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奈緒  作者: 岡本圭地
1/13

① ガングロギャルの訪問



 ごめんね……お父さん……。


 私、こんな馬鹿で……。


 こんな、どうしようもない馬鹿で……。



 本当に、ごめんね……。


 ねぇ……お父さん、そこにいるよね……?


 聴こえてる……?


 私の声……届いてる……?






  『 奈緒 』  作者/岡本圭地





 ズボッ。


 白石奈緒が履く厚底サンダルが、ぬかるんだ地面にはまった。


 足を取られた奈緒は、よろけながらも、何とか抜け出した。


 泥まみれの厚底サンダルを見て、思わずチッと、舌打ちが出る。




 ——1999年、9月。


 △△県◇◇市は、記録的な豪雨に見舞われた。


 特に〇〇町においては、床下浸水などの被害が相次いだ。


 あけて翌日は、昨日の大雨が嘘のように、眩しい青空だった。



 そんな〇〇町の山のふもとを、一人歩く奈緒。


 まだ早朝だというのに、強い日差しが奈緒の肌を、ジリジリと焦がす。


 脳が掻きむしられるような、蝉の大合唱の中、奈緒は周辺を見渡した。


 ちらほらと、民家が点在している。



 ここで奈緒は、汗ばんだポケットから、一枚の紙を取り出した。


 それは、地図だ。


 地図帳から、破り取ったものだ。



 その地図には、赤ペンで丸印と、その横に人の苗字で『岡』と書かれていた。


 そこが目的地なのだ。



 奈緒は、地図を頼りに、岡の家を探し始めた。


 だが、見つける事が出来ない。


 地図上に存在する家が、なぜか現地にはないのだ。




「もうっ! どこ?」


 苛立った声を出す、奈緒。


 流れる汗を、ショルダーバッグから出したハンカチで拭っていると、小さな平屋建ての家が視界に入った。



 もしかしたら、あれが岡の家かも知れない。


 違っていたら、岡の家が何処か、聞いてみよう。


 奈緒はそう考えた。



 車一台分が通れそうな斜面を登る。


 所々にある水溜まりを避けながら、その家に辿り着くと表札を確認した。


『荻野』と書かれていた。




 ◇ ◇ ◇




 ピンポーン。


 荻野真一が避難準備をしていると、家のチャイムが鳴った。


 真一は、作業を中断し、玄関へと向かった。



 年季の入った引き戸を開けて、訪問者を確認する。


 ガラガラッ。



 ——!



