2. 死
見知らぬ天井だ。
割れるように痛む頭で目を開けると、僕は病院のベッドに横たわっていた。
どういうことだ?
レンの家族と旅行に行く途中でモンスターの襲撃を受けたはずだが……
くっ。
体が良くないと悲鳴を上げている。
全身を殴られたようだ。
意識を失う前に見た男に助けられたのだろうか?
僕が生きているのを見ると、防衛庁から人が派遣されたのは確かだった。
無事だという安堵感がこみ上げてくる一方で、一緒にいた人たちの安否が心配になった。
病床に横たわったまま首を巡らしてみたが、部屋には僕を除いて誰もいなかった。
他の病室にいるのか?
ガラガラ。
その時、ドアを開けて看護師が入ってきた。
彼女が近づいてきて、ベッドの横にある機械を見ている時、僕は恐る恐る口を開いた。
「あの…一緒にいた人たちがどこにいるか分かりますか?」
「今、病院に患者さんが大勢運ばれてきていまして。関係者の方をお呼びしますので、楽にしていてください」
「ありがとうございます」
まあ、あんな大惨事になったのだから、怪我人も多いだろう。
誰かを呼んでくれるというのだから、今は看護師さんの言う通りにしていよう。
看護師が出て行き、リモコンでチャンネルを変えた。
すると、テレビで僕がいた場所をヘリコプターから撮影した映像が流れていた。
「ご覧の通り、人命と財産の被害は甚大です。人類防衛庁によりますと、今回現れたモンスターはB級で、防衛庁のマサヒロ氏が迅速に乗り出し、被害を最小限に抑えたとのことです……」
「テレビに穴が開きそうだぞ」
確かに一人でいたはずなのに、誰かが入ってきた。
僕が人が入ってくるのも気づかないほど集中していたのか?
でも、どこかで見たことのある人だった。
見覚えがあった。
眉をひそめて誰だったか記憶をたどっていると、ふと頭をよぎる人物が思い浮かんだ。
「…防衛庁の隊長さん?」
「お?俺を知っているのか?」
眉を吊り上げ、驚いたという顔を見せる。
「気絶する前に見ましたし、ニュースで防衛庁の隊長が解決したと言っていたので、そうかなと」
「ふむ、いいだろう」
頷きながら満足そうににやりと笑う。
何がいいのかは分からないが、僕を助けてくれた恩人がいいと言うのだから、まあいいのだろう。
僕は心からの感謝の言葉を伝えた。
「おかげで助かりました。ありがとうございます」
「できるからやっただけだ。体はどうだ?」
「一日様子を見て、大丈夫なら退院してもいいそうです」
「体が驚いて緊張が解けると、痛むところが出てくることがあるから、しばらくは養生しろ」
「はい、でも、僕と一緒にいた人たちは大丈夫ですか?」
僕がレンと彼の家族はどこにいるのかと尋ねると、部屋の空気が変わった。
「無事ではあるが、家族ではなかったのか?」
「家族ではないですが、家族のようなものです」
血が繋がっていないだけで、ケイコ叔母さんの次に親しくしているし、子供の頃からの知り合いだから、まあまあ適切な言葉ではないかと思う。
僕の言葉に、彼は手をあれこれと動かしながら言った。
「つまり、家族ではなくて親しいということだな?」
「…そうですね」
家族ではないという言葉に、彼の顔が緩んだ。
その様子に、何かがおかしいと感じた。
ゴクリ。
僕は声を低くして尋ねた。
「もう一度聞きます。僕以外に、一緒に車に乗っていた人たちはどうなりましたか?」
「ふむ…看護師は今日は安静にしていた方がいいと言っていたがな。だが、これから俺の下で働く人間がこんなことでへこたれないと信じている。そうでなければ、予防接種を打ったことにでもするか」
「え?それはどういう……」
僕の言葉に答えるでもなく。
彼の不可解な独り言に疑問を呈そうとした刹那、彼は衝撃的な言葉を口にした。
「お前と一緒に車に乗っていた人間がどうなったのかと聞いているなら、死んだ。成人の男女一人ずつと、お前と同じ年頃に見える男が一人。幸い、葬儀の手続きは無事に執り行えるから心配するな」
「はは…死んだのに心配するなって?」
あまりに信じがたい言葉に、僕は思わず聞き返した。
「ああ、四肢はちゃんと全部くっついているからな」
人が死んだことを幸いだと言う男を見て、腸が煮えくり返った。
「気違い野郎。出ていけ。出ていけって言ってるんだ!」
彼に向かって枕を投げつけたが、
軽く避けた彼は淡々とした声で言った。
「今は思う存分泣いておけ。明日また来る」
ガラガラ。
バタン。
ああ、彼が出て行った途端、視界がぼやけていく。
ぽつり、ぽつり。
待っていたかのように溢れ出す涙。
今回もモンスターに大切な人を奪われた。
前の車に乗っていた子供たちの姿が思い浮かんだ。
あの状況で何もできなかった無力な自分が。
人々が死んでいくのを見ているしかなかった自分が嫌いだ。
「うわあああああー」
僕は体を抱きしめ、しばらくの間、声を上げて泣いた。
翌日。
泣き疲れて眠ってしまった僕は、腫れ上がった目を重々しく開いた。
内心、夢であってほしいと願っていたのに、本当だったなんて、最悪だ。
グルルル。
そんな中、僕の体は空気を読まずにご飯をくれと騒ぎ立てる。
そういえば、昨日から何も食べていなかった。
こみ上げてくる空腹感に、自分自身に幻滅して深いため息が出た。
「はあ……」
頭の中はごちゃごちゃだが。
そうだ、僕にはケイコさんがいる。
彼女のためにも、こんなことをしているわけにはいかない。
家を出てから一度も連絡していないから、普段の彼女の性格なら今頃心配しているだろう。
電話しないと。
幸い、スマートフォンは頑丈なのか、あの状況で無事だった。
ケイコさんに電話しようとスマートフォンを持ち、声を出すために喉を整えたが。
「あ、あ…う、ん、あ……」
喉からしゃがれた金属音が漏れ出た。
このまま電話したら、いらぬ心配までさせてしまう。
まずは元気を出してから連絡することにしよう。
僕は看護師を呼んで粥をもらった。
一口食べると、口いっぱいに花火が弾けるような強烈な美味しさが広がり、夢中でかき込んだ。
器を空にして、スプーンを置いた。
なぜだか少し恥ずかしさがこみ上げてきた。
お腹が満たされると、また色々な考えが押し寄せてくる。
ふと、昨日、防衛庁の隊長に言われた言葉を思い出した。
「確か、僕と一緒に車に乗っていた成人の男女と、同い年に見える男が死んだと言っていたような……」
昨日は正気でいられる状況ではなかったので聞き流していたが、
よくよく考えてみると、ユイが死んだという言葉は聞いていない。
ガタン。
僕はベッドから抜け出し、ドアを開けて外に出た。