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十 情報は喫茶店で





 



 しかし驚いていたのは一瞬で、コード666はすぐに目を細めると飄々とした笑みを浮かべた。

「蛍って、分からないことだらけの筈なのに、全く僕に聞いてくれないよね。それって真正面から訊ねても僕が真面目に答えないと思ってるからだよね?」

 コード666の言葉に、私は無言で肯定する。

「そんなまわりくどいことしなくても、蛍の質問にはちゃんと答えるよ。」

「国が貴方のような存在を隠蔽してる理由は?」

「それはここでは話せないよ。僕のお城に一緒に帰ってくれたら教えてあげる。」

 板野先輩がエレベーターのパネルを操作してから破壊者の話をしていたことを思い出す。

「すみません、迂闊でした。」

「そんなに畏まらなくていいよ、蛍は本当に真面目だねぇ。他に質問は?」

「貴方が誰から特別な任務を受けているのか、どうしてここを自由に出入りできているのか聞きたいですが、それもここでは話せませんよね。」

「そうだね。じゃあ今から僕のお城に戻ろうか。」

「いえ、捜査が優先です。」

「え〜っ!今すぐ昴♡って呼んで欲しいのにぃ〜っ!」

「ちょっ…うるさいですよ。」

「僕のお城に戻ろうよ〜っ!」

 ただでさえ白銀色の髪で背も高くて体格も良く、美麗な顔立ちで人目を引いているというのに。大声で駄々をこねるので一階フロア中の注目を浴びている。

「静かにしてください!じゃあ今からする質問に答えてくれたら呼びますから!」

「うん。なぁに?」

 私はまっすぐにコード666を見つめながら訊ねる。

「鮫島先輩のときは拒否してたのに、どうして私には協力してくれるんですか?私の首を噛んだり、電子チップを飲ませようとしたり、どうして私に固執するんですか?」

 コード666はにっこりと、聖母のような慈愛に満ちた優しい微笑みを浮かべた。周囲の人間が息を飲み、ほぅと小さな溜息を吐いてうっとりと見蕩れてしまう程の美しさだ。そんな彼が、色白で細長いのに男性らしく節くれ立っている指先で私の頬と髪にそっと触れる。

「この闇夜のような漆黒の髪、誰にも踏み荒らされてない新雪のような白い肌、意志が強そうだけどまあるくて優しさも宿した大きな翡翠色の瞳…。」

 彼の指が、眉の下で真横に切り揃えている私の前髪と、肩甲骨辺りまでまっすぐに伸びている後ろ髪を撫でる。

「君があんまりにも可愛いから一目惚れしたって言ったら…、信じてくれる?」

 周囲から女性たちの悲鳴が上がる。それはもちろん、恐怖からくるものではなく、アイドルに向けられるような黄色い声だ。しかし納得できていない私は目を細め、視線で彼を射抜く。

「一目惚れしたから首に噛み付くの?電子チップを飲ませるの?」

「だって君、婚約者いるでしょ?」

 思わず息を止めてしまった。私に婚約者がいることを知っていた上であんなにベタベタと私に対してスキンシップをとっていたのか。

「首に跡を残せばソイツに対して牽制になるかなって。電子チップを飲ませようとしたのは、ソイツに手を出されていないか君の身体を調べるためだよ。」

 彼は私の首の後ろに手をまわすと、上体を屈めて私の耳元に唇を寄せた。反射的に逃げようとした私の腰を掴み、彼はふっと吐息で笑う。

「婚約者がいようと関係ないさ。だって僕は君のことがどうしても好きだから。これは理由にならない?」

 私は腕を突っ張って絡み付いてきた彼を強引に剥がした。

「大丈夫です。納得しました。」

 私は無表情のままエントランスに向かって早歩きを始める。腹が立つことに、そんな私を足の長い彼はゆったりとした足取りで追いかけてくる。

「あれっ。もう質問はいいの?」

「もう充分です。」

「君への愛をもっと語りたいのに。」

「早く捜査に向かいましょう、」

 私は一呼吸を置いてから振り返った。そして彼をまっすぐに見つめた。

 

「昴さん。」

 

