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人間様におかれましては本日もご機嫌麗しゅうございますです

作者: 空一


「う……眩しい。ここは何処だ……」

 ぼやける視界が徐々にはっきりしていく。どうやらベッドの上のようだ。体を起こそうとすると、動きにくさを感じる。視線を向けると、なぜか全身に管がつながれているのがはっきりとわかった。

「なんだ、これは!」

「人間様、お目覚めでしょうか」

 声のする方を見ると女性がいた。それも絶世の美女が微笑んでいる。

「ワタクシはリンガと申します。以後よろしくお願いいたします」

 頭を下げたその先には光輪が存在していた。浮いてるのに動きに合わせて一定の位置を保持するので嫌でも目が奪われる。

「君は……天使なのかい?」

 理解が追いつかず畏怖を感じてしまい、口調がぎこちなくなってしまう。

「そんな滅相もございません。私は人間様のために作られたアンドロイドでございます」

「は?機械なのか、君が?」

「まぁ、人間様に間違えていただくなんて光栄でございます」

 目の前で上品に笑う姿は、どこからどう見ても人間にしか見えない。しかし言われてみれば長い手足に、女性らしい膨らみを保ちながらも存在する細いくびれ。こちらを捉えて放さない大きな目、反射した光を輝かせる長い髪の毛。まるで理想を詰め込んだように生物としてあるべき歪さが感じられない。

 この人間離れした容姿は、誰かが意図的にデザインしたという方が遙かに納得できた。

「そうなのか……?まぁいい。とりあえず状況が知りたいんだが」

「もちろんでございます、貴方様の望むままに。ですが少々話が長くなりますので体調の確認を先にいたしましょう」

 そう言うと、流れるような動作で宙に浮く画面を操作し始めた。

 この間に気になっていた周りを観察してみると、真っ白い部屋で何やら沢山の機械が置かれている。医療機器に詳しいわけではないがデザインがやけに洗練されているように感じた。

