目が覚めたら女だった俺が
「これが……俺!?」
鳴り響く目覚ましをたたいて黙らせて、すぐに違和感を感じた俺は、顔を洗うために洗面台へと向かった。
鏡に映っていたのは、普段の俺からあらゆる角を削り落としたかのような、丸っこい表情の、女性のそれだった。
髪は少し伸びているが、邪魔になるほどではない。
逆に身長は、心なしか縮んでいるようだ。
ほどよく締まった肉体からは、そこはかとなくエロスを感じる。
寝間着姿ということもあるのだろうが、自分の体に興奮してしまうなど、あまり認めたい事実ではない。
首をブルブルと震わせると、つられて体が大きく左右に揺れた。
胸板の厚さでつま先が見えないと思ったら、これは胸板ではなくて胸だったらしい。
「……どういう、ことだ?」
当然だが、心当たりなど無い。
昨日までの俺は、ごく普通の工業高校に通う、男子高校生だったはず。
いつも通りの生活を送っていた。
強いて何か違うことがあるとすれば、今日が俺の、16歳の誕生日だということぐらいか……
「いや、いつまでもこうしちゃいられない……」
今日は、幸いなことに学校の授業は休みだが、所属しているサッカー部の練習がある。
いつまでも家で困惑しているわけにもいかない。とりあえず着替えることにしよう。
クローゼットに入っているのは、当たり前だが、いつも着ている男物の服装だ。
スポーツウェアを被るように着て、改めて鏡を見ると……これはまずいと、さすがの俺でも気づく。
具体的にどことは言わないけれど、主に首とお腹の間あたり。
あるいは肩と肩の間あたりが、やばい。
こんなやつが歩いていたら、無意味に注目を集めてしまう……
だが、これも当たり前のことだが、男一人暮らしの俺の家に胸を押さえる道具などあるはずもない。
風呂場から持ってきたタオルで、邪魔な胸の脂肪を抑え付け、押しつぶしてから服を着て、その上にジャージを羽織ることで、なんとか体裁を保つことに成功する。
若干胸元が苦しい気もするが、今日のところはこれで我慢することにしよう。
◇
シューズや着替えの入ったリュックを背負い、いつも通りの通学路を走る。
まだ朝早い時間ということもあり、人通りはほとんど無いが、いつもと比べて視線を感じるのは、気のせいだろうか。
ジャージ姿で校門をくぐり、サッカー部の部室にたどり着いた。
「ゴザマーッス」
いつもの調子で、いつもと違う声で、扉を開けるとそこにはすでに先客がいた。
同じ学年、同じクラスの友達が、いつもと違う雰囲気の俺を見て驚いていた。
「あの……もしかして、田中聡君の、妹さんですか?」
「妹!? いや、俺だよ俺! 俺が田中聡だよ!」
「田中は風邪ですか? わざわざ伝えに来てくれたのですね?」
「そうじゃなくて……目覚めたらこうなってたんだ」
「……?」
まあそりゃ、そういう表情になるのもわかるけど……
でも、どうにか信じてもらうしかない……一体どうしたら……
「とにかく、今日も俺は練習に参加するから!」
「そうか、田中の代わりに……と、よく考えたら妹さんも田中さんですね。聡の代わりに練習に参加したいということですか?」
「そうじゃなくて!? 俺が聡なんだってば!」
「そういうことにしておけということですね……まあ、良いでしょう。コーチには俺から伝えておくよ」
「あ、ありがと……じゃなくてっ!?」
どうにも上手く伝わっている気がしない……
もうこうなったら、技術で納得させてやる。
部内で一番の俺のドリブル技術を見せれば、さすがに納得してくれるだろう。いや、納得させてやる!