 振り返った先には、驚きのあまり見開かれて、こぼれ落ちそうになっている真珠の瞳があった。

「……うん。」

 昴は白磁の頬を柔らかな桃色に染めて頷く。

「僕のことを信用してくれてありがとう。」

 裏表の無い少年のような彼の笑顔に、私は不覚にも跳ねてしまった心臓に知らないフリをして歩き始めたのだった。




***



 事件が起きたのは今年の三月。

 東京都葛飾区で五十六歳の男性、八十島 鉄平が道端に倒れていた。近所で飲食店を経営している二十代の女性が発見した際は八十島に意識があったが、搬送先の病院で死亡した。

 目立った外傷は無かったが、全身の血管が紫色に変色して肌から浮き上がっていたそうだ。


 検死の結果、上腕部や腹部に複数の注射痕があった。

 解剖の結果、循環器系の臓器が著しく腐敗していた。


 倒れていた八十島の側に落ちていた注射器の中から、未解明の物質が検出された。


 占卜省の占術鑑定により都内に住む二十五歳の男性、萩浦 真司が容疑者となった。透視を行った職員が、防犯カメラの無い路地裏で八十島に注射器を手渡す萩浦の姿を視たのだ。

 

 萩浦容疑者を捜索するに当たって複数の占術鑑定を行ったところ、萩浦容疑者の行方を追えず、さらに未解決事件となるという結果が出てしまった。



 未解決事件となる運命を曲げるべく、私と昴が捜査協力を依頼されたというわけである。

 

 

ーーーーー

ーーー




「あら、いらっしゃい。」

 昴に連れてこられたのは、新宿区の繁華街から少し離れたビルの狭間にある『Schmetterling』という喫茶店だった。

 外壁は赤レンガに覆われていて、窓には分厚い白のカーテンが掛かっていて中の様子を窺うことはできない。思い切ってレトロな木製の扉を押すと、その蝶番の横に掛けられたアゲハ蝶の飾りが付いてる小さなベルが、カランコロンと軽やかに鳴った。

「あ、貴方は…!」

 私は驚きのあまり口をぽっかり開く。

 カウンターで皿を磨きながら迎えてくれたのは、先ほど作戦会議室ですれ違った破壊者の女性だったからだ。彼女は亜麻色の短髪を揺らしながら嫋やかに微笑む。

「昴さまのパートナーさん、またお会いできて嬉しいわ。」

「どうして貴方がここに…?」

 困惑する私を置いてけぼりにして、昴がカウンター席にどっかりと腰を下ろす。

「今回の事件、これ。コイツ最近見た?」

 いつの間にか私の手からタブレット端末を抜き取っていた昴が、それを女性の破壊者に見せる。

「一ヶ月ほど前かしら、最後に見たのはそれくらいよ。」

「事件起こしてからもここに来てたってことか。」

 破壊者二人だけで進められていく会話に混ざれずにいると、背後からぽんぽんと優しく肩を叩かれた。振り返ると、作戦会議室で破壊者の女性と一緒にいた同僚の男性がいた。

「有栖さんはこちらへ。」

 四十代後半くらいだろうか、奥二重の真っ黒な瞳の目尻に皺が刻まれている。短めの下がり眉がアンニュイな雰囲気を醸し出しているが、瞳と同じ真っ黒な髪はオールバックにまとめ上げていて清潔感がある。

