第7話 咄嗟の嘘
「さてと…」
さっさと路地裏から出て街灯に照らされた表通りに着くと、少女と繋いでいた手を離して改めて向かい合う。
栗色の髪に翡翠色の瞳をした可愛らしい女の子だった。年は13、4くらいだろうか。
少女を見つめるも、さっきからぼーっとしたままだ。
「えっと、俺の名前は緋野嵐って言うんだけど、君は?」
「……」
「…大丈夫?」
「……」
一体どうしたものか。
困り果てた嵐は、少女の肩に手を置いて軽く揺すってみる。
ガクガクガク…
ガクガクガクガク…ハッ!!!
「あ、れ?私は一体…」
ようやく還ってきてくれたらしい。ふぅ、と安堵のため息をつく嵐を見た少女は瞬間、また意識を――――
「ちょっと待った!!!」
ガシッ。
急いで肩を掴むと、ハッとしたような顔になり…真っ赤になって俯いてしまった。
(熱でもあるのか…?しかしこれじゃあ埒が明かない…)
内心深いため息をつきながら、どうしたものかと少女を見る。
「うーん…」
「あのっ…助けてくださって有難うございました」
少女に目を向けると、相変わらず俯いたままだったがどうやら正気を保つことが出来たようだ。
「あぁ、別に気にしないで。たまたま通りがかっただけだし」
嘘です。丸聞こえ&寝覚めが悪くなるという理由で助けました。なんぞ言えるわけがない。
「いいえっ!でも助けて頂いたのは事実ですし。お礼をしないわけには…ええっと…」
「緋野嵐」
「ヒノラン、さん?」
「あ、名字が緋野で名前が嵐だ」
(さっきも名乗ったんだけどな(泣))
「…ランさんとお呼びしても?」
「別に呼び捨てでも良いんだけど…君の名前は?」
「あっ!すみません。自分が名乗る前に相手に聞くなんて…私はレテアっていいます。ランさんってもしかして貴族の方ですか?」
「えっ!?…どうして?」
「名字がある方は、貴族の方か王族の人間にしか与えられないので」
「へ、へぇ~」
(やばっ!まさか名前でこんな面倒な事になるなんて…ええいっ、こうなりゃ適当かつ辻褄の合う嘘を…)
「…俺、捨て子だったんだ。それで偶然見つけてくれたじいちゃんが育ててくれて…そのじいちゃんが言うには、赤ん坊のお前の手に唯一握られていた紙に、ラン=ヒノって書かれていたんだ。って…だからきっと、没落したどこかの貴族が育てられなくなった俺を捨てたんじゃないか…えっ!!?」
「うっ…ぐすっ、うぅ」
レテアが泣いていた。
予想外デス。
そもそもラン=ヒノなんて短い名前の貴族なんかいるのかよ!とか、
貴族ってもしかして数が少ないんじゃ…とか、
話しながらバレルかもとヒヤヒヤしていたのだが、その心配は杞憂だったようだ。
嘘を付く罪悪感はあったが、本当の事を言っても信じて貰えないだろう。
むしろ「異世界から…ですか?病院、紹介しましょうか」
となるのがオチに決まっている。
そんなくだらない事を考えている間に、落ち着きを取り戻したらしいレテア。今だ目に涙を溜めているが。
「ごめんね。いきなりこんな話しをしちゃって…」
「いいえっ!!無粋な私が悪いんですっ!すみませんでした」
勢いよく頭を下げるレテア。
「ちょっ…頭を上げて?」
(参ったな、感情表現豊かなのは良いことだけど、今は抑えてくれると有難いなぁ…はぁ)
幸い、もうすでに暗くなり始めている事や、出歩いている者が少なかった事で注目を浴びずに済んだ。
「ほらほら、もう暗くなってきたし親御さんが心配するよ?送っていくから…帰ろう?」
「…はい」
やっとこさ頭を上げてくれたレテア。
歩き出す直前、言い忘れていたことを思い出す。
「あのさ、レテアにお願いがあるんだけど…」
「レテア……はっ!わわ、私でよければ!!」
頬を染めて答えるレテア。
そんなことに全く気づかない嵐は、レテアに言い忘れていた注意を『お願い』で誤魔化すことに意識を向けていた。
「ありがとう。えと、できればさっきの話し誰にも言わないでくれるかな。俺の両親が何で没落したかもわからないし、最悪命を狙われていたかもしれない。レテアには悪いけ「そんなことくらい任せて下さい!!例え親でもランさんの為なら絶対言いませんっ」」
「そ、そう…」
どうやら大丈夫みたいだ。
さっきからチクチク胸が痛むが、これも異世界で生きるためなのだからしょうがない。
「本当にありがとう」
「いえいえ…あ、いつの間にか大分暗くなってしまいましたね」
その言葉にふと顔を空へ向けると、確かに先ほどよりさらに暗くなっていた。
ようやく歩き始めた二人。
道中何気なくおじいちゃんは?と聞かれ、思わず死んだと答えるとまた泣き出してしまった。困った嵐は妹が泣いた時と同じように頭を撫でて落ち着かせる。すると、ピタリと泣き声が止む。
(っ!!なな撫で撫でされてる…はずかしぃぃぃぃ)
耳まで真っ赤に染まるレテア。泣いていたことなど頭から吹っ飛んでしまった。
落ち着くどころか逆効果(?)になっている。
しかし嵐は泣き止んだと解釈しほっとしていた。
―――真っ赤に染まるレテアの顔に、嵐が気づくことは勿論ないのであった。