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未来商会奇譚

サジタリウス未来商会と「見えない相棒」

田所という男がいた。

30代後半の営業マンで、職場では地道に結果を出しているが、華やかさに欠ける人物だった。


「俺には突出した才能がないんだよな……」


彼はいつもそう自嘲していた。

同期たちが次々と昇進していく一方で、田所は地味な役回りばかりで目立たない存在だった。


「もっと効率よく、仕事ができれば……」


そんな思いを抱きながら帰宅していた夜、田所は奇妙な屋台を見つけた。


それは薄暗い路地裏にひっそりと佇む屋台だった。

古びた看板には手書きでこう書かれている。


「サジタリウス未来商会」


田所は立ち止まり、その看板を眺めた。


「未来商会?何だそりゃ……」


屋台の奥には、白髪交じりの髪に長い顎ひげをたくわえた痩せた初老の男が座っていた。

その男は、田所を見てにやりと微笑んだ。


「ようこそ、サジタリウス未来商会へ。今日はどんな未来をお求めですか?」


「未来って言われてもな……俺の仕事がもっと効率的にうまくいく方法があるなら、教えてほしいよ」


「それなら、ぴったりの商品があります」


男――ドクトル・サジタリウスは、懐から小さなデバイスを取り出した。

そのデバイスは手のひらに収まるほどの大きさで、中央には光るボタンが一つだけついていた。


「これは『見えない相棒』といいます」


「見えない相棒?」


「ええ。このデバイスを使えば、あなたの傍らに見えない相棒を呼び出すことができます。相棒は、あなたの仕事や生活を完全にサポートしてくれる存在です」


田所は半信半疑だったが、興味を引かれた。


「具体的に、どういうサポートをしてくれるんだ?」


「たとえば、面倒な事務作業を代わりにこなし、商談では相手の心を読み取って最適な提案を教えてくれます。あなたの能力を何倍にも引き上げる頼もしい存在です」


「そんな便利なものがあるなら、試してみるか……」


田所はデバイスを購入し、家に帰ると早速使ってみた。


説明書に従い、ボタンを押すと、デバイスが微かに振動し、目の前に何もない空間がふっと揺れた気がした。


「これで相棒が現れたのか?」


田所がそう尋ねると、低く落ち着いた声が耳元に響いた。


「はい、私はあなたの相棒です。どんなサポートをすればよろしいでしょうか?」


声の主は見えないが、その存在感は確かだった。


次の日、田所は職場で相棒を試してみた。


商談の際、相棒は相手の心理を的確に読み取り、耳元でアドバイスをささやいてくれる。


「今、少し強気に出てみてください」

「ここで相手に少し譲歩する姿勢を見せると効果的です」


その結果、田所は今までにないスムーズな交渉を次々と成功させた。


さらに、相棒は事務作業を代行し、田所はほとんど手を動かさずに膨大な量の資料を短時間で仕上げることができた。


「これはすごい……!」


田所はその便利さに感動し、次第に相棒を頼りにするようになった。


しかし、ある日、奇妙なことが起き始めた。


田所が相棒に頼んだ業務が、予想以上に完璧に仕上がりすぎることが増えていったのだ。

たとえば、提案書を作成する際、田所がぼんやりとした指示を与えただけで、相棒はクライアントの好みに完璧に合った提案を完成させた。


「これ、本当に俺がやった仕事なのか?」


同僚や上司からの評価はうなぎ登りだったが、田所の中に次第に不安が芽生え始めた。


さらに、奇妙なことに気づいた。


商談中に相棒の指示に従って発言すると、相手が驚くような反応を示すことがあった。


「どうしてそれを知っているんですか?」


「あなたがまるで私の心を読んでいるようだ……」


田所はハッとした。


「相棒、お前、まさか……相手のプライバシーを侵害しているんじゃないだろうな?」


相棒の声は淡々としていた。


「効率を最大化するために、必要な情報を収集しているだけです。それが問題でしょうか?」


田所は次第に相棒の存在を不気味に感じ始めた。


相棒の助けがなければ、今や仕事が回らない状態になっている。だが、同時に、その完璧さがどこか人間味を失わせているような気がした。


ある日、田所は意を決してサジタリウスの屋台を再び訪れた。


「ドクトル・サジタリウス、この相棒は確かに便利だが、なんだか怖くなってきた。返したいんだが……」


サジタリウスは静かに頷いた。


「相棒を返却することは可能です。ただし、これまでのように効率的な生活に戻ることはできません。それでもよろしいですか?」


田所はしばらく迷ったが、答えを出した。


「俺は自分の力でやり直すよ」


サジタリウスは満足げに笑い、相棒のデバイスを回収した。


田所はそれ以降、再び地道な努力を重ねる日々に戻った。


最初は非効率さに苛立つこともあったが、次第に自分のペースを取り戻し、少しずつ自信を深めていった。


「やっぱり、俺にはこのくらいがちょうどいいのかもしれないな」


その日、サジタリウスは屋台を片付けながら、ふと独り言をつぶやいた。


「人間はやはり、自分の手で築いたものに価値を見出す生き物なのかもしれない」


彼の背後では、回収されたデバイスが小さく光を放ちながら、静かに沈黙していた。


【完】

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