山道から始まる青春
朝宮あきらは、うだるような暑さの中で、登山道をふらふらと歩いていた。今日の最高気温は今年の最高を更新したらしい。もう、夏に登山なんてしない方がよかったのかもしれないな、なんて思いながら、あきらは歩みを進める。
登山、と言っても、女子が一人でふらっと登れる程度の低い山だ。そう思って舐めていたな、と、後悔していた。真夏の登山がこんなに過酷だなんて、体験するまでわからなかった。
半分くらい登った頃だろうか、休憩スペースらしきところに出たので、荷物を置いて腰掛ける。水筒の麦茶を飲もうとして、ふと思う。水分は持ってきたコレしかないのだから、ゆっくり少しずつ大切に飲まなくては。登山に来る前に経験者に聞いたアドバイスでも言われていた、水分はゆっくり少しずつ摂取するように気をつけろ、と。
麦茶を少し飲んで、行動食として持ってきていた羊羹を取り出す。羊羹を一口かじると、控えめな甘さが心地よく口の中に広がった。
そうして、あきらが少し休んでいると、下の方から人の声が聞こえた気がした。少しのあいだそちらに目を向けて待っていると、あきらと同い年くらいに見える女子が姿を現したのが見えた。
「おや、先客だ。こんにちは。お向かいに座ってもいいですか?」
「あ、はい、どうぞ」
その女子は、あきらにそう声をかけてから、あきらの向かいの小陰に腰掛ける。あきらはなんとなくその女子の方をぼんやりと目で追っていた。
「そちらさんは、この山は初めて? っていうか、何歳って聞いてもいいですか? もしかして同い年? 私は、篠原かいり、高校二年生です」
「丁寧にどうも。私は朝宮あきらです。同じく高二。この山っていうか、登山が初めてです。初心者向けらしいから、って、この山を選んだんだけど、登山って案外キツいんですね」
かいりの質問にあきらが答えると、かいりはとても嬉しそうな笑みを浮かべた。
「へぇ、初めて! ようこそ、登山の世界へ! あ、同い年みたいだからタメ口でいいよ。私もタメ口にするし。あきらちゃんでいい? なにをきっかけに登山しようと思ったの?」
興奮気味にかいりが言葉を並べ立てる。あきらは若干、引き気味になりながら、かいりの質問に口を開く。
「きっかけってほどのきっかけはないっていうか……なんか、なんとなく、やったことないことをやってみたかったんだよね。それで選んだのが登山だったの。……かいりちゃんは、登山けっこう慣れてるの?」
「慣れてるっていうか、昔からキャンプとか登山とかけっこう好きでね。前は家族とか大人が同伴しないと許してもらえなかったんだけど、高校生になってから、一人でも行っていいって許可が出たんだ。登山、大変だけど楽しいでしょ?」
「んんー……私には、まだ正直ちょっとわからないかも。なんでこんな大変な思いをしてまで山に登るわけ?」
あきらの言葉に、かいりは少しショックを受けたようだった。しかし、めげずに口を開く。
「頂上まで登れば、きっとわかるよ! せっかくだから、一緒に登ろ!」
かいりは楽しそうな顔であきらに向けて手を差し出す。
「いいの? かいりちゃんは一人で楽しみたかったんじゃないの?」
「確かに一人も楽しいんだけど、今まで同年代の女子に登山で会ったことがあんまりなくてね。同い年の女の子に会えて嬉しいから、一緒に登りたいな。ダメ?」
「ダメじゃないよ、むしろ大歓迎。経験者が近くにいてくれるのは、助かるし」
あきらが言って、かいりの手を掴む。ガッシリと力強い握手を交わしてから、その手は離された。
「じゃあ、これからよろしくね、あきらちゃん」
「あ、そうだ、ちゃん付けじゃなくていいよ、あきらって呼んで。その方が呼ばれ慣れてるから」
「そう? じゃあ私も、かいりでいいよ」
「ん、よろしくね、かいり」
「じゃあ、頂上まであと一息! 登ろう! あきら!」
かいりが元気に言って、先に歩き出した。あきらもすぐ後ろからついていく。
何度かかいりに助けられながら、あきらは順調に山を登っていった。怪我をしないで済んでるのはかいりのおかげだ、とあきらは思った。
やっとの思いで、頂上に辿り着く。お昼を少し過ぎたくらいの太陽に照らされて、眩しかった。
