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魔王に拾われた人間の子供のお話  作者: 憂依ーyuuiー
第一章◇はじまり
6/9

第六話:魔王と子供


 どこかで、水滴の落ちる音がしていた。

 遠くて、近くて、はっきりしない、不思議な響き。


 意識の深い霧の中で、その音だけが現実のように感じられる。


 まぶたがゆっくりと、重たく開いた。


 視界に映ったのは、黒い天蓋と、きらりと光る金の刺繍。

 どこまでも深い黒の中に、金だけが星のように浮かんでいた。


 (……ここ……どこ?)


 目が覚めたばかりの子供は、しばらく呆然とその天井を見上げていた。

 木の根も、泥も、痛みもない。

 今までいた場所とは、あまりに違いすぎる空間。


 怖い、という感情すら湧かず、ただ現実感がなかった。


 だが、数秒後――


 「っ……!」


 突如、何かを思い出したように子供の目が見開かれた。

 荒縄、鉄の音、馬車の揺れ、痛み、……そして、暗い森。


 恐怖が波のように押し寄せ、体が震え始めた。


 「……!」


 逃げなければ。ここがどこであっても関係ない。

 何かの罠かもしれない。次に来るのは、きっと…


 バサッと音を立てて布団を払い、起き上がろうとしたが――


 「……う、っ……」


 首にずしりとした重みがのしかかる。

 錆びついた鉄の首輪。それが動きを阻み、急な動作はできなかった。


 必死に耐えて、ようやく上体を起こし、足をベッドの縁に滑らせる。

 だが、子供の身体にはそのベッドは高すぎた。


 「……っ!」


 足が床につく前にバランスを崩し、そのまま重力に引かれる。


 どさっ、と鈍い音を立てて尻餅をついた。

 石造りの床がひんやりとしていて、肌に痛みが走る。


 痛い。けれど、それ以上に心臓が早鐘のように鳴っていた。


 (……に、げなきゃ……!)


 冷たい床に手をつき、よろよろと立ち上がろうとする――








 




 小さな物音で、ヴァリオスは目を覚ました。

 真夜中の静けさの中に、布が擦れるような、かすかな気配。


 薄闇の中で瞳を細め、ベッドの方へと視線を向ける。


 そこにあるはずだった、小さな影が――なかった。


 「……」


 カウチから素早く立ち上がる。

 その足元、ベッドの扉側の端に、黒い布団がわずかに垂れているのが見えた。


 落ちたのか――?


 ほんの一瞬、胸を冷たいものが駆け抜ける。

 慌ててベッドの脇に回り込むと、そこにいた。


 ベッドの側面に手をつき、よろけながらも立ち上がろうとしていた小さな人影。

 ヴァリオスと目が合う。


 その瞬間だった。


 子供の身体がぴくりと震え、音もなく腰を抜かして崩れ落ちた。

 唇がわなわなと震えている。声は出ない。足も動かない。

 ただ、恐怖の色だけがあらわな瞳に浮かんでいた。


 這うようにして、その場から逃げようとする。

 腕だけで床を掻き、足を引きずり、ヴァリオスから距離を取ろうとする。


 


 けれど、壁はすぐそこだった。


 これ以上は進めない。逃げ場はない。

 子供は壁に背を押しつけ、震える体をさらに小さく、ぎゅっと丸めた。


 何も言わず、ただ恐怖に固まりながら。


 ヴァリオスは数歩、静かに足を踏み出した。

 自分の姿がこの子供を怯えさせていることは、十分に理解していた。


 黒い角に大きな翼。魔族とわかるその姿。



 彼はそっと片手を持ち上げ、静かに、変身魔法を発動する。

 角と翼がふっと揺らぎ、影のように消えていく。

 姿かたちはそのままに、人間の目にも自然な姿へと変わる。


 「……」


 角も羽も消えたが、子供の恐怖は消えない。

 その小さな身体は、言葉も出せぬほどに震えていた。


 ヴァリオスは、できる限りゆっくりと、近くに置いてあった大きなバスケットタオルに手を伸ばす。

 それを広げ、まるで小鳥を驚かせぬような動きで、そっと子供の身体にかぶせる。


 「……すまない、怖がらせるつもりはなかった」


 やわらかく、低い声が響いた。

 包まれた小さな肩が、ぴくりと揺れる。


 ヴァリオスはゆっくりとタオルごと子供を抱き上げた。


 その瞬間――


 子供の身体から、じわりと液体がにじみ出る。

 恐怖のあまり、漏らしてしまったのだ。



 ヴァリオスは眉ひとつ動かさず、それを受け止める。


 「……」


 何も言わず、ただその小さな背中を、ぽんぽんとあやすように優しく叩いた。

 まるで赤子を抱くかのように。


 恐怖も、痛みも、言葉も、何もいらない。

 今はただ、そばにいると伝えるための仕草だけを。

 









 「失礼いたします」


 

 グレイソンは、音もなく扉を開け、静かに部屋へと足を踏み入れた。


 そして目に映ったのは、タオルに包まれた小さな体を抱きかかえるヴァリオスの姿。

 彼の腕の中で怯えた様子の子供が、小さく身体を震わせていた。



「…どうされたのですか?」


「……驚かせてしまったようだ。悪いが、着替えを持ってきてくれ。……あと、掃除も頼む」




ヴァリオスの指から、つっと垂れた液体に目をやると、

グレイソンはすぐに状況を理解したらしく、無言で一礼し、静かに部屋を出ていった。






 再び二人きりになる空間。



 小さな体を胸に抱きながら、ヴァリオスはふと、自分の幼い頃の記憶を思い出していた。



 まだ言葉も覚束ない頃。夜中に悪夢を見て、ひとりで泣いていたあの夜——


 生前の母が寝室から現れ、何も言わずに自分を抱き上げてくれた。


 あの時の、細く温かい腕の感触だけは、今も記憶に残っている。



 (……あれは、たった一度きりだった)



 それでも、そのたった一度の記憶が、どれほど心を救ってくれていたかを、今なら理解できる。

 だからこそ、目の前のこの小さな命にも、同じように。



※この作品は創作支援AIのサポートを受けて執筆していますが、すべてのアイディア・キャラクター・展開は作者自身によるものです。

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