第二話:交わらぬ種族
――聖歴二千五十六年。
その年、人族は欲望のままに魔族の領土へと侵攻を開始した。
肥沃な土地、魔力宿る鉱脈、豊かな森。
どれも人間の国にはなかったものだった。
幾度となく繰り返された戦争の中でも、この侵略戦は特に苛烈で、
やがて人族は〈聖王〉と〈勇者〉を擁立し、魔族を打倒せんとした。
それは、まさに「勇者と魔王」の戦いと語られる歴史の幕開けであった。
だが、結果は明白だった。
人族が誇った軍勢は、魔族の軍に蹂躙される。
天を舞い、地を凍てつかせ、雷を落とし、万物を灰に帰す魔族たち。
彼らの力は、人間が想像していたそれとは比べ物にならなかった。
特に、当時の魔王――
ヴァリオスの父であり、ディアハルトの名を冠する先王は、
その威厳と冷徹さで世界を震撼させる存在であった。
やがて人族は敗北を悟り、和平を申し出る。
魔族はもともと人族に関心がなかった。
必要もない争いにこれ以上力を割くことを好まず、魔王はそれを受け入れた。
こうして、〈闇王と聖王〉による平和協定が結ばれ、
人族と魔族の間に、一応の「停戦状態」が生まれることとなる。
それからおよそ百年――
現在に至るまで、その協定は破られていない。
魔族の王は代替わりし、現王ヴァリオスがその玉座に就いて久しい。
彼の父――先王は今や隠居し、世界を気ままに旅する生活を送っている。
だが、表面の平穏とは裏腹に、
人族と魔族の間にはいまだ深い溝が残されている。
互いに干渉はせず、ただ距離を保ち、
共に歩む未来など、誰も信じていなかった。
闇の王は、それを理解していた。
だからこそ、森で拾ったあの小さな命――
人間の子供を連れ帰ったことが、どれほどの波紋を生むかも、容易に想像がついていた。
それでも、彼は動いたのだ。
まるで何かに導かれるように。