第18話 少女の正体
あの鳥が見えなくなっても、尚空を見上げ呆然としている少女の元へ歩いて行く。
後々、説明するのが面倒になりそうな少女につけた障壁を、周りに危険がないことを確認してからさりげなく消す。
少女から2、3歩離れた距離まで近付くと、流石に気配に気付いたのか、びくっと肩を揺らしてこちらを振り返った。
(あらー…可愛らしい)
嵐は整った少女の容姿を見て見惚れるでもなく、のほほんとまるで老人のような眼差しで少女を見つめた。
「大丈夫だった?」
不安にさせないよう、にこりと微笑む。
「っ!……」
途端に、少女はみるみる頬を紅潮させた。
「……わ」
「わ?」
「わ、わら……」
「…藁?」
「わらわの、運命の人……」
「……」
(どういう事なの…)
うっとりと、頬を染め嵐を見上げる少女に、首を傾げ見つめ返す。
「えっと、何か勘違いしてるのかな?俺、そんなつもりで助けたわけじゃ…」
「…あの魔物の手足を切り刻んだのは、お主じゃろ?」
「?まぁ…」
「いつも――に閉じ込められ、やっとの事で外に出たと思えば魔物に追われて…そんな時に助けに現れたんじゃ。これはやはりわらわの……」
「……??」
ただ助けただけなのに、少女は俺を運命の人なんてものに見立ててしまったらしい。
(見た目12、3歳くらいだし、夢見る年頃なのかなぁ)
ぶつぶつと呟き、自分を置いて己の世界へ入った少女に、経験上声をかけても反応が返ってこないことは承知済み。どうしようもないので戻るまで放っておくことにしておく。
しかし…
なぜこんな所に少女がいるのだろう。
(あの口調もおかしい、よね?なんだかあの神様を思い出すなぁ…)
それに、少女の格好もおかしい。町にいた人々と比べて、灰色のコートは地味過ぎる。
それはまるで、目立つ事を避けているかの様な……
なんか
非常に
嫌な予感が、する……
(…まさか、ねぇ)
考えてもしょうがないので、そろそろ自分の世界から帰って来ただろう少女へ、ある確認をしてみる。
「そう言えばまだ名乗ってなかったね。俺の名前は嵐、君の名前を教えてくれるかな?」
名前がないと呼びにくい。それに、上手くいけばこの子が一般人であるかそうでないかが―――
「ラン…うむ、良い名じゃ。わらわは、フィア・スプ……フィアじゃっ!!」
「……フィア、ね」
「う、うむ」
こ…これは……
途中で言い直しちゃったよこの子。
レテアは名字があるのは貴族か王族だけって言ってたし、これでフィアが一般人ではないことがほぼ確定された。
――――ふと脳裏によぎるあの言葉
『王城からスカウトがきちまうね』
………。
昨日言われてこの有り様って一体…
いやいやいや、
もしかしたらフィアスプって名前だったけど、フィアに略したのかも。
貴族だとしてもきっと大丈夫だ、たぶん。
でも良かった…フィアが貴族だったとして、もしあの時転移で逃げていたら、王へ報告されていたかもしれない。
確かポニさんが、転移を使える人間はウェステン国の魔術士で一握りとか言ってたし……
あぶないあぶない。
「ところで、フィアはここで何をしていたの?」
「わ、わらわか!?……わらわは、少しばかり息抜きをしようと思って……そう、探検をしていたんじゃ!」
声が微妙に高くなり、明らかに話題が変わってホッとした顔をしているフィア。
きっと、嘘をついてもすぐバレるタイプなんだろうなぁ。
「魔物がうじゃうじゃいる場所に?」
「っ!……い、いやぁ~…実は町に行こうとしたんじゃが、道に迷って…」
「ん~?普通に行けば、町か外れの森へ行く道の看板が立ててあるはずだけど?」
「む!?あ、あーそうじゃった!いつもと違う道に行ってみようと、危険なのはわかっていたんじゃが、ちょっとした好奇心で…」
「ふぅ~ん……」
「な、なんなんじゃっ!?そんなにバレるようなこ……ぁ」
「……」
「……」
互いに目を合わせること数分。
「……わらわはバカじゃ…」
がっくりと肩を落とし、項垂れたフィアがその沈黙を破った。
(あらら。ちょっといじわるしすぎたかな)
「あーごめんごめん、別に言いたくなければ言わなくていいよ。今のは、ちょっとしたいじわる…かな」
「い、いじわる!?……」
「ほらほら、ここにずっといる訳にもいかないし、町に行こっか」
「!……うむ」
『町』という単語を発した瞬間、少女の体がピクリと反応したのを、嵐は見逃さなかった。
(町にどうしても行かなければならない用事でもあるのかなぁ)
まぁ、一般道から町に向かわなかった時点で、訳ありなんだろう。
(深く聞くのは、やめておこう)
うっかり、ただの一般人が聞いてはいけない話しを聞くことになるかもしれない。フィアならありえそうだ。
