犬が喋れたら
飼い犬が、もしも喋れるならば。誰もが思う願望です。しかし世の中、お互い言葉が通じないくらいが幸せな事もあります。下手に言葉が通じるとそれが原因で諍いが生じることもあったりします。
9/11 19:08
「どうして昭雄はアタシを喋れるようにしたの?」
「母親の話し相手に飼い犬のお前がいいかなって」
「どうしてママはこの家から出してくれないの?」
「ケラはウチの飼い犬だからな」
「アタシは散歩でしかこの家から外出できないのよ」
「飼い犬ってそういうものだろう。野良犬の苦しさも知らない癖に」
「昭雄、もうやめて……」
「ママはチョット話が面倒になるといつもそうよね」
「もう、辞めて!!!もうウンザリ!!なんでケラに説教されないといけないの!」
「別にアタシ説教なんてしてない。貴方たちじゃない、言葉を喋れるようにさせたのは」
「母ちゃん、いつも言ってるだろう!飼い犬に手を出しちゃダメ!」
「話し相手が欲しかったの!!パパが死んでから、昭雄しか家の中で話す相手いなかったから!!」
「お母さん、相手はたかが飼い犬じゃないですかぁ、そこまでムキにならなくても」
「でも飼い犬なんかにここまで言われて、田中さんは平気なんですか?」
「そりゃあそうですけど」
「何が飼い犬なんか、よ。アタシだってね。好きでこの家に飼われてる訳じゃありませんからね!」
「ケラ!犬の癖に厚かましいぞ。なんだ飼い主に向かってその態度は」
「もっと飼い犬らしく振舞いなさい!ワンとかクンクン言ってりゃあそれでいいんだから!!」
「出た、本音が。都合のいい時だけ飼い犬らしくってさ」
「大抵の飼い主はこんなもんだぞ?自由を頂戴よってんならなぁ。野良犬として生きてくれよ」
「おい、齋藤、そこら辺にしとけよ。飼い犬が怯えてんだろう」
「ケラ、本当に、もう辞めて?」
「……」
「お前はペットなんだから。飼い犬らしく尻尾振ってさ。可愛らしく適当にやってりゃあそれでいいんだよ」
「ケラちゃん、どうしちゃったの?」
「だから首輪を付けておいて、平然と可愛らしいとかほざける訳ね」
「だってケラちゃんの首輪、可愛いわよ」
「じゃあママも付けてみたら?似合うんじゃない?」
「お母さん、辞めて、早まらないで」
「母ちゃん、ケラが死ぬから辞めろ」
「いいじゃない、窓から投げたって死にゃしないわよ」
「ここ二階だから!」
「ケラちゃん、可愛いわよ、とか言っておいて……」
「煩い!黙って!」
「……こういう事するんだ、アンタ達」
「君も齋藤に飼われたペットならさ、少しは黙ったらどうなんだ?え?」
「ケラ、チョット黙れ。話ややこしくすんなって」
「なんで飼い犬にここまで言われないといけないのかしらねぇ!!」
「田中の言っていた副作用ってこういう事なのか?」
「はぁ……この家も他の動物実験と同じ結果になった。中途半端に知能付けたらこのザマだ」
「確かにこういう事になるなら、もう一匹新しいの買おうかしらね」
「辞めといた方がいいよ。ケラが小さい時だったらまだ良かったけどね。
アイツもいい歳だし、新しい犬がいきなりやって来たらどうなる事か」
「だから、このケラはさ……」
「え?」
「流石にそれは可哀そうでしょ、お母さん」
「でも、この犬がまいた種だし」
「おい、ケラ、お前ももう少し可愛げのある態度取れ。さもないと」
「……すいませんでした、ママ」
「アタシもう、この犬、いいわあ」
「そんな事いっちゃいけない。もう七歳だからね。家の中で飼われるしかないんだから」
「値引いたらどうかしらね。この子未だに子犬と間違えられるから、もしかしたら」
「それが通じるのは素人相手だけだよ。だからコイツが死ぬまで飼い続けるしかないんだって」
「面倒ねえ。早く死んでくれないかしら」
「だから私言ったんですよ。ペットなんて喋らせない方が良いですよって」
8/8 19:00
「金曜の夜に済まないね」
「齋藤らしくないな」
「なにが?」
「金曜の夜に済まないな、だなんて」
「だって今ごろ家の中で寛いでいる頃合いかなってさ」
「そりゃまぁねぇ……。最近はカミさんも煩くてさ。あんまし呑むなと」
「肝臓がそろそろって感じか?医者からなんか言われた?」
