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第1章 ─ オーレリアンの玉座

最初に鼻を突くのは、匂いだ。


ロンドンの濡れた石とディーゼルの匂いではない。もっと鋭く、甘い――香、松脂、焚かれた油の匂い。俺はまぶたを瞬いて、そのあり得ない光景に目を慣らそうとする。


大広間だ。玉座の間。


太陽の紋様が彫られた大理石の円柱。炎のように垂れる赤い旗。高い所のステンドグラスから差し込む光が、白い床を宝石のように彩っている。


挿絵(By みてみん)


そして人々。列を成す甲冑の騎士たち、長衣を纏った巫女のような者たち、金糸入りのジャケットを着た廷臣たち。大広間の果てには、王冠を被った男が座り、その目はぶれず、片手を玉座の肘掛けに固く握っている。


王だ。


説明されなくても分かる。


隣でエドワードが息を呑む。クララはまだ傘を握りしめて、命綱でも持っているかのようだ。俺はというと、身動きが取れない。まるで中世の絵の中に踏み込んでしまったように、体が固まっている。


鈴のように澄んだ声が静寂を切り裂く。


「幕の彼方より召された英雄たち、祝福されよ」


若い。俺たちと変わらない年頃の少女が、玉座の足元に立っている。髪は光のように淡く金髪で輝いて見え、色ガラスにきらめく宝石が編み込まれている。衣装はアニメと英国時代劇でよく見てきた美しきファンタジー系の王女と王家の威厳や贅沢さと神性や伝統のすべてを融合させた作りで全身に纏っているかのようだ。


挿絵(By みてみん)


その瞳が俺と合った瞬間、胸に重みがのしかかるような感覚が走る。まるで彼女がこちらをまっすぐに覗き込んでくるような力強さだ。


「私はエリザベート・フォン・オーレリアン、当国の王太女です。王国を代表して、あなた方を歓迎します」


大広間はざわめきに包まれる。


だが、次の瞬間、別の何かが起きる。


ざわざわ、ざわざわ!


廷臣たちの視線はエドワードやクララに向くだけではなかった――それは俺に突き刺さる。


着ている服でも、肩に斜め掛けした学校鞄でもない。俺の顔だ。肌の色だ。


数人の廷臣が小声で囁く。甲冑を着た騎士の一人が笑いをこらえきれず、鎧がカチリと鳴る。巫女の一人は袖で口を覆い、微笑を隠す。


「焦げてるのかしら?」

ある貴族が、小声とは言い難い声で囁く。


「いや、そんなはずはない。病気かも……?」


「いや、見て。ぶちじゃない。まるで磨き込まれた黒曜石のようだ……」


彼らは含み笑いを洩らす。


(も、もしかして、この国では俺『黒人』のような肌色を持っている人間は他に一人もいなかったー!?だ、だから、初めて見る俺の外見ってそんなに、......変...なの、かな?)


ほかの者はひどく驚いた顔をする。好奇の目で俺を見つめる者もいる。


まるで珍しい異国の獣がそのままこの清らかな大広間に引きずり込まれたかのようだ。


首筋が熱くなる。

叫びたい、「俺も人間だ、君らと同じだ!」と。


でも言葉は喉に詰まる。両拳は自然と固く握りしめられ、爪が掌に食い込む。


エドワードが居心地悪そうに体を動かす。クララは眉を寄せて怒ったような顔をする。


しかし彼らが何か言葉を発する前に、王が片手を掲げて騒ぎをぴたりと止める。


「予言は告げていた。彼方より三人の救い主が現れると」

王の声が大理石に反響する。


「遠き地より生まれた三つの炎が、我らの時に我らを救わん。汝らはその炎なり。汝らは我が英雄なり」


英雄――その言葉はエドワードやクララには重くのしかかるだろうが、俺には違う。


笑い声の余韻で、言葉はかき消されてしまう。


騎士たちが槍を床に叩きつける。巫女たちは頭を垂れる。さあ、試練が始まるってか?


最初はエドワードだ。練習刀が彼の手に渡される。


そのつかを握った瞬間、刃から光が噴き出した。眩く、純粋な光だ。


大広間に驚嘆の声が広がる。彼が本能的に振るうと、空気そのものが弾け、衝撃波が騎士たちを後ろに跳ね飛ばす。


「剣聖、再来!」

大司教が叫び、その顔は輝いている。


エドワードは刃を見つめ、まるでそれが生きているかのように扱う。


やがてこちらを向き、半ば信じられないような、半ば誇らしげな笑みを俺に向ける。


次はクララだ。


巫女の一人が壊れた翼の小さな鳥を差し出す。クララは顔色を失い、傘を脇に置いて、震える手でそっと鳥を包む。


掌の間に光がほとばしる。彼女が手を開くと、鳥は羽を広げ、羽根は元通りになって飛び去った。


大広間は今度はもっと大きな歓声に包まれる。

「聖女だ! 奇跡だ! 暁に選ばれし者!」


クララは目に涙を溜め、信じられないと首を振るばかりだ。


そして――次は俺の番だ。


差し出されたのはただの木の杖だ。俺は握る。


.........

(ん?)


光が湧くのを、温もりが来るのを待つ。何か、何でもいい。


何も起きない。


今まで以上に重苦しい沈黙が広がり、含み笑いが漏れる。


「彼の肌の暗さが、その才を呑み込んだのではないか」

「それ、確かにそうなのかもな!ガハハハッ!」

誰かが呟き、鋭い笑いが上がる。


顎が固まる。


「もう一度試せ」

大司教が冷たい目で命じる。


俺はやる。さっきよりも必死に。


(くッ!こんちくしょうどもめ!今に見てろー!)


火を、雷を、なんでもいいと想像する。筋肉にありったけの力を込め、汗が額を伝う。


..................................


(くそッ!)


それでも、何も起きない。


廷臣たちは嗤い、囁きはますます残酷さを帯びる。


「彼らの黒き者も力無しか」

「召喚が失敗したな」

「神の冗談だろう、きっと」


やがて大司教の声が容赦なく響く。

「第三の炎……失敗である」


その言葉は、これまでに受けたどんな殴打よりも重く胸に落ちる。


エドワードが動揺して体を動かす。


罪悪感が彼の顔に浮かぶ。


クララが一歩踏み出す。しかしエリザベート王女が先に口を開き、その声は嘲りの波を切り裂く。


「彼の才は隠れているのでしょう」彼女ははっきりと言い放つ。

「あまりに早々に判断してはなりません」


だが、ダメージは既に広がっている。


貴族たちは首を振り、嘲りを含ませた微笑を浮かべる者も、冷たく退ける者もいる。


そして俺はというと、役に立たない杖を握りしめたまま立っている。喉は焼け、耳にはまだ笑い声が響いている。


失敗作。


俺のものでもない世界で。


..................

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