第5話 サザードの山脈
ひとまず旅を続けるという事になったのはいいものの、とうとう行く当てが無くなってしまう。
そんな中、ラゼックはリュウタ達に提案をした。
「なぁ、リュウタ、マナ……」
「なんだ? ラゼック」
リュウタはどこか疲れ気味な表情であった。
警護任務を一夜行ってすぐであったため、尚更やつれているようである。
「このリーザーには、まだもう一つ大陸がある」
「それってもしかして……?」
マナはこの世界に飛ばされてそこまで日にちが経っていなかった事もあり、まだ行った事のない大陸に行くとなると不安になり、少し暗そうな面持ちだった。
「アレシア山脈がある大陸、サザードだ」
「えっ!? そこってかなり気候が不安定な所だって聞いたけど……」
「サザードってどこにあるんだ?」
不思議そうな表情をしているリュウタ。
彼はまだサザード大陸の存在を知らず、何が何やら訳が分からなかった。
「俺が地図を出すから、ちょっと待っててくれ」
ラゼックはこのリーザーの世界地図を取り出した。
「これがここの世界地図だ。まず、メガリア王国があるマザノルド大陸は北寄りにある。そして、ここから南に行くとアクライン大陸だな。そして、そこから東側にあるのがソリテキア大陸。そして、そのソリテキアのさらに北側にあるのがサザード大陸だ」
「私は何となくでしか知らなかったけど、こうなっていたのね」
「俺も初めて知ったぜ」
「これくらいは、この世界に長居してる俺からしたら常識だぜ」
すっかり鼻高々なラゼック。それを見てリュウタ達は少し感心したが、一方で疑問点もあった。
「確かに私たち三人の中で一番この世界に長居してるのは、ラゼックさんだと聞いてるけど……」
マナは流し目で彼のことをちらりと見る。
「ん? どうした、マナ」
「ラゼックさんよりも前に、次元転移者って他にもいるという噂を聞いているの。もしかしたら、このサザード大陸にも私たちと同じ境遇の人がいるかもしれないわよ?」
その事を聞いてラゼックは少し沈黙する。
「そうか……。僅かな可能性に賭けてみるのも、そう悪いことじゃなさそうだな」
「ということは、行くんだな、ラゼック?」
リュウタはラゼックの表情から、彼は覚悟を決めているということを察した。
「そうだな。とはいえ、サザード大陸は地球で言うとヒマラヤ山脈……、ほどではないみたいだが、高い山々がそびえ立つところでもある。油断してれば、あっという間に死への片道切符が待っている」
「要はそれほど気候が不安定ってことだな? だとしたら、ある程度準備をしないとな」
「そうだな、リュウタ。マナもある程度お金は持っているだろう。俺達の持ってる少ない軍資金で、旅の準備でもしよう」
「分かった。行こう、マナ」
「うん……、不安ね」
三人は期待と不安を胸に秘めつつも、このソリテキアで旅の準備を始める。
一方、浮遊大陸軍のオスリクタ隊は、他の部隊と共同で降下作戦を行うこととなっていた。
その攻撃対象エリアは、サザード大陸の辺境の基地である。ここへと攻撃を仕掛けるのには、スレインなりの理由があったのだ。
「スレイン隊長、この地は攻撃するまでもないくらいに脆弱な護衛部隊しかいないですよ? そこを攻撃するより……」
「それでいいんだ。何故ならここには、次元転移者と思しき人物とレベル3MHがいると軍内ではもっぱらの噂だろう? ならばここを狙うしかあるまい。そしてそいつを何が何でも味方にする」
スレインは大胆不敵にもほのかに笑みを浮かべる。
「あら、それは良いご提案で。私もこの意見には賛成でしてよ。バウルはもっと深いところも考えるべきかと思いますわ」
メナンは自身の髪をかき上げながら目を細めて微笑む。
「くっ……、メナンにここまで言われるとは……。なんたる屈辱」
「いくら剣術に優れているからと言って、基礎の戦略が疎かになってしまっては、意味がありませんわ」
「それくらい分かっている!」
バウルは強がって眉をひそめる。
こうして、彼らの手によるサザードへの降下作戦は着々と進められたのだった。
そして夜になり、リュウタ達はサザード大陸への旅に向けての準備を終えていよいよソリテキア大陸からの旅立ちの時が来た。夜中に僅かなライトが照らす中、サザード大陸行きの旅客船は出発した。
「いよいよだな、リュウタ。俺達はずっとブレスレットの中にいるから平気だが、これは険しい旅になるだろうな」
「分かっているさ、イカロスナイト。俺達を待っているのが何であろうと強気でぶつかっていくつもりさ」
リュウタは拳を胸の前に掲げて頷く。
「ラゼック、一つ質問があるんだがいいか?」
「いいぜ、クラーク」
ラゼックの口角が自然と上がる。
「サザードのどこに向かうつもりなんだ?」
「いい質問だな。それはもう既に決めてある。連合軍基地があるサザードの西部にある基地だ。といっても、やや小規模な基地ではあるがな。事前にソリテキアにいた連合軍の通信兵から、一応情報は仕入れてある。ここの基地に最近、風来坊が来たとのことでな」
ラゼックは以前来ていたソリテキアの研究所にて、かなり入念に聞き込みをしていたのだ。
「風来坊……。気になるな」