「そこまで歳食ってねぇよ」
「まぁ俺だってもう30だからな。流石に所帯持ちの家に電話掛ける時間帯くらいは気にするよ」
「部活でギャアギャアやってたのも学生時代だしなぁ、震災の前か。」
「今じゃああの部室どころか、あの建物自体取り壊されたらしいけど」
「あぁ、その話聞いた。確か図書館の建て替えに伴ってだっけ?」
「そうそう。あのチーズケーキみたいな形した」
「あの建物もセンスないよねー…‥」
「んでさ、こういう話する為にわざわざ電話掛けてきた訳じゃないんだろう?要件ってなんだ?」
「オタクの会社、最近犬に言葉を喋らせる薬作ったんだってな?」
「まぁね。まだまだ試作段階だけど。それに副作用も多いしなぁ」
「その薬、ちょっと分けてくれねえかな?」
「そんな事出来る訳ないだろう……」
「でも治験ってぇか、動物実験?は必要だろ。ウチの犬で治験してみないかって」
「治験をするにしてもどの犬にやるかとかそこら辺が厳密に決まってるんだよ。それに副作用も大きいってさっきも言っただろ?」
「具体的にどういう副作用があるの?寿命が短くなるとか?犬自体の痴呆が進むとか?」
「10頭試したけどな。8頭が保健所送りになった」
「なんで?」
「やればわかる。それでもお前、飼い犬に喋らせてみるのか?」
「効き目はどんな感じなんだ?一度服用させると永久に喋り続けるとか?」
「いや、そんな事はない。一旦クスリを食べてから、一ヶ月くらいなもんだ」
「今夜、俺ん家に来てくれないか。母親の見てる前でその薬を飼い犬に服用させてみたい」
「良いけどさぁ。あんまりいい結果にはなりそうにないぞ」
8/11 19:00
「ただいまぁ。まぁ、上がれよ」
「お帰りなさい。あれ、誰かお連れの方居るの?」
「ごめん下さい。学生時代の友人の田中といいます」
「あぁ、田中さん、齋藤の母の美恵子と言います。どうぞ上がって下さい」
「……齋藤、お前んち、結構広いんだな」
「ん?あぁそうだな。学生時代はずーっと下宿暮らしでお前に実家見せたこと無かったか」
「齋藤っていうと、あのボロい半地下の下宿のイメージしかなかったけど。実家はこんなだったのね」
「昭雄。ちょっと」
「あ、ハイ」
「あの田中さんってどういう人?」
「ん?普段は製薬会社で新開発した薬の治験とかやってんの。今日は新しく開発した薬を治験って名目で持ってきて貰った」
「どういう薬?」
「それはぁ、おい田中ぁ」
「えぇ?」
「お前の方から説明してくれ」
「あぁ、まぁ解りやすくいえば、オタクの飼い犬が一ヶ月限定で喋れるようになるんですよ」
「え?ごめんなさい。あの?」
「アハハ、そういう反応になりますよね。本当なんです。オタクの飼い犬が、一か月限定で喋れるようになるんです」
「アタシね、ケラちゃんが言葉を喋れたらどんなにいいかっていつも思ってるの」
「それは齋藤…、息子さんから聞いてますよ」
「昭雄が昼間は外で働いてるから、喋り相手がケラしかいないんだもの。パパはもう死んじゃったし」
「そんな事言わないで、母ちゃんも外に出て、よく散歩すればそんな事も言わなくなるからさ……」
「でもいいの。アタシ、ケラちゃんとは仲良しだから」
「そういえばいつも言ってるねぇ」
「昭雄が結婚さえしてくれればねぇ。孫がいればそれだけで違ったでしょうし」
「え?齋藤、お前結婚するアテあるの?」
「………」
「黙っちゃった」
「まぁ、ともかく。ウチの母親は飼い犬と喋りたいんだ」
「確かにペットと話したいって相談は、ウチの会社にもよく来ますね。でも本当にそれが幸せなのかは解りませんけど」
「田中さん?」
「お前なんて事言うんだ!」
「本当の事だ。それこそがこの薬の副作用だ。
……ハッキリ申し上げておきますが、私はこの薬を使わない方がいいと思います」
「ケラちゃんが本当はアタシ達のこと嫌いって言いたいの?」
「お母さんはこの、ケラ?という犬と仲良しだと思っていらっしゃる」
「当たり前じゃないですか」
「本当にケラは我々と仲良しと思っているかどうか」
「アタシ達いつもケラちゃんの事大事にして、毎日散歩だって一緒にやってるし。虐待とかもしてないし」
「考えて下さい、家の中に隔離されて、食べるものから寝るところまで決められて。
