第15話 疑い
お待たせしました<(_ _)>
「いやいや、お礼を言うのはこっちの方さ。…っておい、いつまでそうしてるんだ?あんた荷物持ってやりなよ」
あきれたように嵐を見るオッサンの視線に、やっと意識を戻す。
「ハッ!すみません……。もう、しょうがないですもんね、ソレ」
「はあ?」
「いえいえ!…何でもないです。あっレテア、そのカゴ俺に渡してくれる?」
(危ない危ない。これ以上考えてはだめだ……!)
「大丈夫です…ってあー!インフィニー忘れちゃいました…」
「あらら。そういや、インフィニーって皆持ってる物なのかな?」
「はい。買い物には必需品なんですよ。なのに…あぁ、何で忘れちゃったんだろう」
(…なんて。ランさんと出掛けるからって、浮かれ過ぎちゃったんだ)
がくっと肩を落として反省する。
そんなレテアを慰めながら、どうしようかと考える―――必要はなかった
(そーいや…)
嵐はふと自分の腰に目をやる。
そこには、作ったばかりのインフィニーが2つ。
「あーレテア、それなら俺持ってるよ。ほら」
腰にぶら下げておいた2つのインフィニーの内1つを、未だに項垂れているレテアに見せる。
「まだ一回も使ってないから綺麗だよ」
言いながら、あっという間にカゴいっぱい入った食材を、インフィニーへと移し変えた。
「わぁ~!ありがとうございます。ランさんのインフィニーって、小さいのによく入るんですね!」
ギクッ
(やっぱ実物みてから作ればよかった…)
「んん~?いや、そんなことないと思うよ?…さぁ、買い物も終わったし、帰ろうか」
「はい、そうですね。ラビおじさん、また来ますね~」
嵐の不審な様子に気付くことなく、レテアはさっきまで使っていたお店のカゴを元に戻すと、入り口付近に立つ嵐の元へと嬉しそうに駆けていく。
「おう、またな…」
嵐はラビさんに軽く会釈し、レテアと共にのんびりお店を後にした。
―――その様子を、視界から消えるまで見つめるラビおじさん。
「な~んか……」
不思議な青年だった。
それは初めて見た色のせいか、それとも整い過ぎた顔のせいなのか。会話という会話はしていないが、他の人達とは違う雰囲気があるように感じた。
何かこう、自然と人を惹き付ける様な……
「って、何考えてんだか」
答えの出ない疑問を考えたって仕方がない。頭を小さく振って思考を飛ばすと、今度は先ほどのレテアの顔が浮かんできた。
(……あの時の嬢ちゃんの目…ありゃあ誰が見ても恋してますってのがバレバレだったな)
小さい頃から顔見知りであるレテアの、あんな表情は初めて見た。まぁ、店に買い出しに来るだけなので、初めて見たのは当たり前かもしれないが。しかし、あんな心底嬉しそうな笑みをすることは、そうそうないだろう。異彩である青年の事は気になるが、嬢ちゃんの幸せそうな顔と比べたら、そんなことはほんの些細なことだと思えてくる。
「だが…あんだけの容姿だからな。他の連中が黙っているかどうだか…ぁ?」
「ねぇねぇ、見た!!?」
「ええ!!…なんて美しいのかしら……」
「隣にいる子、羨ましい~」
「男なのか…?!いや、きっと訳ありで男装を…」
「………」
イカツイ顔とゴツイ体型に、ちょこんと乗った可愛らしいうさ耳は、飾りではなくちゃんと獣人族の特徴である、優れた聴覚を持っている。
案の定、少し意識を向ければ、彼方此方であの青年の話で盛り上がっている声が聞こえてきた。…おかしなのも混ざっていた気もするが。
(…目立ちすぎるのも、大変なんだな)
これからも、奇異と好奇の眼差しで見られるだろう青年に、少し同情をした。
********
「ただいまー」
「ただいま帰りました」
「お帰り!ってレテア、インフィニー忘れて行ったね?」
「あはは…でもね、ランさんが貸してくれたから大丈夫だよ」
「ランが…?」
「はい。ちゃんと買ってきましたよ」
ドサドサドサドサッ…
キッチンへ行き、適当に台の上へインフィニーを逆さにして、大量の食材を出す。
「………」
「お母さん?」
ランがインフィニーを取り出す辺りから、微妙に顔つきの変わったイールラに、レテアは不思議そうに首を傾げた。
やがて真剣な顔でイールラは嵐を見つめ、口を開いた。
「ラン……あんた1日でそんなに稼いだのかい?…一体どんな仕事にしたんだい」
(うーん…さすがにイールラさんは誤魔化せないか)
