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奈緒  作者: 岡本圭地
4/13

④ 空腹



 四時間が過ぎた。


 部屋の入り口付近で、体育座りをしている真一が奈緒を一瞥した。


 奈緒は部屋の奥で、背を向けたまま寝転がっている。



 真一は、視線を時計へと移した。


 まもなく正午。



「……お腹、空きましたねぇ」


 真一は、続けて言った。


「朝、何か食べました? 僕はバナナと、バナナチップスと、あとバナナジュース……」


「……猿かよ」


 奈緒がボソリと呟く。


「でも、バナナには栄養が……」


「黙って」


 奈緒の不機嫌な声に、真一の言葉は遮られた。


 言いかけた言葉を飲み込んだ真一は、代わりにフゥと吐息を吐いた。



 その数秒後、真一が叫んだ。


「ああぁーーっ!」


「うるさいって! 急に大声出さないでよっ!」


「そうだ! 食べる物あります!」


「えっ……本当?」



 真一が、一心不乱にゴミ箱を漁り始める。


「これこれ!」


 そして取り出した物。


 それはバナナの皮だった。



「は?」


 奈緒が眉根を寄せた。


「さっき、バナナの話をしたでしょう? それで思い出したんですよ。そういえば、皮をゴミ箱に捨てたなって」


「……マジかよ、コイツ」


 奈緒は、呆気に取られた。



 そんな奈緒に、バナナの皮を差し出す真一。


「半分、食べます?」


「食べるわけないでしょ」



「えっ、でも、貴重な食糧ですよ」


「いらないって!」


 奈緒は、ハエを払うように手を振った。



「そうですか? じゃあ僕、食べますね」


 真一はバナナの皮を、ハグハグと食べ出した。


 奈緒はその一部始終を、夜道にある嘔吐物を見るような目で見た。



「なんかもう……猿以下だね、あんた」


「しょうがないですよ。緊急事態ですから。でも思ったほど不味くないですよ。ちょっと苦いですけど」


 ウンザリした奈緒は、元いた場所へと戻った。






 さらに、三時間が経過した。


 何もする事のない二人は、畳の上に寝転がるだけだった。



 真一の提案で、懐中電灯は消してある。


 電池の消費を防ぐためだ。


 パチリ。


 その懐中電灯を、真一が点けた。



「あの……」


 真一が半身を起こし、奈緒に問いかけた。


「寝てるんですか?」


「寝てない」


 真一に背を向け横になる奈緒が、面倒くさそうに答える。



「そろそろ、お名前、教えて頂けませんか?」


 真一を無視するように、奈緒は欠伸をする。



「お互いの名前くらい知らないと、コミニュケーションが取りづらいじゃないですか」


「別に、私はあんたとコミニュケーション取りたくないんだけど」


「でも……」


「しつこい!」


 奈緒が怒鳴った。


 真一は仕方なく、沈黙する。



 しばらくして、奈緒は観念したように、半身を起こした。


 名乗らなければ、きっとまた真一が訊いてくると思ったからだ。



「……奈緒。白石奈緒。十九歳。これでいいですかー?」


 奈緒が投げやりに言う。



 真一は満足したように、微笑んだ。


「奈緒さんですか、良い名前ですね」


「はい、どーも」



 奈緒は無表情で答えると、テッシュで顔の汗を拭った。


「それにしても、本当に蒸し暑いですよね。僕も汗っかきなんで、シャツが身体に貼り付いて……」


 真一は言いかけて、言葉を詰まらせた。


 奈緒の濃いメイクがとれて、素顔が露わになったからだ。



 キリッとした、芯の強そうな瞳。


 形の良い鼻筋、魅力的な唇。


 日本人ばなれした顔立ちは、ハーフのようだ。



 真一は呼吸を忘れ、見惚れた。


 こんな美人を見た事がない。


 犯罪者のような目で近づく真一に、奈緒は警戒した。


「えっ、ちょっ、何?」


「奈緒さんて、もしかして芸能人の方ですか? モデルとかやってます?」


「はあ? やってないけど。てか顔が近いって、キモい!」


「ああっ、すみません!」



 真一は身を引いた。


 しかし、それにしても美人だ。


 なぜ、ガングロメイクをするのだろう?


