りながら見ていた。

 たくさんの人間が行き交っている。

 同じ「ニンゲン」だが、肌や瞳の色など様々だ。

 それが海の魚たちのようだと、ルミアスは思った。


 朝の喧騒がひと段落した頃、ルミアスは市場を物色しに立ち上がる。

 すでにしまい始めている店もあれば、もう少し粘ろうとしている店もある。


 その店に目を止めたのは、偶然だった。

 大通りのポッカリと空いたエアポケットのような場所。

 小さなアクセサリーを売っている露店がひっそりと店を広げていた。


 なんとなく惹かれるものを感じて、そのアクセサリー屋に近づいていく。

 そのアクセサリー屋には、アンティークな雰囲気の雑多な商品が並んでいた。


 アクセサリー屋の店主が、「いらっしゃい」と声をかけてくる。

「どれも、由緒正しい品物だよ。一つどうだい?」


 その中の、大きな丸い紅玉を使ったブローチに目が奪われる。

 何気なく、そのブローチに手を伸ばした瞬間――。


「そのブローチに触ってはいけません。偉大なる御身おんみけがれます」


 澄み切った海をそのまま音にしたような声がした。

 その声に驚いて、後ろを振り向いた。


 そこには、一人の少年がいた。

 年の頃は15、6。栗色の髪の小柄な少年だった。

 杖を持つ右手に、少年に似つかわしくない模様が描かれているのが見えた。

 その子がルミアスに一礼して去っていく。


(焼き印? いや、タトゥーか? どうして――)

「お兄さん、お目が高い。このブローチが気になるのか?」


 あ、と思った時には遅かった。

 気がついた時には、露天商にブローチを手渡されていた。


「このブローチは、さる貴族の令嬢の持ち物だったんだがね、その貴族家が没落して……」


 露天商の声が遠くなる。

 ブローチに触れたところから、呪いが侵食してくる気配がする。

 呪いに反発するように変身が解けかけ、ルミアスは慌ててお金を払い、ブローチを買い取ると、その場を逃げ出した。

 人の目がなくなったところで、小さなトカゲに変身し、人々の間をすり抜け、そのまま海へと飛び込んだのだった。


   ◇ ◇ ◇


「そうして、私たちのところへとやってきたわけですね」


 ルミアスの話を聞き終わったリオンは、ふむ、とあごを撫でた。

 落ち着いて話をしようと、三人は、リオンたちの家に戻ってきていた。


 リオンの目の前には、ルミアス。

 呪いの影響か、気が動転しているせいか、人間に変身しているが、首から頬にかけて鱗が見えていた。


「そのブローチを見せていただけますか」


 リオンの言葉に、ルミアスが机の上にブローチを置いた。

 猫の姿のキャスが机の上に飛び乗り、ブローチをふんふんと嗅ぐ。


「キャス。迂闊うかつに触らないでくださいよ。あなたまで呪われてしまったら、大変です」

「そんなヘマ、しね〜よ」


 キャスは馬鹿にするなとばかりに、ツンと上を向いた。


「何にも感じねーけどな」

「キャス、呪いを知っているんですか」

「シラネ」


 ぺろぺろと毛づくろいを始めたキャスを見て、額を抑えるリオン。


「そのブローチは、多分、安全です。呪いは私の腕に移ってしまいましたから」


 そう言いながら腕まくりをしたルミアスの右腕は、鱗のびっしりとついた爬虫類の腕だった。

 その腕をリオンがじっと見つめる。


「確かに、あなた以外の魔力のようなものの動きを感じます」


 ルミアスは、呪いが邪魔をしてうまく変身できないと言った。


「魔力が、通らないんです」

「言い訳、言い訳」


 しょんぼりと肩を落とすルミアスに、キャスがニシシと笑った。

 そんなキャスをたしなめたリオンは、再度、ルミアスの腕を見つめる。


「通らないというか、吸われているんじゃないですか?」

「す、吸われている⁉︎ 魔力がですか?」


 ルミアスが驚いた声を出す。


「ええ。この呪いは、触れた者の魔力を静かに吸い上げていく性質を持っているようです。魔力を吸われたものは、自らの異変に気が付かぬまま次第に衰弱し、やがて命そのものが枯れてしまうのです」


 リオンの声は、池に張った氷のように冷たかった。

 ルミアスの背中を寒気が走り抜ける。


「本来は、人間を想定して施された呪いですので、ドラゴン(あなた)には、人間よりもいくらか猶予があるでしょう。しかし、放置していいものではありません。――今、倦怠感などの異変は?」


 問いかけられたルミアスの両目から、ドパッと涙があふれた。

 キャスがおわっと声を上げて、机の上から避難する。


「わた、私、死んじゃうんでしょうか⁉︎ そういえば、すごくしんどいような気がします!」


 そう言うと、机に突っ伏して泣き始めてしまった。


「おい、こいつ、大丈夫か?」


 いつでも逃げ出せる体勢で、キャスが問いかける。


「誰でも、病気の時は心細くなるものでしょう?」

「リオンのその心の広さって、マジでドラゴン並みだな」


 キャスが呆れた声を出す。


 ドラゴンたちは、体が頑強なだけあって、滅多に病気になることがない。

 だから、一旦病気になったら、精神的に不安定になってしまうものが多いのだ。

 ――呪いが、病気と同じか、と言うことは置いておいて。


「ルミアスさん、そう悲観しないでください。あなたは幸いドラゴンです。この呪いで死ぬまでに時間がある。それまでに、呪いを解く鍵を探しましょう」


 泣くルミアスに優しく語りかけるリオン。

「少し無理をしていただきますが……港町まで運べますか?」

「もちろんです! ありがとうございます‼︎ リオン殿!」


 がばりと上げた顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

 びゃっと毛を逆立てて、キャスが距離をとる。

 リオンは無言でタオルを手渡すのだった。


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