第八話:なまえ
ヴァリオスが一口ずつ、ゆっくりと匙を運んでやると、少年は警戒しながらもそれを受け入れ、
そして――ぽたり、ぽたりと涙がこぼれた。
「……どうした?」
ヴァリオスは戸惑いながらも、優しく抱き直し、ぽんぽんと背中をさする。
グレイソンは少し離れた位置から、その様子を静かに眺めていた。
どこか、微笑ましい家族のようでもあった。
「……そういえば、お前に名はあるか?」
ヴァリオスが問いかけると、少年はヒックヒックとしゃくりながら、かすかに首を横に振る。
「……ならば、名をつけねばな」
ふと、ヴァリオスの頭に先ほどの豆のスープの色がよぎる。
温かく、柔らかく、優しかった。
「……ルカ、というのはどうだ?」
◇
その言葉を聞いて、すぐさま反応したのはグレイソンだった。
「ルカ……ですか?」
ヴァリオスは少し気まずそうに視線を逸らしながら、小さく答える。
「……そうだ」
「……まさかとは思いますが、ルカ豆のスープから?」
鋭い指摘に、ヴァリオスは口をつぐむ。
その様子を見て、グレイソンは眉を寄せてため息をついた。
「犬や猫ではないのですから、もう少し意味のある名前の方がよいのでは?」
たしなめるような声にも、ヴァリオスは特に反論せず、ただ視線を落とす。
だが、当の子供──ルカは、そんな二人のやり取りなど聞こえていないかのように、
ぽつりと「ルカ」という響きを胸の奥で何度も繰り返していた。
(ルカ……)
それは、音の形で、初めて自分だけのものになった言葉。
温かくて、やさしくて、耳に残る。
「……他の名にするか?」
ヴァリオスが子供に向き直ってそう問いかけると、
はっと我に返ったように、ルカは首を大きく横に振った。
「……ルカで、いいのか?」
今度は、こくんと――けれどしっかりと、縦に首を振る。
その瞳は、初めて自分の名を得た喜びに、静かに輝いていた。
ヴァリオスはゆっくりと頷くと、腕の中の小さな存在をそっと抱きしめ直した。
ルカはまだ「笑う」ということがわからない。
けれどその瞳には、確かに「うれしい」が宿っていた。
◇
ヴァリオスは名を与えたあと、小さく頷いたルカを見つめ、静かに口を開いた。
「……では、我も名乗ろう」
その声は相変わらず感情に乏しく淡々としていたが、どこか慎重さがにじむ。
ルカの目をじっと見つめながら、ゆっくりと言葉を綴る。
「我が名は、ヴァリオス・グラン・ディアハルト。魔族の王だ」
「魔族」「王」――その響きに、ルカの小さな肩がびくりと揺れる。
(……まおう?)
その言葉に、聞き覚えがあった。
奴隷商の大人たちが酒臭い息を吐きながら話していたことがある。
「あの闇の魔王にだけは逆らうな」「奴隷の首など、ひと睨みで吹き飛ばす」
笑い話とも、警告ともつかない会話だったが、子供の耳には確かに届いていた。
“まおう”は、怖いもの。
怒らせれば、死…
──そんな風に思い込んでいた。
けれど今、自分を見下ろすその人は、温かいスープをくれた人。
そして、僕に、名前をくれた人だ。
そばにいるのに、怒鳴りもせず、手も挙げない。
混乱のままルカはうつむいてしまい、返事もできずに視線を逸らした。
そんな反応を見たヴァリオスは、しばし沈黙する。
そして、目を細めて静かに言葉を継いだ。
「怖がるのも無理はない……お前のような年であれば、なおさらだな」
言葉には、どこか遠い過去を思い出すような響きがあった。
「だが我は、お前に危害を加えるつもりはない。」
ルカは顔を上げた。
その目にはまだ迷いと怯えが残っていたが、ほんのわずかに、光が射していた。
その様子を見ていたグレイソンが、柔らかく一礼するように頭を下げる。
「私はグレイソン・エドガー。この城で主──ヴァリオス様に仕えております。……必要なことがあれば、いつでも言ってください」
ルカは言葉が出せない。
ただ、視線を少しだけヴァリオスとグレイソンに向ける。
ゆっくりと、こくんと頷く。
その小さな動きに、二人はわずかに微笑んだ。
※この作品は創作支援AIのサポートを受けて執筆していますが、すべてのアイディア・キャラクター・展開は作者自身によるものです。