 せっかくの美しい顔が、勿体無い。



 真一は、そんな事を考えながら、首を傾げた。


 真一が元いた場所に戻ると、奈緒から話しかけてきた。



「……親、いなくて良かったね」


「えっ?」


「あんたの親、旅行に行ってるんでしょ? 山崩れに巻き込まれなくて、良かったねって言ってんの」


「確かに……」


 真一は、神妙な面持ちで頷いた。




 奈緒は、話を続けた。


「私達は、土に埋まっちゃったけどね。この事を知ったらビックリするだろうね、あんたの親」


「そうですね……」


 真一は相槌を打ちながら、奈緒を見た。


「奈緒さんのお父さんとお母さんも、奈緒さんがこんな状況にいる事を知ったら、さぞ心配するでしょうね」



 その時、奈緒の表情が固まった。


 顔を伏せ、一点を見つめた。


 明らかに表情が曇っている。



「あれ、奈緒さん? どうかしました?」


「ん……別に……」






 ◇ ◇ ◇






 例えるなら、光も音も届かない、深い洞窟。


 地上から切り離された、別世界。


 そんな場所に、二人の男女が閉じ込められて、もうどれくらい経つだろうか。



 真一が、消していた懐中電灯を点ける。


 無機質に、無感情に、一秒ずつを刻む時計。



 それを手に取り、確認する真一。


 時刻は夕方、五時過ぎだった。



 おもむろに、真一が立ち上がる。


 横になっていた奈緒が、チラリと見上げた。



 真一は壁に耳を当て、外の様子を伺った。


 微かな物音も聴き逃さないよう、目を閉じ耳に集中した。



 だが、何も聴こえない。


 あんなにうるさかった、蝉の鳴き声さえしない。


 それほど深く、土砂に埋もれてしまったのだろうか。


 真一は顎を触りながら、考えを巡らせた。




「……んん?」


 ある不安が、沸き起こる。


「もしかしたら……でも、どうだろう……?」と、くぐもった声で独り言を呟いた。


 横になっていた奈緒が、半身を起こす。



「なに一人で、ブツブツ言ってんの?」


「あ、いや、もしかしたら僕達、酸欠で死んじゃうのかもと思って……」



 奈緒が、大きく目を見開いた。


「えっ、何で?」


「土砂に埋もれて、密閉されているからですよ。この部屋の広さだと、もって一日……? でも天井に隙間がありますから、屋根裏の酸素も合わせると、二日……?」


「うそ、マジで?」


 奈緒は不安そうに、壁や天井を見る。



「もし息苦しくなってきたら、その可能性は高いですねぇ」


「なにそれ! 私達、超ピンチじゃん!」


「はい。なので、早く救助が来てくれると有難い……」


 言い終える前に、真一のお腹が、グゥと鳴った。


「はあ……でも今は、空気よりも、食べ物が欲しいです」



 真一は、バナナの皮を全部、食べてしまった事に後悔した。


 貴重な食糧。


 少しずつ、大事に食べれば良かった。



 そんな真一とは対照的に、奈緒の方には、そこまで空腹感は無かった。


 もともと少食な上、コーンポタージュの缶には粒が入っている。


 僅かだが、食事が取れていたのだ。




 真一は何かないだろうかと、薄暗い部屋を、キョロキョロと見回した。


 奈緒の側にあるティッシュ箱に、目が止まる。


 ティッシュに、醤油をかけて食べようか。


 いや、お腹が痛くなりそうだ。


 真一が悩んでいると、不意にある映画を思い出した。



「そう言えば……こんな映画がありましたね」


 奈緒は返事をしない。


 だが真一の発言には、耳を傾けていた。



「実話を元にした映画なんですけど、雪山に飛行機が墜落して、生存者がずっと救助を待っている話です」


 すると真一は、不気味な笑みを浮かべて、奈緒を見つめた。


「その人達、食べる物が何もないのに、どうやって生き残ったと思います?」


「知らないよ……鳥でも捕まえたんじゃないの?」



 真一はニヤニヤしながら、かぶりを振った。


「飛行機が墜落した時、亡くなった人もいますよねぇ……」



 だから何、と言いかけた奈緒が、ハッとして言葉を飲み込んだ。


「……え、まさか」


「そのまさかです。亡くなった人を……いたっ!」


 奈緒が、テッシュ箱を真一に投げつけた。



「聴きたくない、気持ち悪い!」


「いやいや、この状況ですからね。ふと、その映画を思い出して……」



 すると奈緒が、今一度、ハッとした。


「……え? ちょっと待って! あんた、まさか」


「はい?」と真一。



「まさか、私を殺して食べる気?」


「いやいや、そんな事するわけ……」


 奈緒は落ちていたボールペンを拾い上げた。


 握りしめると、先端を真一を向けて威嚇する。



「近づいたら刺すよ! 両目つぶすから!」


「いや、大丈夫ですって」


 真一が一歩踏み出すと、奈緒は右手に持ったボールペンを振り回した。


「来んなって! サイコ野郎!」



「うわっ、危ない!」


 怖くなった真一は、部屋の入り口付近へ撤退した。


 しばらくの間、奈緒はボールペンを強く握りしめ、真一を睨み続けた。






つづく……

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