そんな飼い犬に言いたい放題喋らせたら、どうなるか解りそうなもんじゃないですか」
「お前が言っていた副作用ってそういう事なのか?」
「そういう事。喋れるようになった途端、虐待で殺しちゃったケースが余りにも多いんだ。それでもペットと喋りたいですか?お母さん」
「……喋りたい」
「いや、もう少し考えてみましょうよ」
「田中さんはご結婚なされています?」
「えぇ?既に子どももいますけど」
「だったら解ると思いますけどね。お子さんが初めて喋れるようになったとき、嬉しかったでしょう?」
「あぁ、まぁウチのちびは今3歳なんですけど。初めて喋れるようになった時産休取ってたウチのから動画が届きましたよぉ」
「なんて言ってました?」
「マンマ、マンマと」
「嬉しかったでしょう?」
「えぇまぁ・・・。つまりはそういう事だと?」
「そうだわね。いや、それだけじゃないけど」
「孫兼話し相手って事なんでしょ?要するに。母ちゃんが言いたいのは」
「アタシ、もう誰も話す相手がいないの!ケラでいいから喋りたい!」
「皆こういうんだよねぇ。。。本当に後悔しませんか?」
「いいから!早くこの犬に喋らせて!!」
「いいでしょう。喋れるようになるクスリを今からこの犬に処方しますよ。でも下手に話しあわない方が幸せなんだけどなぁ」
「ケラちゃん、貴方の名前はねぇ。ケラっていうのよ」
「……ケラ?アタシ。ケラ?」
「あ、ケラちゃん?ケラが喋った!喋った!」
「本当だ!犬が喋った!スゲエ!」
「まぁ犬だけじゃなくて、ある程度の知能がある生き物だったら大体喋らせることが出来ますけどね。カラスや九官鳥とかも」
「凄いわねぇ、最近の科学は」
「最初は単語しか喋れませんが、慣れてくると段々複雑な文章も捻りだせるようになります。
ただ一か月後には元通りになっちゃいますけどね」
「知能は元通りに戻るのか?」
「そうなるな」
「貴方、かあちゃん?」
「母ちゃんじゃないわ。アタシのことはママって言いなさい。マーマ」
「あなた、ママ」
「俺のことは昭雄って呼ぶんだよ」
「あなた、昭雄」
「昭雄お兄ちゃんとママよ。ケラちゃん」
「お母さん、本当にご機嫌ですねぇ」
「フフフ。本当にありがとうございます。これでこの子と喋れますから」
「それじゃあ、私はここら辺でお暇します」
「本当に今日はありがとうございました。後、しつこいですけど、本当にこの薬、副作用とかないんですね」
「お母さんに先ほど申し上げた通りです。薬それ自体には、これまでの所副作用は確認されていません。
ただ飽くまでも10頭で試しただけですけどねぇ。
それに下手に犬と喋れるようになったせいで、家庭の中がギスギスするでしょうけど」
「田中は心配しすぎなんだよ」
「もう少しすりゃあ、現実が解って来るよ。殆どの家庭じゃあ、一回試しただけでもういいですって言われちゃうんだから」
「本当にありがとうございました」
「お母さん、一か月後にまた来ますから。くれぐれも、飼い犬を大事に扱って下さいね……。それでは」
8/15(火) 14:00
「ねぇ、ママ」
「なぁに、ケラちゃん」
「アタシ、大事?」
「大事よ。ケラを最初に見かけた時はねぇ。あなたまだアタシの手のひらに乗るくらいだったのよ。」
「手のひら?」
「手のひらってこーれ。ケラちゃんこんな小さかったんだから」
「アタシ、今、大きい」
「そうねぇ、ちいちゃい頃はね、尻尾がクルクルって巻いていて可愛いかったんだから」
「アタシ、尻尾?」
「そう。貴方の尻尾は今でも巻いてるわねぇ。可愛いわぁ」
「触らないで」
「え?」
「尻尾、触らないで」
「あ、ごめんなさい」
「それに家に来たときにはクンクンとしか言わなくてねえ。全然鳴かない子だったわねぇ」
「必要ない。吠えない」
「それが一番よ、無駄に吠える女は嫌われちゃうんだから」
「吠えない。首輪、外して」
「でもケラちゃん、首輪掛けてた方が可愛いわよ」
「ママ、人間。アタシ、犬」
「なんでそんな事言うのケラ」
「首輪、窮屈。外して。お願い」
「だから可愛いから、付けていたら?」
「アタシ、首輪、嫌い」
「駄目です、付けていなさい」
「取り外せ」