「貴方は…確か、夏目警部補?」

 私が捜査係に係異動した初日に、藤堂係長が紹介してくれた時のことを思い出す。

『彼は破壊者対策課に配属されたのは三回目でね、累計すると今年で九年目なんだ。』

 巡査部長になっていてもおかしくない人なのに、昇級を拒否して警部補として働き続けている変わった人だと藤堂係長は言っていた。

「はい。詳しいお話は奥でしましょう。」

「どこ連れてくの。」

 いつの間にか私と夏目警部補の間に立っていた昴が、ムッと眉間に皺を寄せて夏目さんを見下ろす。

「僕の蛍に勝手な真似しないで。」

「職員同士の情報伝達です。他のお客様がいらっしゃいますので裏でお話しします。」

「じゃあ僕も行く。」

「分かりました。」

 スルリと私の肩を抱いてきた昴を見上げ、視線を女性の破壊者へ向ける。

「あの方とのお話はいいんですか?事件のことについて訊ねていましたよね?」

 女性の破壊者はひらひらと私に向かって手を振っている。

「もう終わったから。」

 グッと肩を抱き寄せられ、昴の胸に頬を押し付ける体勢になる。

「ちょっ…力強いです。」

「だったらアイツと目を合わせるのやめな。」

 グイグイと肩を抱く力を強められ、私はほとんど引き摺られるようにしてスタッフの控え室へと連れて行かれたのだった。





***




「カウンターにいた彼女は昴さんと同じく、特別な役職を与えられた破壊者です。」

 スタッフの控え室に着くなり、夏目警部補が話し始めた。

「ここはそういったお話をしても大丈夫なのですか?」

 破壊者の存在は国家機密で、警察署内でも話す場所が限定されているほどの情報だ。こんな喫茶店の中で話しても大丈夫なのかと不安になり私は思わず訊ねた。そんな私に、夏目警部補は無表情のまま頷く。

「この喫茶店の中にある全ての部屋は防音室ですのでご安心ください。この店はかつて私の父が経営していた喫茶店です。十五年ほど前に父が高齢を理由に引退する際、当時の警察署長より彼女にこの店を提供するように命じられました。」

「警察署長に?」

「はい。」

 控え室の中は八畳ほどの広さで、壁一面が真っ白でシンプルな内装だ。中央に木製のテーブルがあり、椅子が四つ並んでいる。私の隣に昴が座り、向かいに夏目警部補が座った。

「彼女はこの店で、野良の破壊者を報告する役目を与えられています。」

「野良っていうのは、禁区から逃げ出した連中のことだよ。」

 隣で昴が補足説明を始める。

「破壊者は生まれた時点で、日本列島から遠く離れた島にある禁区に連れて行かれるんだ。僕たち破壊者は一般人たちの運命を曲げて、占いによって完全に管理された世の中を乱してしまう厄介者だからね。僕たちが一般人に接触するのはもちろん、そんな存在がいることを一般人に知られたら悪用されかねないからね。」

(なるほど。)

「貴方たち破壊者は、禁区でどのように過ごしているんですか?」

 脱走して野良になる破壊者がいるくらいだ。過酷な環境なのだろうか。

「別に、刺激を求めなきゃ普通だと思うよ。動物園の中の動物みたいな感じ。働かなくてもご飯を貰えて、日中は趣味に没頭できる。贅沢はできないけど、そこそこ幸せだと思う。」

 一般人よりも幸福度の高そうな生活で羨ましい。そう思った私を見つめて、昴は目を細めた。

「誰かと愛し合うことも、結婚も、もちろん子供を作ることも絶対に許されないけどね。」

 破壊者は占いで統制された社会の秩序を乱す存在だ。だから増やすことはできないという理屈はわかるが。

「寂しくて窮屈ですね。」

「そ。だから一定数、そこから逃げ出そうとする連中がいるの。物資運搬船を装った違法の船が禁区を出入りしているからね。」

 昴が机の上に1枚の写真を置く。港のような場所に停泊している船の写真だ。よく見ると、その船の上に人が乗っている。

「このマーク、見たことあるでしょ。」

 船の上にいる人が着ているオーバーオールの胸元に、二つのロゴマークが縦に並んで刺繍されている。昴が指した、上の方のロゴマークは確かに見たことがある。

「これ、ゼンコーグループの…?」

「そ。この船に乗ってる連中はゼンコーの下っ端、子会社の社員だけどね。」

 ショッピングモールからファミリーレストラン、医療や福祉施設など一般庶民の生活に深く関わる事業を幅広く展開しているグループだ。だからゼンコーのロゴマークを街中でよく見かけるのだ。

(辰にぃの家がゼンコーグループを経営している家の分家だって聞いたことある。)

「この子会社は、破壊者たちに人権の尊重を訴えて脱走を手助けする善良な団体を装っていますが、実際は破壊者を使った奴隷業を営んでいる組織なんです。」

 夏目警部補の口から飛び出した衝撃の事実に、私は思わずバッと顔を上げる。

「巡回係が常に禁区周辺の監視と海上自衛隊の指揮を執っていますが、完全には取り締まれていないのが現状です。」

 夏目警部補が悔しそうに眉根を寄せている。その顔を呆然と見つめる私に、昴がにっこりと微笑んだ。

「確か蛍の婚約者サマは、そこのお坊ちゃまだよね。」

「え…。」

 


 

 

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