第一話:魔王と夜の森
月が雲に隠れ、世界が静寂に包まれるころ。
魔王ヴァリオス・グラン・ディアハルトは、ひとり夜の森を歩いていた。
重く垂れた濡れ羽色の長髪が風に揺れる。
広大な闇の中でも、その深紅の瞳は迷わず進む道を見定めていた。
彼は魔族の王。――闇の魔王と恐れられる存在。
けれど今夜は、そんな肩書きとは無縁の、ただの散歩だった。
「……ん?」
ふと、足元の土の感触が変わった。
目を凝らすと、地面に深く刻まれた轍の跡が見える。
人間の馬車が通ったものだ。
この森の奥深くまで来るなど、常識的にはあり得ない。
魔族の縄張りであるこの地に、人間が足を踏み入れるなど。
(愚か者か、あるいは――)
彼はそこで踵を返した。
面倒ごとに関わる気はなかった。
……だが、その時。
ふいに、木の根元から微かな気配が漂ってくる。
命の、かすかな気配。
ヴァリオスは指先をわずかに動かした。
火の魔法が、ぱっと宙に灯る。
その光が照らし出したのは――
「………………」
傷だらけの、5,6歳ほどの小さな人間の子供だった。
銀に近い白髪は泥にまみれ、顔は痣と血で覆われている。
手は荒縄できつく縛られ、脚はありえない角度に折れていた。
首には錆びついた鉄の首輪。
まるで物のように捨てられたその姿に、ヴァリオスはひとつ瞬きをした。
「……子供?」
その子供はかすかに息をしていた。
ヴァリオスは一歩、また一歩と近づく。
足元の枝がぱきりと折れる音に、少年が微かに身じろぎした。
(拾うのは――やめておくべきだな)
ふと思い出す。つい数日前、森で片翼を負傷した魔物の幼体を保護したときのことだ。
連れて帰った瞬間、執事のグレイソンに「またですか」と深いため息をつかれた。
その後、しっかりと説教もされた。――もう拾わないように、と。
だが。
魔法の灯火が、少年の顔を再び照らしたその瞬間。
少年のまぶたがわずかに持ち上がり、薄く開かれた瞳と、ヴァリオスの紅の視線が重なった。
青と緑の中間。
ひどく濁っているのに、不思議な深さを持った瞳。
次の瞬間、少年はその瞼を再び閉じた。
(……なん、だ?)
それでも、ほんの一瞬、何かが胸の奥をかすめた。
それは哀れみでも、好奇心でもない。もっと感情とは遠い、深い感覚――
「……仕方あるまい」
そう呟いて、ヴァリオスはしゃがみ込んだ。
指先で軽く空を切る。すぐに淡い光が少年の身体にまとわりつき、治癒の魔法が静かに発動する。
折れた足の骨が正しい位置に戻り、内出血が引いていく。
擦り傷や裂傷もひとつずつ癒えていき、呼吸が少しだけ安定した。
続けて、彼は手首に巻かれた荒縄を見下ろす。
長く伸ばされた黒髪の間から覗く手の指先に、魔族特有の鋭い爪が現れる。
すっと、一太刀。
荒縄は切れ、子供の手首が解放された。
だが――
「……これは、壊せぬか」
首輪に手をかけたヴァリオスは、眉をひそめる。
ただの鉄ではない。人間の術者がかけた何らかの封印か、拘束の魔術が付与されている。
力で無理に壊そうとすれば、少年の首ごと吹き飛ばす可能性すらあった。
「……仕方ない。」
溜息をつく。
これは間違いなく、また怒られる流れだ。
それでも――このまま捨て置くなど、選択肢にはなかった。
闇に生きる魔族の王が、傷ついた人間の子供を腕に抱え、森の奥を後にする。
その背に、夜風が静かに舞っていた。
※この作品は創作支援AIのサポートを受けて執筆していますが、すべてのアイディア・キャラクター・展開は作者自身によるものです。