昨日まで無一文だったくせに、1日で宿代を払い、さらにインフィニーを2つも持っているのだ。疑うのも無理はない。イールラは、嘘は見抜くぞとでも言うように、嵐の目をじっと見つめていた。
このまま説明をしなければ、きっと無一文だったのは嘘だったのではないかと疑われてしまうかもしれない。嘘をついても、レテアの様に誤魔化しはきかないだろう。さて、どうしたものか。
黙ったままなのは良くないので、ふぅ、と一息ついて口を開く。
「…俺は、帰ったら何の仕事かイールラさん達に話すつもりだったんです。今話してもいいんですけど、この後二人は夕食の準備がありますし、説明はその後がいいと思うんですけど…」
そんな嵐の提案に、イールラは一つ頷いた。
「…あぁ、そうだったね。それじゃあ夕食後にしよう」
「さて…」
夕食の時間も終わり、お客は部屋へと戻って静かになった頃。ここでは何だからと、キッチンの裏手にあるイールラさん達の部屋へ案内されて、三人は小さなテーブルに囲んで座っていた。
「ラン、何の仕事に決まったんだい?」
他愛ない話しをしてからそれとなく聞く様なことはせず、イールラは単刀直入に嵐へ問う。嵐もそれにならって言葉を紡ぐ。
「俺は…ギルドで働くことにしたんです」
「「……えっ!?」」
途端、イールラとレテアは目を大きく開けて、嵐を凝視した。
「え?おかしいですかね…?」
あまりにもリアクションが大きかったので戸惑う。と同時に、二人のそっくりな反応に、やっぱり親子なんだなぁ。と、どうでもいいことも考えていた。
「いや、別に、おかしくは…ないんだけど…」
「まさか…ランさんが、ギルドに…」
なぜかビミョーに嵐から視線をずらし、言葉を濁している。
(ああ、そう言うことか…)
あからさまな態度に、すぐにあの考えに行きついた。
これは…アレだ、アレだよアレ。
…悲しくなるからホントは言いたくないんだけど……
「…俺がギルドでやっていけると、思ってないんですよね…」
「「ぅっ!!…」」
(ビンゴーー!!!)
…ポニさんと同じだ。そうか、俺は頼りなく見えてるんだな。チクショー!俺の何がいけないんだ?顔か!?性格か!?全部なのかー!!?
「わかってますから…フフフ。俺みたいな奴が、ギルドで食べていけるように見えないって事くらい…ハハハ」
「いやいやいや、ラン落ち着きなっ!…確かにちょっとそう思ったけど、ちゃんとやっていける理由があるからそれにしたんだろ?」
「そ、そうです、あるんですよねっ?」
イールラさん、確かにって…そこは言わないで欲しかったな。
というか、やっぱり特殊な魔法については話した方がいいよな。…食べ物が作れるのは内緒で。
さっきの言葉に大ダメージを受けたが、無理矢理なんとか気持ちを切り替える。
「…はい。魔法で依頼をこなしているんで、こんな俺でもやっていけるんです。あと、俺が持ってたインフィニ―なんですけど、実は俺、ちょっと特殊な魔法が使えるんです。見ててくださいね…」
二人の前に手をだし、今日覚えたばかりのインフィニーをイメージする。
―――パサッ
「「っ!!」」
突如嵐の手のひらから現れたインフィニーに、イールラとレテアはこれまた大きく目を見開いて、出現したインフィニーを凝視していた。
「…とまぁ、こんな魔法が使えるので、インフィニーを持っていたんです。あ、宿代はちゃんとギルドで稼いだお金で払いましたよ」
お金は作れないんで。おどけつつ、せっかく出したインフィニーを消さずに、イールラさんにあげることにする。
受け取ったイールラは、レテアより先に正気を取り戻し、眉を下げてすまなそうな表情をする。
「…疑ったりしてすまなかったね。それにしても…こんな魔法なんて見たことがないよ」
心底不思議そうに、嵐に貰ったインフィニーを眺める。
「ランさんって、すごいんですねぇ…」
レテアは、深く考えることを放棄したらしい。
「すごい、ねぇ…。ラン、もしこんな魔法を町中で披露した日には、王城からスカウトがきちまうね。平凡に暮らすつもりなら気をつけるんだよ」
「はい。平凡な生活が俺にとって幸せですからね。気を付けます」
他にも、制御しないとそら恐ろしい結果になる魔法がたくさんある。例えば、火の球とか火の球とか火の球とか……
嵐への疑い(?)も無事に晴れ、雑談でもするのかと思ったが、明日は今日買ってきた食材の下準備で忙しいらしく、「まだ話したいです…」と渋るレテアを宥めつつ、この日はお開きとなった。