第9話 レテアの家
「お母さんっ…ごめんなさい」
「まったく…」
一見お姉さんでも通用しそうな女の人は、レテアのお母さんらしい。
確かに栗色の髪と顔のパーツがそれとなく似ていたが、レテアと違って瞳の色は焦げ茶色だった。
(瞳はお父さん似なのかな)
そんなことを考えている間に、レテアへの説教を終えたらしいレテアの母親は、嵐を見ると小首を傾げてみせた。
「はて?お客さんだね?」
入り口付近から一歩も動かない嵐を見て不思議そうに聞いてきた。
「えっと…」
困った顔でレテアを見ると、あっと小さく叫んで慌てて母親に顔を向けた。
(忘れられてた…)
少なからずショックを受ける嵐。
「お母さんあのね、この人…ランさんは私が男の人達に絡まれていた所を助けてくれたの」
「そうなのかい!?レテアったら、それならそうと早く言いなさいな。…レテアを助けて頂き、有り難うございました」
「いえ、偶然通りかかった所に出くわしただけで、大したことはしていませんよ」
(実際眉毛を増毛しただけだしな)
苦笑しながら話す嵐を見たレテアの母親は、優しい目をして見つめた。
「いいや、助けて頂いたのは事実。何かお礼を…」
「そうなのっ!ランさんったら、偶然そういう場面に出くわしただけだからって言い張って、お礼はいいって突っぱねてたの。だから、ちょっと強引に連れて来ちゃった。アハハハ…」
「あちゃー。ったく、レテアは夫に似て頑固者になってくれちゃって…ランさんすまないね」
「頑固じゃないもんっ」
「はいはい、で?レテアはランさんに何のお礼をするんだい?」
「えっと、ランさんは訳あってこの国で職を探しに来てたんだけど、探している間にお金が無一文になっちゃったの。だからせめて一晩ここに泊まって貰おうと思って…いいよね?」
「なんだ、そんなことかい。一晩と言わず職が決まるまで何日でも泊まって行けばいいじゃないか。勿論食事も出すよ?」
さも当然と言わんばかりに言ってのけるレテアの母親。その優しい気遣いに心が暖まる。
「ありがとうございます。でも、そのお気持ちだけで十分です。一晩泊めて頂けるだけ有難いですし、一応働く場所の目星は付けてあるので…明日早速行くつもりです。稼ぐことが出来たら、そのお金でここの宿を取りたいんですけど…いいですか?」
この宿に着く前に地図を見てみたのだが、やはりギルドと言うものがあった。しかもここの宿は一番ギルドに近い事も分かり、稼ぐ事が出来ればここにしようと決めていた。
レテアの母親はきょとんとした顔をしているかと思うと、突然笑い出した。
「あはははは!!あんた気に入ったよ。謙虚過ぎるのは良くないけど、あんたなりのけじめなんだろ?…いちいち聞かなくたっていいのに。職が見つかったら、うちに泊まりに来な!」
にこにことご機嫌なレテアの母親。なぜ気に入られたのかはわからなかったが、サバサバしている性格に嵐は好感をもった。
一方のレテアはと言うと―――
(ランさんがここに泊まってくれる…職が見つかれば1日だけじゃないんだ!!)
うっすらと頬を染めて自分の世界に入っていた。
それを横から観察している者が一名。
(あらまー、レテアったら惚れちまったよ。まぁ、顔も良いし性格も良けりゃあしょうもないか)
ぼーっとするレテアを見ていた母は、心の中で苦笑する。
(だけどレテア…多分この男は鈍感だよ)
仕事柄、人間観察が長けている。ほんの少ししか話していないのに見事嵐の欠点(?)を見抜いたレテアの母親。
―――実は仕事に関係なく、女の勘で見抜いていたり。
*********
あの後、嵐はレテアの母親―――イールラさんに夕食を振る舞って貰った。食べ物は出せるので入りません。なんて言えるはずもなく、内心申し訳なく思いながらも有り難く頂く。
宿で食事も出しているだけあって、料理はとても美味しかった。
嵐が夕食を食べ始める頃には、数名いた客は2階の寝室へ行った様で姿はなく、誰もいない事もあってか、イールラさんが自分たちの身の上話を話してくれた。
イールラさんの夫は、レテアが9歳になった時に病気で亡くなったそうだ。そして夫が残したこの宿屋を女で一つで切り盛りしている。今ではレテアも手伝い、中々繁盛しているとか。
他にも他愛もない話しをしていたが、レテアの欠伸を合図にそれぞれ就寝する為に席を立つ。
イールラさんとレテアにおやすみの挨拶をし、2階に宛がわれた寝室へ着くなりベッドへダイブ。
やはり今日は色んなことがありすぎて精神的な疲労が濃いらしい。
すぐに目蓋が重くなり、あっと言う間に睡魔に襲われた。