「だから、俺がちょっと確かめたくてな」
「そのためにサザードへ? だとしてもこれが真実でなかったら……」
マナは少し焦り気味になった。
「その時は仕方ないさ。そう焦るなよ、マナ」
テクター・ブレスレットの中越しから、ケルブバスターは落ち着かせようとする。
「でも、嘘だったら……」
「信じようぜ。ラゼックが兵士から聞いたその証言を」
少しの間マナは黙り込むが、何とか冷静さを保とうとする。
「そう……、だよね。実際に言ってたんだもんね」
「とにかく、行ってみて確かめるしかないな」
「そうね、リュウタ」
マナは軽く頷いた。彼らはその後睡眠をとることにしたのだった。
そして翌日の朝、サザードへと到着し、彼らは船から降りて荷物等を持っていった。
「ついに到着したか。よし、早速西側の基地へのルートを確認しよう。ん?」
「どうした、ラゼック?」
リュウタは不思議そうな表情で彼のことを見つめる。
「西側の基地、正式な名前はラグルード基地なんだが、ここはアレシア山脈の西の方を通って行かないと通れないみたいだな……」
「そうなの? じゃあ、結構大変な道のりになりそうね」
マナはやや不安そうな表情をしていた。
「仕方ないさ、マナ。とりあえず行くだけ行ってみよう」
「うん……」
リュウタは優しく彼女の肩を軽く叩く。
こうして、三人のラグルード基地へと向かうまでの険しい旅路が幕を開けた。
三人はソリテキアの商店で購入した登山用の装備を身に着けて、早速アレシア山脈に挑戦することとなった。しかし、この山の麓は登るのにそこまで敷居は高くないものの、山腹辺りからは気候が不安定になり、山頂辺りになると吹雪が吹く場所もあるという。
「しかし、ここまで登ってみると結構足に来るな……。しかし、リュウタはなんでイカロスナイトに乗って飛んで行かないんだ?」
ラゼックは少し眉をひそめた。
「あまりバッテリーを酷使させないためさ。俺ばっかり先に行ったとしても二人とはぐれてしまうのはちょっとアレだからな」
やや苦しそうな声のリュウタ。彼は何とか山を登り続ける。
「リュウタ、俺達のことを気遣ってくれてたんだな。でも、無理するなよ」
「そうよ。いくら体力に自信があるからって無理をすると後になって響くし」
「マナ、お前ホント大人びてるな」
「いや、そんなこと言っている場合なの? 疲れてきたら流石に自分たちのMHをサモナイズして移動しましょう」
「いいぜ。俺達はまだバッテリーに余裕があるから、いざという時は任せてくれ」
何とか山腹の辺りを超えると、そこには断崖絶壁が待っていた。
「マジかよ……。ひとまずサモナイズしよう」
「分かった。サモナイズ!」
「しょうがねぇな……。行こう」
三人は各々の相棒のMHをサモナイズし、何とかこの断崖絶壁を乗り越えたが、彼らは知らぬ間に高山病になっていた。なるべく吹雪が強くない時間帯に登頂をしたものの、それでも彼らにとってはあまりにも辛い状況であった。
「このテクターが無ければ、もっと危なかっただろうな……。ううっ、ちょっと頭が」
「大丈夫か? リュウタ。顔色が悪いようだが」
「大丈夫だ、イカロスナイト……、はぁっ……」
リュウタは息が絶え絶えになっていた。彼は無理をしてまでこの山を登ろうとしたため、ついに体の限界が来ていたのだ。
「どうしよう、私も……。どうする? ラゼックさん」
「済まない、俺もなんだ。もう限界だよ……」
こうして三人はとうとう倒れてしまった。だが、そこに人影がいくつか現れた。
「おい、誰か倒れてるぞ……。この格好、まさか?」
その中の一人は、リュウタ達の様なプロテクターを装備した大柄な男である。
”どうした? ん? こいつらってもしかして……”
「あぁ、間違いない。彼らはもしや例の連中か……。だとしたら……」
そして、彼らはリュウタ達を輸送車に乗せて基地まで運んでいった。
数時間後、リュウタ達は目を覚ますとそこはベッドの上であった。
「ここは……、建物の中?」
「リュウタ、目を覚ましたか」
「ラゼック、それにマナ! ここはどこなんだ?」
リュウタは目をきょろきょろとさせながら、辺りを確認する。
「おぉ、皆目が覚めたか。ここはラグルード国の軍需基地だ。君達には色々と聞きたいことがある。後でゆっくり時間をかけて話そう」
兵士の一人は冷静な表情をしていた。
「ラグルード国の軍需基地……、ってことは目的地に着いたんだな」
思わぬ事態の好転に、一安心するラゼック。彼の口元はかすかに綻ぶ。
「そのようだな。まさか俺達、ここまで運ばれてきたのか?」
「その通りだ」
「あなたは……」
彼らの目の前に姿を現したのは、コントロール・テクターを装備した長髪の大柄な男だった。
「俺はバルティック・ソルマ。このラグルードの傭兵だ」
「そ、その格好はもしかして……」
マナは、思わず目を見開いて驚愕した。彼が自分たちと殆ど同じ格好であることに。
「そうだ。少し話がしたい。これまで何をして来たのか。色々と聞きたいことがあるんだ。とにかく、少し時間が経ったら二階まで来てくれ。分からなかったら兵士達に案内してもらえ」
果たして、バルティックの秘密やいかに。