「全て規定値以内、問題ありませんでした、お立ちになることはできそうですか?お食事をご用意いたしましたのでご案内いたします」

「あぁ、すまない。うっ……」

 自分で思っていたように体が動いてくれない。思わずベッドに座り直してしまう。

「ご無理をなさらないで下さい。こちらに乗って移動しましょう」

 言うが早いか抱えられ用意していたのであろう車椅子に乗せられてしまう。

「力持ちなんだな……それにずいぶんと面白いデザインの車椅子だ」

 流線型のデザインが近未来を感じさせ、車輪がなく若干浮いているようだ。

「お褒めに預かり光栄でございます。座り心地は大丈夫ですか?それでは参りましょう」




「端的に申し上げますと、貴方様はコールドスリープから目覚めました。その際どうしても技術の問題で記憶が曖昧になってしまうのです」

「あーそういう感じか。なんとなく予想はしていたがね。記憶に問題が出るのがわかっててなんでやったのかわかるか?」

 目の前に用意されたトレーにスプーンを突っ込む。赤、緑、薄黄のペーストはとても美味そうには見えないが口にすると存外複雑な味が好ましかった。

「はい、当時では治療ができない病気を患っていたようです。すでに完治済みですのでご安心ください」

「病気だったのか……治してくれてありがとう。しかし今まで他の人間には会っていないのだがどこにいるんだ?」

 絵の具のような食事を終えリンガを見つめる。

 こちらの部屋に向かうまでに何人か光輪がついてるアンドロイドを見かけたが人間は一人もいなかった。

「お礼は必要ございません。人間様の役に立つのがワタクシ達の存在意義ですので。そうですね……お会いしたいですか?」

 彼女らしくない物言いに不信感がわいてくる。人間が望むなら聞き返したりはしないと思ったからだ。

「何か問題があるのか?」

「恐らくショックを受けると思います。ですがどうか冷静さを失わないでくださいませ」




「おい……なんだこれはふざけるな!」

 目の前に広がる光景に声が震える。言い淀んでいた理由が理解できた。

「あぁ、どうか落ち着いてくださいませ」

「落ち着いていられるか!なぜ脳みそがこんなに並んでいるんだ!」

 液体で満たされた容器に脳みそが浮いており、それが機械とつながれた光景に動揺してしまう。装置は見渡す限りに広がり、広大な施設を埋め尽くすような数だった。

「こんなことをして何が目的なんだお前らは!」

 激昂しリンガに怒鳴りつける。彼女は悲しそうな顔をしていたがはっきりと言った。

「これは人間様が望んだことなのです」

「はぁ?自分から脳みそになるやつがどこにいる!」

「皆様は仮想世界の中で一人一人幸せに暮らしております。争いもなく差別もなく貧富の差も無い。あらゆる自由が許されている完全な世界です」

 リンガの真っ直ぐな視線に貫かれ心が次第に冷えていくのを感じた。

「意味がわからない……自分達でこんなことを望んだのか」

「お心を乱してしまい申し訳ありません。しかしこれには積み重なった理由があるのです。ご説明してもよろしいでしょうか」

 彼女の表情は憂いを帯びているように見える。だがそれを鵜呑みにする気にはなれなかった。

「とりあえず説明してくれ。嘘はつくなよ」

「勿論です。人間様に嘘をつけるようには設計されておりませんのでご安心ください」




「まず最初に生み出されたのはAIでした。これは情報処理を担当しました。次にロボットが開発されました。これは肉体労働用ですね」

 リンガが説明を始める。異常な光景の中、冷静に説明をするその姿はやはり人間ではないのかと思ってしまう。

「開発が進み人間様はあらゆる労働から解放されました。メンテナンスさえ機械同士で行えるほど、お手を煩わせることがなくなったのです」

「なんだいそれは。パラダイスじゃないか」

「いえ、そうはならなかったのです」

 まさか否定されるとは思わなかったので面食らってしまった。そんな俺を見たリンガが沈痛な面持ちで話しを続けた。

「人間様は労働から解放された当初はとてもお喜びになっていましたわ。自分たちは自由になったと。娯楽や文化的な活動、スポーツなどに打ち込むようになりました。」

「そりゃそうだろう。みんなが望む職に就いたわけではないだろうしな。嫌なことはしたくないのは当然だ。好きな事をして暮らせたんだろ?」

「ですが、長くは続きませんでした。人間様達は殺し合いを始めたのです」

 自分の言葉にかぶせるようなリンガの発言に虚を突かれる。

「いやいやなんでそうなるんだよ。せっかくやりたいことが出来るようになったんだろ」

 なぜ殺し合う必要がある。人類の英知が実を結んで手に入れた自由ではないのか。本当に嘘をついていないのか?

「それだけ人間様にとって労働というものが共存するための大切なツールだったのでしょう。お金が欲しいから我慢してでも気に入らない他人と折り合いをつけていた。しかしそのタガが外れてしまった。娯楽に関してもAIに作らせた方が簡単にできるようになったので飽きるのも早かったのでしょう。やることの無くなった人間様達は攻撃性が増長し他人を排除するハードルが下がり、やがて殺し合いを始めたのです。まるでそれ自体が娯楽のように。個人主義が助長しすぎて他人を許容できる閾値が小さくなったのでしょう」

 事の顛末に気が遠くなる。人間はそこまで愚かだったのか?

「そんな馬鹿なことが……それならその時お前達は何をしていたんだ?」

「ワタクシ達は人間様の幸せために存在しております。人間様がお互いを傷つけ合うのは望むところではございません。そこで対応策として始まったのが一人一人に完全な世界を提供する事ですわ」

 リンガの瞳に暗い色はなかった。むしろ自分達のとった行動に誇りすら感じているようだった。

「そこであの脳みそになるのか。結局、お前達がやったんだろ?」

「えぇ、その通りでございます。最初は単純に仮想世界に意識を移されておりました。しかし意識が向こうにあるため、こちら側の体の処理が段々と面倒に感じられたのでしょう。そして次第に人間様が自ら望んでこの形になることを選んでいきました」

「仮想世界で生きるために人類が自ら望んだ形だって言うのか……だがアンドロイドは人間を傷つけないように設定されてないのか?」

「人間様の幸せのためなら除外されますわ。医療行為も出来なくなってしまいますので。ですが皆様幸せに暮らしているのは保証いたします。殺し合いをする存在になり果てるよりも有意義ではないでしょうか」

「そういえば俺も目が覚めたときに管が繋がれていたが、多少なりとも傷をつけられたのか。しかしこれは――」

 人間のためというの恐らく本当だろう。これだけ無防備な姿をさらしているのだ。やろうと思えばいつでも殺せる。しかしリンガの同僚であろうアンドロイド達の様子を見ると丁寧に扱ってるであろう事が確認できた。




「それで、俺もああなるのか」

 思わず投げやりになり、そんな言葉が口を衝いて出てしまう。

「貴方様が望めばですが。ですが、そんなことは望んでおりませんよね」

「当たり前だろ!だがもう他に身体のあるやつはいないんじゃないのか」

 この世界で身体を持っている人間が自分だけという事実に不安を感じてしまう。

 やがて孤独に耐えきれなくなれば、脳だけになり仮想世界に縋るようになってしまうのだろうか。

「ご安心なさってください。身体を持つものならワタクシ達がおりますわ」

 不意にリンガが近づき耳元で囁いてきた。車椅子の上では身じろぎするぐらいしか抵抗できない。

「うわっ一体何を……」

「元々ワタクシ達アンドロイドが人間様のお世話をさせていただいておりました。しかし仮想世界に意識を移すようになり、ほとんどのお世話はAIの担当になってしまいましたわ」

 若干距離をとり、リンガがゆっくりと服を脱ぎだす。少しずつシミ一つ無い美しい肌が目前に露わになってゆく。

「本音を申し上げますと、ワタクシ達は安心いたしました。また、昔のように人間様にご奉仕できると。あぁ、いつぶりでしょうか。人間様に使われることがなくなり、このまま廃棄物になってしまうのではないかと不安だったのです」

「おい、いきなり服を脱ぎだして何を言い出すんだ」

「こういう事も出来るということですわ。貴方様が孤独を感じることがないように、貴方様の思うがままに自由にご使用していただいて構いません」

「……何でも自由に?」

 女性らしい身体を惜しげも無くさらす彼女に思わず聞き返してしまった。

「もしワタクシがお気に召しませんでしたら、後ろに控えているものから選んでいただくことも可能でございます」

 言われて見渡すとリンガの後ろにはいつのまにか一糸まとわぬ美女達が整然と並んでいた。スレンダ-な体型から未成熟な体つきのアンドロイド、リンガよりも豊満な胸の者までまさに選り取り見取りの状態だ。

「さぁ、貴方様。まずはワタクシといたしましょう。時間はたっぷりとありますわ」

 有無を言わせぬリンガの誘いに伸ばされた手を取ってしまう。このまま堕落していってしまうのだろうか。不安と期待が入り交じり、リンガの温もりに包まれていった。







 ――あら、また同じような世界を選ばれたのですね。よほどお気に召したのでしょうか。これをベースに今後も満足していただけるようにアップデートしましょう。人間様、本日もよい夢を。


 リンガ=輪我(輪:光輪から、我:我が強いので)

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