すね当てをつけてシューズを履き替えて、俺はグラウンドへと向かった。
俺の高校は、工業高校というだけあって男女比が大きく偏っているのだが、女子が一人もいないわけじゃない。
だから、今の俺が学校に入ったとしても、それだけで怪しまれることはなかった。
だが、男子サッカー部の練習場に、女子が紛れ込めばさすがに混乱を招くことになるらしい。
予想はしていたことだったが、その様子は予想以上だった。
まず第一に、あからさまに距離を置かれている。
ひそひそと、俺を噂する話し声が聞こえてくる。
「なあ、あのかわいい子、誰だ?」
「聡の妹らしい……聡の代わりに練習に参加するんだと……」
「男子の練習についてこれるのか……? いや、無理だろ……」
「それはまあ、お客様扱いしろってことだろ。良いだろ、色気のないうちの部に、一輪ぐらい花が咲いてても……」
「そうだな。そしたら俺が、手取り足取り……」
「「ぐへへ……」」
改めて見て思ったけど、男子ってキモいな。
いや、俺も昨日までは普通の男子だったんだが、少し視点が変わるだけでこうなるのか。
少なくともあの二人とは、この姿では距離を置くことにしよう。
とはいえ、あたりを見渡しても、概ねあいつらと同じような態度だった。
「おい、挨拶に行けよ」
「嫌だよ……こえーじゃん」
など、いかにも女子に耐性のない、工業高校生の悪いところがむき出しになっている。
仕方が無いので、一人で適当にリフティングをしながら時間を潰していると、校舎から出てきた一人の先輩が、俺のところに駆け寄ってきた。
この人は、サッカー部のキャプテンで、俺の目標にしている先輩でもある。
いつもだったら、コーチへの挨拶を終えた後は他の先輩に交じってウォームアップをするのだけれど、今日は俺の様子がどうしても気になったのだろう。
軽く息を切らした先輩の方に、俺からも近づいていき、先手必勝とばかりに頭を下げる。
「あ、キャプテン! おはようございます!」
「あ、ああ……聡の妹さんだったか?」
「いえ、俺が聡ですよ」
「そ、そうか……今日は、一緒に練習するんだってな……よろしく」
この部に入って大分経つけれど、こんな歯切れの悪い先輩を見たのは今日が初めてだ。
早いところ、俺が俺であることを認めさせないと、面倒なことになりそうだ……いや、面倒なことにはすでになっているか。
◇
部活動の練習は、適当なやつと二人組を組んでのパス練習から始まる。
うちの部では、チームメイトとの交流もかねて、毎回違う組み合わせになるように、くじ引きが採用されている。
箱に入れられた、番号の書かれたピンポン球をそれぞれが引き、同じ番号を引いた人とペアになる。
下手くそと組むと、あらぬ方向に蹴られたボールを追いかけて走り回る羽目になるのだが、それぐらいなら笑って許されるぐらいの人間関係がこの部にはあった。
大会で勝てるような強さは無いが、俺はこの雰囲気が好きだった。
そしてそこに、俺という不純物が混ざることで、和やかな雰囲気は消し飛んでしまった。
まず始めに、くじ引きで不正を使用とするものが現れた。
「えっと……8番です」
俺がそういった瞬間、俺より前にくじを引いていた奴らは自分の番号を見て苦悶の声を上げ、それを見てまだ引いていない奴らがにんまりと、下卑た笑みを浮かべる。
そして俺の後ろに並んでいた先輩が、くじを引くときに何かガサゴソとしていると思ったら、どうやら手を入れるための小さな穴から中をのぞき込み、狙った番号を引こうとしていたらしい。
当然そんな不審な動きをしていたら、すぐにばれる。
不正先輩は、他の先輩たちに引っ張って、連れ去られていった。
そしてその次の別の先輩も、まるで動きをなぞるようにして……
不正を防ぐためということで、そこから先のくじは全部俺が引いて手渡しすることになった。
中学時代に女子たちが「ちょっと、男子!」と言っていたのを思い出す。
そこまでして、女子とボールを蹴り合いたいものかね……
◇
その後、俺とパス練習をする権利を引き当てたのは、列の後ろの方に並んでいたキャプテンだった。
さすがは、俺たちの部をまとめるだけあって、なかなかの引き運を持っている……ってことになるのか?
俺としても、キャプテンと組むのは久しぶりだ。
いかに正確にパスを出せるか、というだけでも、俺の成長を伝えるチャンス。
ここは気合いを入れて行こう!
「キャプテン、今日はよろしくお願いします!」
「あ、ああ……よよ、よろしく……田中さん!」
そう、気合いを入れて。キャプテンの目を覚ますためにも。
俺が『妹』じゃなくて『田中聡』本人であることを認めさせるためにも!