「着いたね……」
「着いたよー! ほら! あきら! 頂上の景色って気持ちいいでしょ!?」
かいりが楽しそうに言う。あきらにとっては、景色よりもかいりの笑顔の方が眩しかった。
「山の頂上で食べるご飯がね、また最高なんだよ。……あきらはなに持ってきたの?」
「え? パンとか、とりあえず、火を使わないで食べられるもの……」
「火を使わないなんてもったいない! 火は持ってくるものだよ! 私ちょっと多めに持ってきてるから、あきらも食べな! 山の上で食べるインスタントラーメンは格別だよ!」
「山の上に来て、わざわざインスタントラーメン……?」
頭の上に疑問符を浮かべるような表情のあきらの前で、ないりはテキパキと準備をする。手際よくあっという間にインスタントラーメンが用意されていた。
「はいっ、食べて食べて!」
かいりが器によそったラーメンと割り箸をあきらに差し出した。
「いただきまーす……。ん、確かに、いつも食べるラーメンよりおいしいかも?」
「でしょう?!」
あきらの言葉に、かいりは興奮気味に迫ってくる。
「ん、うん、おいしい。ありがとね、かいりのなのに」
「いいのいいの、私は今日はちょっと多めに持ってきてたから、まだあるし」
「そっか。……かいりは、よく登山してるんだよね? この近くに住んでるの?」
「まあ近くっちゃ近くかな、山のすぐ側ってわけでもないけど……。どうして?」
「あ、いや、またここに登山に来たら、会えるのかな? って思って」
「また来てくれるの?!」
「あ、いやー……どうだろう……。まあ、かいりのおかげで楽しかったけど、ちょっと体力的にキツいし、やったことないことをやってみたかっただけだから、一回、経験したら割りと満足したっていうか……ぶっちゃけ二回目はないかも? でも、せっかくこうしてかいりに出会えたんだから、もしかいりがよければ、これからまた遊べたらいいなぁって……」
あきらが言うと、かいりは少し複雑そうな顔をした。同い年の女子の登山仲間が増えると思われていて、二度目はないと言われてガッカリされたかもしれない、と、あきらは心配になった。
「……いいよ!」
「え?」
「登山じゃなくても、いいよ! 遊ぼう! ……あんまりフツーの女の子の遊びって体験したことないから、わかんないけど、あきらは、今日、一緒にいて楽しかったから、また遊べたら嬉しいな」
はにかみながら言うかいりの顔を見て、あきらは胸の鼓動か高鳴るのを感じた。
「よかった。じゃあ、連絡先交換しよ」
「うん!」
二人は連絡先を交換して、お互い笑みを浮かべた。
「じゃあ、今日は帰る?」
「そうだね、暗くならない内に帰ろうか」
かいりがテキパキと手際よく片付けをした。
「登山は降りる時の方が大変だから、気をつけてね」
「はーい」
そんなやりとりをして、登山道を降り始めた。暗くなる前には、最寄りのバス停に着いた。
「かいりも、ここからバスと電車?」
「そうだね。あきらってどの辺に住んでるの?」
「ウチはここ」
あきらが言ってケータイのマップをかいりに見せる。
「えっ、近くじゃん! ウチはここ、っていうか最寄り駅、同じだね?」
かいりがケータイのマップをあきらに見せながら、驚いた様子で言う。
「本当だ。近いね。じゃあ、これから、けっこう頻繁に一緒に遊べるかもね?」
「そうだね! 嬉しい!」
「……今日はとりあえず、帰ろっか。でも、最寄り駅も同じだし、途中まではずっと一緒だね」
「そうだね、嬉しいな。あ、バス来たよ!」
バスに乗り込んで、二人は席に並んで座る。
「これから帰るまでたくさんおしゃべりできるね!」
あきらが嬉しそうに言う。かいりも笑みを浮かべた。
「今日あきらに会えて、私とっても楽しかったよ!」
かいりに満面の笑みで言われて、あきらは少し戸惑った。でも、とても嬉しかった。
「私もかいりに会えてよかったよ! 改めて、これからよろしくね」
「こちらこそよろしく!」
言葉を交わして、笑みを浮かべて、二人は優しい握手を交わした。
二人の青春は、まだまだ始まったばかり。これからどんなことをしていくのか。笑って泣いて、たくさん輝いて、眩しい思い出が、たくさん増えていく。
〈了〉