「ケラ!ママにそういう事言うんじゃないの!」
「吠える、それとも、取り外す。どちらか」
「飼い主を困らせることは辞めなさい!もうともかく吠えちゃ駄目!」
「アタシ、生きてる」
「当たり前な事言わないの!ケラちゃんが来たら本当にこの家の空気が変ったんだから」
「アタシ、喋れる」
「そうよ!だからこうしてお話してるんじゃない」
「なら、首輪、外して。痛い」
「だから飼い犬は首輪をするもんです!ケラも今更野良犬になりたくないでしょう!」
「首輪、散歩する、使う。今、使わない」
「そういう事言う子には散歩させません」
「じゃあ、ママ、要らない」
「チョッ、何を……」
「アンタ、噛んだわね!!」
「首輪、外せ」
「噛むことないじゃない!!」
「外せ。首輪、外さない。また、噛む」
「そういうのって脅しっていうのよ」
「脅し?」
「そうよ、脅しよ。アタシ達あんなに仲良かったのに、なんで急にそういう態度取ってくるのよぉ、本当に」
「アタシ、言った。何度も、言った。
首輪、痛い。お腹、減った。外、出たい。でも、ママ、言葉、解らない。
今、言葉、伝わる」
「……」
「ママ、首輪、取って」
「……」
「言葉、言った。次は、吠える。最後、噛む」
「そういう事言うならねえ!アタシにも考えがあるわよ」
8/15 19:00
「ケラ?どうしたお前」
「首輪」
「え?」
「首輪、取り外せ、言った」
「お前がか?」
「そう」
「でもなんで玄関に繋がれてるんだ」
「首輪、可愛い、ママ、そう言った」
「そりゃあそうだろう、お前、飼い犬だぞ」
「アタシ、首輪、要らない。だから、吠えた。大声。吠えた」
「そしたら玄関の外にずっと繋がれっぱなしって訳か」
「蹴られた」
「何処を」
「お腹」
「え」
「お腹、蹴られた。凄く、痛かった。首輪、手綱、付ける。玄関、外」
「まぁ。さ。ともかく、中に入れ。な」
「母ちゃん、何、ケラが玄関の門に繋がれっぱなしだったんだけど」
「いいのよ。あんな犬、番犬代わりにしときゃあ」
「それに頭撫でようとしただけで首をすくめていたんだけど」
「脚でね。蹴ったの、身体」
「身勝手な、飼い主」
「黙りなさい!!」
「余計なこと言うな、ケラ」
「近所に聞こえるからぁ。大声出さないでよ。何があったんだよ」
「この犬がね、首輪外せっての。しつこいかったんだから」
「食い込む。痛い。外して」
「煩いわねぇ……」
「家の中でだけは外してやったら?家の外じゃ駄目だけどな」
「首輪、付ける。首、食い込む。昭雄、やって」
「解ってると思うけどさ。お前は飼い犬なんだよ。
外に出すときには手綱だってしておかないといけない。
だとすりゃあ首輪が必要になるだろう」
「必要、ない」
「面倒なんだよ、イチイチ首輪を取り外すの」
「ケラちゃん、なんでそう首輪を毛嫌いするの?」
「付ければ、解る。ママ、首輪、似合う、付ける」
「母ちゃん、止めて、この犬が死ぬからさぁ」
「じゃあともかくこの犬どうにかして頂戴よ!」
「……暫く俺の部屋にケラ移してもいいかな?そんで散歩や餌をやるとき以外はさ、あんまり関わり持たないようにする感じで」
「それがいいわねぇ」
「ケラ、こっち来い。首輪外してやっから」
「……」
「これで良し、と。ふう。お前なぁ、思った事そのまま口に出すんじゃねえよ。ったく」
「昭雄、思った事、口に出さない?」
「そんな事を仕事でやってたら、あっという間にお客さん喪うだろう」
「仕事、楽しい?」
「…おカネは稼げる」
「楽しくない?」
「……楽しいことばっかりやって生きていられるほど、世の中甘くないんだよ」
8/22 13:00
「ケラ、入るわよ」
「ママ、どういった用事でしょうか?」
「うーーん。まぁどうしているのかなぁって」
「お願いします。天気が良いです。散歩を希望します」
「あらぁ、ケラちゃん、日本語上手くなったわねぇ」
「全てママのお陰です」
「いやだわ、もう。チョット待ってね」
「ケラちゃん、このお洋服どう?着てみない?」
「……ママが着なさいと言われるなら……」
「着たくないの?」
「そんな事はありません。アタシはペットですから」
「なんかケラ、こないだから含みを持たせた喋り方する様になったわね」
