第五話:魔王の駄々と執事の理性
子供の髪と身体を清めたのち、グレイソンはふわふわのタオルでその身体を包み、静かに抱き上げた。
眠ったままだが、湯のぬくもりにほんの少し頬が赤らんでいる。
「客間の寝具を整えさせましょう。さすがに一晩で衣服は間に合いませんが――」
「……我の部屋に寝かせろ」
その静かな提案を遮るように、ヴァリオスが口を開いた。
「は?」
「客間は遠い。我が見ている。」
「……」
無表情なままのグレイソンだったが、その目元には明らかに『また始まった』と書いてある。
「陛下。人間の子供一人のために、王室の寝所を開放するのは前例がございません。
しかもお相手は、身元も分からぬ上に鉄の首輪をつけた――」
「……一晩だけだ」
「――そして、王の寝台に子供用のベッドなどあるはずもなく」
「…共に寝る」
「ダメです。潰してしまいます」
「ならば私が、カウチで寝る」
ヴァリオスの深紅の瞳は真剣そのもので、そこに譲歩の色は一切ない。
「……」
グレイソンは黙って小さく溜め息をつくと、踵を返した。
「では、寝具の調整をいたしましょう。……多少の不便はご容赦ください」
こうして――魔王の寝室は、異例の“特別宿泊客”を迎えることとなった。
* * *
王室の寝室は、まるで夜の宝石箱だった。
黒を基調とした深く静かな空間に、漆黒の天蓋付きベッドが中央に据えられている。
織りの細かい黒の絹布には、光の角度で金の文様が浮かび上がり、
四隅には燭台が配置され、揺れる灯火がベッドの装飾を柔らかく照らしていた。
壁には金縁の絵画、天井は夜空を模した星の細工。
まさに“闇の王”の私室にふさわしい、威厳と静寂に満ちた空間。
その中心、キングサイズの豪奢なベッドの端に、ひときわ小さな身体が静かに横たえられていた。
黒いシーツに、あどけない寝顔。まるで漆黒の海に浮かぶ月のようだった。
ヴァリオスはその様子を黙って見つめていたが、ふと部屋の隅――
自分の書斎兼休憩スペースに据えられたカウチに目をやる。
それもまた黒地に金装飾の、上等な革張りのものだったが――サイズはどう見ても、ひとり用。
グレイソンが軽くシーツをかけ、枕を整えている。
「……翼が、出るな」
「はい。お一人用ですので」
「……背中が痛くなりそうだ」
「明朝、回復魔法をかけて差し上げます」
「……」
「どうぞ、ゆっくりお休みください」
グレイソンは完璧な微笑みを浮かべて、深々と一礼すると部屋を後にした。
部屋には、やがて静寂が戻る。
ヴァリオスはベッドへと視線を移し、眠る子供の横顔を一瞥する。
その目に、ほんのかすかに、優しさのようなものが浮かんだ――気がした。
「……潰さない方が、確かにいいな」
そう呟いて、彼は大きなため息と共に、カウチへと腰を下ろす。
世界の王の夜は、かつてないほど、窮屈で――やさしいものとなった。
※この作品は創作支援AIのサポートを受けて執筆していますが、すべてのアイディア・キャラクター・展開は作者自身によるものです。