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魔王に拾われた人間の子供のお話  作者: 憂依ーyuuiー
第一章◇はじまり
7/9

第七話:あたたかく、やさしい

 静かに扉が開き、グレイソンが戻ってきた。


 先ほどとは違い、その姿には魔族の象徴である角も翼もない。

 人間に近しい容姿へと変身魔法で偽装したその顔には、いつもの穏やかな表情が浮かんでいる。


 手には掃除用具と、子供用の服が数点。

 その上に乗せられていたフリルのついた白い服を見た瞬間、ヴァリオスは視線を逸らした。


「ふふ、只今戻りました。…こちらは覚えておいでですか?」


 グレイソンがワンピースのような服を掲げ、うっすらと笑みを浮かべる。


「……それは、着なかったはずだ」


「ええ。可愛らしすぎると仰って、一度も袖を通しませんでしたね。

 そのとき一緒に仕立てたこの“かぼちゃパンツ”も。サイズは調整済みです」


 そう言って差し出されたのは、ふわふわと丸みのある白いズボン。

 装飾の金糸が控えめにきらめいている。


 ヴァリオスが何か言いかけたとき、グレイソンはさらりと続けた。


「……夜中、トイレに間に合わず粗相をされたのも、確かこの服を受け取った翌日でしたかね」


 ヴァリオスの表情が固まる。


「……覚えていたのか」


「もちろんです。王の名にかけて、しっかり記録しておりますとも」


 冗談めかした調子に、ヴァリオスは何も言い返せずに小さくため息を吐いた。

 そのやり取りを聞いていた小さな存在——子供は、布に包まれたまま、そっと首を動かす。


 怒鳴り声も、怖い音もない。

 ここにいる人たちの声は、柔らかく、優しい。


 ゆっくりと顔を上げた子供の瞳が、ふたりを見上げる。

 怯えの色は完全には消えていないが、先ほどのような強い恐怖ではなかった。


 








 服を着替え終えた子供を、そっとベッドに戻す。

 黒と金を基調とした豪奢な寝台に、小さな白がぽつりと横たわるその姿は、まるで夜の中に咲いた花のようだった。


 グレイソンはすぐさま手際よく床の掃除を済ませ、淡々とした所作でタオルを交換していく。

 部屋の空気は落ち着きを取り戻し、ようやく一息ついたそのとき——


 クゥ~と、小さく可愛らしい音が部屋に響いた。


 小さな腹の音は、夜の静けさに紛れながらも、確かに響いた。


 少年は驚いたように腹を抱え、音を止めるように体を丸める。

 怒られると思ったのだろう。目も合わせず、じっと身を縮めるその姿に、ヴァリオスは静かに息をついた。


「……元気そうで何よりだ」


 ごくわずかに口元をゆるめ、そう呟いた。

 それは決して嘲るようなものではなく、ただ、安心をにじませた声だった。


 ヴァリオスはすぐにグレイソンへと視線を向ける。


「軽いものでいい。あたたかいものを」


「すぐに」


 深く一礼し、執事はすぐに部屋を後にした。







 しばらくして戻ってきた彼の手には、小ぶりな銀のトレイが一つ。

 その上には、湯気を立てる深皿が載せられていた。


 中身は、薄い青緑色のスープ。

 豆をすり潰し、塩も香辛料もごくわずかに抑えられた、胃にやさしい滋養の一品だった。


「目が覚めたばかりの体には、これくらいがちょうどよいでしょう」


 グレイソンはそう言って、ヴァリオスのそばにスプーンと共にトレイを差し出した。


 ヴァリオスはそれを受け取り、そっとベッドの脇に膝をつく。


「……飲めるか?」


 問いかける声に、少年はおそるおそる顔を上げた。

 恐怖はまだ完全には消えていない。それでも、怒声が飛ばないことに、ほんのわずかに緊張が解けている。


 ヴァリオスはスプーンにスープをすくい、少し冷ましてから差し出した。


「熱いぞ。ゆっくりでいい」


 少年はほんの数秒、躊躇したのち、そっと口を開けた。

 トロリとした温かなスープが、乾いた喉をゆっくりと潤していく。


 夜明けはまだ遠い。

 けれどこの部屋だけは、すこしずつ、ほんの少しずつ温度を帯びはじめていた。

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