「ママ、外はとても天気が良いです。お洋服は外で私に着せることも出来ます。まずは外へ散歩しませんか?」
「話を逸らすのも上手くなったわね」
「いつも歩く近所の沼沿いの公園を早く歩きたいのです。お願いいたします」
「まぁ焦んなさいな。アンタも保健所送りになりたくなけりゃあね」
「ママ」
「なぁに?」
「保健所ってなんですか?」
「うーん。世の中の健康とかを扱う役所かしらね」
「保健所送りになると、アタシはどうなるんですか?」
「今はそんな心配しなくていいわよ。今はね」
「お向かいの家の犬は、今はいません」
「そうね」
「あの家の犬も保健所送りになったんですか?」
「どうかしらねぇ」
「今も生きてるんでしょうか?」
「さぁねぇ」
「関心がないという事ですか?」
「だって、他の家のことだもの」
「いつかアタシを保健所送りにするおつもりですか?」
「別に、何もしないわよ、今はね」
「だからってこんな話ばかり聞かされると」
「アンタは可愛らしい表情して尻尾振ってりゃあそれでいいのよ」
「……」
「返事は?」
「ワン」
「そうよ。ケラ。お利口さんじゃない。アンタは犬なんだからね。犬は犬らしく振舞っていりゃあいいのよ」
「犬は犬らしく、ですね」
「そう。言われたときに可愛らしく鳴いてくれりゃあそれでいいの。アタシ難しい話とかされるのとか嫌いなの」
「はい、解りました、ママ」
9/11 19:00
「ただいまぁ」
「おかえりぃ。あ、田中さん。お久しぶりです」
「どうでしょうか飼い犬の…ケラちゃん、と仲良く出来ましたか?」
「そうですね、どうでしょうね」
「あ、やっぱり。そうなるんじゃないかなぁと」
「やっぱりヨソの家でもそうなのか?」
「そういえばお向かいの家でも上手くいかなかったって言ってたわよ」
「土台がね、おかしな話なんですよ。結局は愛玩奴隷なんだから。会社もバカな薬を作ったもんだ」
「まぁもうすぐクスリが切れる。
そうなりゃあこうして犬の言うことにイチイチ怒る必要もなくなるって訳さ」
「長かったわねぇ……この一か月間」
「正直母ちゃん、何度も殺してやろうかと思ってたでしょ」
「まぁ殺すまではいかないけど、この犬を捨てたいとは思っていたわ」
「結局さぁ、喋れない犬相手に適当にやってるくらいが一番幸せな間柄なんだって」
「お母さん。あのこれは既に齋藤とも話しあった事なんですけどね」
「はい、なんでしょう」
「ウチの研究所で、オタクのケラちゃん、預かることって出来ますかね?」
「……はぁ、良いですけど。なんで又?」
「やっぱりまだ実験動物の臨床データが足りてないんですよ。
薬の副作用ってのは、しつこいくらいに実験繰り返さないと解らないものですからねぇ」
「まぁアタシも寂しい気もするけど、昭雄が良いっていうなら、アタシは賛成」
「あぁ、良かったぁ。まぁあの、それにこういう事があるとね、飼い主さんとしても以前と全く同じように飼うってのも難しいでしょうからね」
「えぇそうですねぇ。次はもっと素直な性格の犬を飼おうと思います」
「間違っても動物に喋らせようと思わないことですね。これまでの経験では、喋らせて上手くいったケースは2割を切ってますから」
「そうしますわ。ケラちゃん、良かったわね。里子に出して貰えて」
「……」
「あら、もう喋らなくなっちゃった。もう薬の効果が切れたのかしらね」
「そんな筈はないですけどね。後十分かそこらは効いている筈ですけど」
「ケラ?聞こえてる?」
「ハイ」
「聞こえてるのに、なんで返事しないのよ」
「……ワンワン」
「本当に、最後まで憎ったらしい犬ねぇ」
「まぁ母ちゃん、これで田中の施設送りになっちゃうんだからさ。最後くらい仲良くしようぜ」
「そうですよ、齋藤さん。この子は本当に大人しいいい子ですよぉ。研究施設に行けば、他の犬も沢山いるし、今みたいに寂しい思いもしなくて済みます」
「アタシにはこんな寂しい思いさせておいてね!!」
「母ちゃん、もう少し抑えて、ね?」
「こんな犬だとは思わなかったわね!本当に、これでお別れだと思うと清々するわさ!そうだ、ケラ。最後に一言、なんか言いなさいよ」
「……どうして昭雄はアタシを喋れるようにしたの?」




