プロローグ:テムズ川の雨、そして転移の時...
また雨だ。
観光客がよく「ロンドンは霧や小雨が風情ある」なんて言うけど、現実はもっと容赦ない。傘をさしても横から叩きつけてくる、あの頑固な雨。防水ジャケットのフードを深くかぶっても、結局じわじわ染み込んでくる。俺は肩をすぼめながら、サウスバンクを急ぎ足で歩いた。
濁った灰色のテムズ川は、水位が高くて波立っている。対岸にはセント・ポール大聖堂の丸い屋根が、雨に煙ってかすんで見える。橋のたもとでは、物好きなサックス吹きが誰もいない通りでまだ演奏していた。ロンドンってやつは、人に見られなくても意地で続ける街なんだ。
「おい、ダリウス!」
振り返ると、金髪が雨でぺちゃんこになったエドワードが走ってくる。
歴史学専攻の大学生で、どこかBBCの歴史ドラマから飛び出してきたような顔立ちをしている。祖母が見たら「いいイギリス紳士だ」と言うに違いない。
そのすぐ後ろに、赤い傘を揺らしながらクララ(Clara)が小走りでやってくる。神学を学んでいる彼女は頬を寒さで赤くしながら、緊張するといつもそうするように小さく賛美歌を口ずさんでいた。
雨のサウスバンクに立つ三人――黒人の俺、白人のエドワード、白人のクララ。高校時代からずっと一緒の親友だ。肌の色は違えど、同じジョークで笑い、同じ試験に頭を抱え、同じ日曜礼拝で賛美歌を歌う。そして、伝統ある大学に通っているので、皆同じ制服を着ている。あの大学は、私服よりも制服で着る伝統と学則で有名だから。
そうだ。俺の両親はナイジェリア出身、エドワードの家はヨークシャーの炭鉱町の出だって話をよく聞かされたし、クララはアイルランド系カトリックの家庭で育った。
でも、俺たち三人とも同じ「ブリテン島の若者」だ。大学の課題にぼやき、グレッグス(イギリスの有名なパンチェーン)の行列に文句を言い、サッカー(俺はアーセナル派、エドはチェルシー派)で毎回言い合いになる。
「この天気、ほんと勘弁してくれよな。」
エドがカフスから水を振り払ってぼやく。
「この国には二つの季節しかない。『雨』と『もっと雨』だ。」
俺は笑った。
「でも他の国に住んだら、絶対恋しくなるぜ。」
「はは!それは違わないな!」
彼も笑ってうなずいた。そういうものだ。
............
俺たちはフリート街のパブに飛び込んだ。
木の匂いがしみ込んだ古い梁、チップスを揚げる油の香り、低い天井に暖炉の火。イギリスの古典的な大衆酒場だ。
窓際のブースに座り、俺はビター(苦みの強いエール)を、エドはラガーを、クララは「敬虔だから」とJ2Oを頼んだ。三人でグラスを合わせる。
「大学の課題に生き残ったことに。」エドが言う。
「この雨に溺れなかったことに。」クララが続ける。
「アーセナルがトップ4に入ることに。」俺が真顔で言うと、エドは頭を抱えた。
俺たちは馬鹿みたいに笑った。
隣のテーブルの老人たちにじろっと見られたけど、そのうちの一人がニヤリとした。
若い頃は誰だって、世界を掴みたいと夢見ながら、結局は夜行バス代とケバブ代を気にしてたんだろう。
その後、教会の場面で:
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日曜の朝。冷たい石造りの教会で三人並んで跪く。
古い賛美歌集の紙は湿気でふやけて、蝋燭の匂いが漂う。
司祭の声が響き、ステンドグラスから差す光が俺たちを青や赤に染める。
クララは全身で歌い、エドはぼそぼそと口を動かし、俺は何とか音程についていこうとする。でも「主の祈り」を一緒に唱える時、胸の奥に重みが落ちる。
声の高さも顔の色も関係ない。
何世紀もこの島で繰り返されてきた言葉を、一つのリズムで唱えているだけで、俺たちは同じ共同体の一員なんだと感じる。
その夜、エドの狭いフラットでテスコのサンドイッチを食べながらFIFAで勝負する。
「お前、もし中世イングランドに行ったら一日で音を上げるだろ。泥だらけだぞ。」エドが言う。
「エド君なら赤痢で一週間で死ぬね~」クララが笑う。
「クララは魔女裁判で火あぶりだなー!」俺が加えると、彼女はクッションを投げてきた。
みんな腹を抱えて笑った。
馬鹿げてる。でも心のどこかで思う。
「もし本当に俺たちが、城や騎士の時代に行ったら……どうなるんだろう?」
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夜が更け、雨は止む気配がない。ブラックフライアーズ駅の前を横切ると――世界が歪んだ。
最初に聞こえたのは鐘の音。セント・ポールも、ウェストミンスターも、ロンドン中の鐘が一斉に鳴り響く。時間は合ってない。
次に光。
ピカ――――――――――――――――――――――――――!!!
石畳が鏡のように白く輝き、足元から空へと逆流する。
「なにこれ……!」クララが息を呑む。
「くそっ!」エドが叫ぶ。
俺は空気を肺から引き剝がされるような感覚に襲われ、落ちているのか、浮かんでいるのかも分からなくなる。
パチー―――――――――――――!!
気づけば――もう街はなかった!
ビッグ・ベンも、赤い二階建てバスも、雨すら消えていた。
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代わりにあったのは、大理石の柱、香の匂い、聞いたこともない言語の詠唱。
目を開けると――俺たちは王宮の大広間に立っていた!