 真一は、ギョッとした。


 そこには、金髪なのか銀髪なのか、よく分からない派手な髪の色をした、女性が立っていた。


 岡の家を探していた、奈緒だ。



 彼女の肌は、小麦色だった。


 目元と唇は白塗り。


 いわゆる『ガングロギャル』と呼ばれる人だ。



 服装は、沢山の英語がプリントされた派手なシャツに、デニムのショートパンツ。


 脚は細く、スラリと長い。



 ふと真一は、二十センチ以上ありそうな、厚底サンダルに目がいった。


 大量の泥が、付着しているからだ。


 昨日の大雨の影響で、道がぬかるんでいたのだろうと、真一は察した。



 奈緒は立ったまま、何かにもたれ掛かるような体勢で、腕を組んでいる。


 右手には、携帯電話。


 これでもかと言うほど、沢山のストラップが付いていた。




 真一が、躊躇しながら話しかけた。


「あ、あの、どちら様……ですか? 何かご用……」


 真一の言葉を遮り、奈緒が声を発した。


「岡ノ家ハ、何処デスカ?」


 少し鼻にかかった声は、カタコト喋る、外人のようだった。



「え? ……岡さんの家ですか?」


 念の為に聞き返すが、奈緒からの返答はない。


 ただ、マスカラを塗りたくったマツ毛が、上下に動くだけだ。



 奈緒の頭に乗せているサングラスには、真一の戸惑う顔が、映し出された。


「あの……岡さんの家でしたら、先週、取り壊しましたよ」


「はあっ?」


 奈緒が、大きく口を開けた。



「マジで?」


「あ、はい、マジ……です。あの家、かなり古かったですからね」



 奈緒は腕組みをやめて、呆然と立ち尽くした。


 やがて頭痛がしたように、額を押さえる。


 ふざけんなよ……と、確かに唇が動いた。




 奈緒は長い髪をかき上げると、真一を見上げた。


「じゃあ、岡は何処に行ったの?」


「えっと……隣町に中古住宅を買って、そこに移ったって聞きましたけど」


 奈緒は、呆れたように目を閉じ、舌打ちをした。



「……チッ。じゃあ、その家、何処か分かる?」


「何処かなぁ? 親なら分かるかもしれないですけど……あいにく今、父も母も組合の人達と、台湾旅行に行ってるんですよ」


「はぁ? 何だよ、もう!」


 奈緒は、声を荒げた。


 青いマニキュアを塗った爪で、頭をボリボリと掻く。



 ……この人は、なぜ岡さんを探しているんだろう?


 そう思った真一だが、訊かなかった。



 奈緒が威圧的で、怖いからだ。


 それに真一には、心配事がある。




《君、荻野さんとこの息子さんだよね? 早く避難した方がいいよ。もしかしたら、山が崩れてくるかも知れないからね》


 少し前、真一が窓を開けて空を眺めていると、山の上から避難してきた老夫婦に、そう忠告された。


 確かに、昨日の雨は猛烈だった。


 数年前にも、近くで土砂災害があったばかりだ。



 不安にかられた真一は、早速、避難準備を始めた。


 大きいリュックを用意すると、親と自分の通帳、判子、書類、アルバムといった大事な物を、片っ端に詰めていく。


 最後に自室へと戻り、懐中電灯と着替えをバッグに入れた時、奈緒が訪問したのだ。




 真一は奈緒に警告した。


「あの……早くこの辺りから、離れた方が良いですよ」


「え?」


 奈緒が、怪訝な顔をした。


「山崩れの可能性があるんですよ。昨日の大雨の影響で」



「えっ、マジで?」


「あ、はい、マジ……です。だから僕も今、念のため避難準備をしていたところ……」



 ——パラパラパラ。



 どこからともなく、小石が落ちてくる音がした。


 続いてメキメキと、木の折れるような音も聴こえた。



 ……?



 奈緒は玄関から出ると、山の方に顔を向けた。


 真一も誘われるように、玄関から顔を出した。


 二人が見つめる先には、山の斜面。



 その時だった。


 信じられない事が起きた。



 ——バリバリバリバリ……!



 落雷のような轟音と共に、土砂が一斉に迫ってくるのだ!


「危ないっ!」


 真一は、愕然とする奈緒の腕を掴み、家の中へと引っ張った。



 突然、身体を動かされたため、奈緒はキャッと悲鳴を出した。


 同時に、携帯電話を落としてしまう。


 奈緒の厚底サンダルも、廊下の途中で、脱げてしまった。



「ちょ、ちょっと……!」


 慌てる奈緒。


 だが、話をしている余裕などない。



 真一は、家の奥へ奥へと、駆けた。


 転びそうになった奈緒が、肩に掛けていた紫色のバッグを落とす。


 そして、二人が真一の部屋に入った瞬間、家が激しく揺れた。



 ——グラグラグラッ!



 それは、巨大地震のようだった。


 真一は、身体を前へ後ろへ揺らしながらも、なんとか部屋のドアを閉じた。


 だが、それが精一杯だった。



 激しい揺れは、とうとう二人は突き飛ばした。


 畳の上に転がる、真一と奈緒。



 陽の光を浴びているカーテンが、たちまち暗くなっていく。


 やがて深い闇と、静寂が訪れるのだった。






つづく……

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