あくまで嵐は、自分の保身を第一に考えていたのだった。
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「おおっ!ラン、この食べ物おいしいのぅ!!…むむっ!?こっちの食べ物も美味じゃ!!」
「そう、良かったね…」
嵐はこっそり溜め息をつく。
町に着いてからというもの、さっきからずっとこの調子だ。
どこにそんな大きい胃袋があるのか、食べ物を売っている露店を見ては目をキラキラさせて見つめ、その場から微動だしなくなってはランが根負けして買い与え……
結果、嵐の財布であるインフィニーの中身は、ほぼカラっぽになっていた。
幸い、今日の依頼であるスネークと、赤ランクの魔物の換金はしていないので、一文無しにはならずに済んだ。
「賑やかでいいのぅ。……ラン、また連れてってはくれぬか?」
嵐に話しかけながらも、その顔は賑やかな人々を眩しそうに眺めていた。
「ハハハ…も少し食欲を抑えてくれたらね」
「むっ!?そんなに食べていたかのぅ……っ!」
「ん?」
さっきまで笑顔だったフィアの表情が、急に硬くなった。
それと同時に、賑やかな町がより一層騒がしくなったような気がした。
「ラン……急用が出来た。また会ったら遊んで欲しい」
さっきまでの楽しそうな表情は消えていた。
「疾風の如く走る。ウィンド―――では、さらばじゃっ」
「えっ……ってはやっ!!」
フィアのコートが一瞬、ふわりと靡いた後、あっという間に嵐の傍からいなくなった。
「風魔法、かな?……」
その唐突な行動に呆気にとられたが、すでに米粒程になっているフィアの後ろ姿を、坂で消えるまで見送った。
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(むぅ…やはり長居し過ぎたか。これではランとしばらく会えないのぅ)
思った以上に時間が経っていたらしい。
前方で、自分を探して怒鳴りあう見知った者達を見つけて、これからこってり叱られる事を想像し、ため息をつく。
「…帰りたくないのぅ」
(次脱走出来るのは、いつになるんじゃろう)
己の魔力の強さは並よりも高いと自負していたが、あんな魔物をいとも簡単に切り刻むランをみて、自分がいかに過信していたのか思い知らされた。
それに比べてランは、自分の魔力の高さに自惚れている様子もなかった。
あの惚れ惚れする容姿を持ちながら、自分の顔に無頓着な感じも好感が持てる。
(…あ奴に見習ってほしいもんじゃ)
偶然とはいえ、自分を助けてくれたラン。
ランにまた会いたい
会いたい
会いたい
会いたい
「はっ、そうじゃ!!会いたいなら、会えるようにすればいいんじゃ!!」
何を思い付いたのか、
目をギラギラと光らせたフィアは、早く行動したいとばかりに自分を捜す見知った者達の元へ向かって行く。足取りは軽やかだ。
「ふっふっふっ……ラン、びっくりするじゃろうな」
「―――誘拐なんてあってみろ!!あの方が……!!!」
怒鳴りあっていた者達が、不気味に笑いながら此方へ向かってくる少女の姿を認めると、サッと顔を青ざめて駆け寄って来た。
「「「「「フィア様っ!!今までどこへ行ってたんですか!!?」」」」」
見事にハモる5人の男達。彼らの服装はそこらの一般人と同じような服を着ていたが、腰には立派な剣を仕込んでいた。
「ぅおっ!!す、すまん」
想像していた以上の剣幕で詰め寄られ、びびるフィア。
「全く、いつもいつも脱走する度に探すのは俺達なんですからね!まさか、こんな所まで脱走していたなんて……」
「念のためにここまで来といて良かったですよ」
「いつもの場所にいないと思ったら、ねぇ」
「ああ」
「心配したんですからね!!あの方の取り乱しっぷりなんて…」
周りから説教をくらいながらも、これからの事を思うと、フィアはニヤニヤを抑えられなかった。
「――――ですよ!……って、何ですかそのニヤついた顔は!!」
「ぅ……すまん」
そんな風にこっぴどく叱られながら、フィア達は真っすぐ城へと進む道を歩いて行った。
(ふっふっふっ…今から楽しみじゃ)
**********
ゾクゾクッ―――
「っ!なんだろ、急に寒気が……」
ギルドへ寄る途中、得体の知れない寒気が嵐を襲った。気持ち悪いので腕を擦ってやり過ごす。
「あ…そういや、フィアはちゃんとお家に帰れたのかな」
(親に怒られてなきゃいいけど)
フィアが貴族だと思い込んでいる嵐は、まさかお家がお城だとは夢にも思っていなかった。
フィア・スプリーグ=ウェステン
ウェステン国の第一王女
だとは思いもせずに――――