表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奈緒  作者: 岡本圭地
2/13

② 密室空間



 悪い夢の中にいるようだった。


 これは現実なのか、幻覚なのか?



 ただひたすらに、真一と奈緒は言葉を失った。


 二人の視界は、何処までも続くような漆黒の闇。




 その闇の中で、真一がゆっくりと立ち上がる。


 真一は暗闇の中に、奈緒の気配を感じた。


 小さな息遣いと、甘い香水の匂いがするのだ。



 真一が、ためらいがちに問いかける。


「あの……大丈夫ですか?」


「……」



 奈緒は返事をしない。


 いや、しないのではなく、出来なかった。


 突然の事態に気が動転し、言葉が出てこないのだ。


 そんな奈緒を心配して、真一は再度、問いかけた。



「あ、あの……怪我は、ないですか?」


 やはり返答はない。


 しかし、いるのは確かだ。


 ゴクリと、奈緒の生唾を飲む音がした。





 ……それにしても、まいった。


 真一は思った。


 まさか本当に、土砂災害が起きてしまうとは。



 この女性が訪問した時、すぐに二人で避難しておくべきだった。


 岡さんの話は、その後でも良かったのだ。


 真一の胸に、後悔の念が広がった。




 だが、いつまでも悔やんでいられない。


 真一は気持ちを切り替えた。


 まずは部屋の電気が点くか、確かめよう。



 真一が、入り口付近の壁へと手を伸ばす。


 たとえ暗くても、長年この部屋を使ってきた真一には、電気のスイッチを探すのは容易い。



 すぐに手が、壁へと辿り着く。


 続いて円を描くように掌を滑らすと、スイッチと思しき感触があった。


 これだ。


 パチ、パチ、パチ。



 蛍光灯が点く気配はない。


 きっと、外の電線が切れたのだろう。




 部屋の電気を諦めた真一は、体の向きを変えて摺り足で進んだ。


 ザッザッと、素足と畳の擦れる事がした。



 部屋の中央にある、座卓。


 そこに、避難するために用意したリュックが置いてあるのだ。


 中に、懐中電灯も入れてある。




 真一は両手を伸ばし、探りながら前進を続けた。


 しかし、掴めるものは空気だけ。


 なかなか座卓へと辿り着けない。


 八畳ほどの部屋が、妙に広く感じた。




 ふいに真一の両手が、何かを掴んだ。


 丸みのある柔らかいものが、左右に二つ。



 何だこれは? やけに素敵な感触だが……。


 そう思った瞬間だった。



 バキッ!


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」


 真一の鼻っ面に、激痛が走った。



「どこ触ってんだよ、この変態野郎!」


 奈緒の、怒鳴り声がした。


 なんと真一は、奈緒の胸を掴んでしまったのだった。



 強烈な一撃に悶える真一。


 しかも平手ではなく、拳だ。



「うう……痛い……」


「欲情してんじゃねえよ、エロジジイ!」


「ち、違いますよ! 暗いから見えなかったんです! 僕は懐中電灯を、探してるんですよ!」



 真一がそう言うと、しばらくしてから、チッと舌打ちが聞こえた。


 真一は、しきりに鼻をさすった。


 血は出ていないようだが、大量のワサビを口に含んだように、鼻の奥がツーンと痺れる。



 しかし、よくこの暗闇の中で、正確に顔面を殴れるものだ。


 真一は妙に感心した。





 気まずい雰囲気の中、真一は再び座卓を探す事にした。


「おかしいなぁ。この辺に、リュックが置いてあるはずなんですけど……」


 断りを入れるように、真一が言う。


 奈緒は警戒した。


 また胸を触られないよう、背を向けた。



 やがて真一の両手が、座卓を掴んだ。


 座卓は壁際まで移動している。


 家が揺れたためだろう。



 真一は座卓の上にある、リュックの中をまさぐった。


 懐中電灯らしき、筒状の物体を掴むと、スイッチを入れる。



 カチッ。


 キャア! と奈緒が悲鳴を上げた。


 懐中電灯の光が、奈緒の顔面を捉えていたのだ。



「ちょっと! 眩しいって!」


「あっ、すみません」


 真一は灯りを壁へと向けた。



 壁には、大きな丸模様が映し出された。


 その光の中に、沢山の埃が舞っている。



 次第に明るさに目が慣れてくる真一と奈緒。


 やっと二人の間に、安堵の空気が流れた。




 真一は懐中電灯の光を、周囲に当ててみた。


 部屋の状況を、確認するためだ。



「うへっ!」


 真一が、部屋の入り口に灯りを向けた瞬間、変な声を出した。


 なんと、入ってきたドアが土砂に押され、折れ曲がっているのだ。


 隙間には、ギッシリと土が詰まっている。


 これでは、廊下へ出れない。



 窓は、どうだろう?


 部屋の窓は北と東に、二ヶ所ある。


 だが、どちらもシャッターを下ろした様に真っ暗だ。


 恐る恐る、窓ガラスに近づき、懐中電灯をかざしてみる。



 窓の向こう側を凝視すると、土と小石が敷き詰められていた。


 真一は、背筋がゾクリとした。


 もし割れたら、大量の土砂が入ってくるだろう。


 真一は顔をしかめて、窓から後退りをした。

 


 これはもう、完全に閉じ込められてしまった。


 この家全体が、土砂に埋まってしまったのだろう。


 真一は、そう推測した。




「……出れないの?」


 不安そうな奈緒の声がした。



 真一が振り返る。


「ええ。入ってきたドアも、窓も、土砂で開けられません」


「マジで? ……てかさ、あんたが私を家の中に引っ張ったんだからさ、責任取ってよ! なんとかして!」


 真一は顔を歪めた。



「いやでも、あの時は早く家の中に避難しないと……。あのままだったら、あなた死んでたかもしれないですよ?」


「はあ? 何それ? 助けてやってんだから、感謝しろって言いたいわけ?」


「別に感謝しろとは……。と、とにかく、今は大人しく救助が来るのを待ちましょうよ」




 奈緒は、不貞腐れたような顔で腕を組んだ。


「……来んの? 救助?」


 真一は、痒くもない後頭部をボリボリ掻きながら答えた。



「かなりの土砂災害だと思いますから、すぐに消防や自衛隊が来るでしょう。ただ、そこからは時間はかかるかも知れませんね。恐らくこの家、完全に土砂に埋まってますから、すぐには見つけられないでしょう」


「ええっ! 見つけてもらわないと、困るんだけど! 機械とか使って、掘り起こせないの?」



「闇雲に掘ったりはしないでしょうね。二次災害の危険性もありますから。やはり、時間はかかるでしょう」


 奈緒は、ガックリと肩を落とした。


「マジかよ……」



 それでも奈緒は、諦めきれない様子で、薄暗い天井を見上げた。


「じゃあさ、天井に穴を開けて出られないの?」


 真一が懐中電灯で、天井を照らした。



 それは無謀な考えだと、すぐに判断した。


 即座に首を振る。


「無理ですよ。穴を開ける道具がないし、たとえ開けたとしても、土砂が入ってきて、僕ら生き埋めになっちゃいますよ」



「……最悪」


 とうとう奈緒が、その場にへたり込んだ。


 同時に、奈緒の汗が畳に落ちる。


 真夏の密閉空間は、絡みつくような蒸し暑さだった。






つづく……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