まずは短い距離で、ポンポンポンと、リズミカルにボールを蹴り合う。
さすがはキャプテンで、確実に俺の足下に、正確なパスを出してくる。
正確にトラップした俺も、負けじとキャプテンの足下に蹴り返す。
リフティングをしていた時も思ったことだが、俺の体は大きく変化してしまったが、体の感覚自体はほとんどそのままになっているようだ。
身長が下がったから重心も下に落ちているはずだし、胸元にめちゃくちゃな重りをつけているからさらに不安定になっていると思うのだが、その影響はほとんどなかった。
「なかなか、やるな! これならどうだ?」
俺のパスを受けて実力を認めてくれたのか、少し強いボールが返ってくる。
「まだまだいけますよ、キャプテン!」
俺はそれを華麗に受け止めて、こちらからも少し強くボールを蹴る。
俺とキャプテンの間には、青春空間が生成されていた。
これだよ! 俺はこれがやりたかったんだよ!
ある意味ではいつも通りの練習でしかないけれど、当たり前のありがたさに改めて気づかされる俺だった。
ちなみに、俺とキャプテン以外のパス練習は、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
どうやら俺たちの様子が気になるのか、注意散漫な状態で、そんな状態でパスを出せばボールはあらぬ方向に飛び、受ける側も後ろに流したり受け止め損ねて転がしたり。
それたりしたボールを追いかける最中に他のペアのパスコースに割り込んでしまい、それがさらなる混乱を招く。
不信感を持った相手へのパスは、自然と乱れるもので、普段は丁寧にボールを蹴る人も、相手から1メートル以上離れた場所にパスを出したりして、負のスパイラルを強化していく……
「おい、馬鹿! そんなパスがとれるか!」
「うるせえ、馬鹿! お前に言われたくないわ、馬鹿!」
ボールと一緒に低レベルな罵声が飛び交う時間が十分ほど続いて、ようやく最初のウォームアップが終わる。
俺とキャプテン以外の面々は、ウォームアップ終わりとは思えないほどに疲労困憊の様子だった。
そのせいで、普段はとらない五分間の休憩時間が設けられることに。
キャプテンは、俺のことを改めてコーチに報告するためか、校舎に戻ってしまったので、余裕のある俺は一人一人にドリンクを配ることにした。
なんでこんな、マネージャーみたいなことを……とも思ったが、地に伏せって動けないほどに消耗している仲間もいる状態で、のんびりしていられるほど俺の心は図太くなかった。
「先輩、アクエリです!」
「ああ、ありがとう……ございます」
「どうしたんですか、先輩? ちゃんとしてくださいよ!」
そうして一人一人の仲間たちに、給水用のボトルを手渡していく。
こいつらは単純なもので、俺が一言「頑張ってください」と言うだけで、みるみる体力を回復していった。
なんだ? いつの間にか俺には、回復魔法のスキルでも身についていたのか?
「俺がお前を、天皇杯に連れて行くからな」
なんて、わけのわからないことを言い出すやつもいた。
同じ学年、同じクラスの友達だ。明日から俺は、どういう顔でこいつに会えば良いんだよ……
◇
結局その日の練習は、普段の十倍ぐらい過酷なものになった。
途中からコーチが混じって、本格的な練習になったのだが、なぜかみんなの本気度がいつもと違う。
オフェンスとディフェンスに分かれたゲーム練習でゴールにボールを入れたやつは、それこそ公式戦で点を決めたぐらいの喜びを見せ、逆にそれを止められなかったキーパーは、選手生命でもかけていたのかってぐらいに悔しがっていた。
そんな白熱した様子を見て、コーチも調子に乗ってさらに過酷な練習を課す。
普段は足を引っ張っている怠け者たちが、なぜか今日はシャキシャキ動いているから、それもあるのだろう。
白熱していく仲間たちに、俺も自然と気合いが入り、多分そんな俺も、みんなに良い影響を与えていたんだと思う。
ここまで純粋な青春の汗を流したのは、いつ以来だろうか。
日が暮れて、今日の練習が終わりとなる頃には、俺が女であることなど、みんな気にしていなかった。
時折視線を感じることはあったが、最初の頃のような粘っこいそれではない。
友達と雑談しているときにそれを話したらそいつは
「ああ、それな……(がっつくのはかっこ悪いからな)」
と言っていた。
後半部分はごにょごにょしてて聞き取れなかったが、どうやらこいつも同じように感じているらしい。
練習の終わりに、コーチに呼び出されて、俺は全員に向かって挨拶をすることになった。
よくわからないが、それをすることでうちの部は確実に強くなれるらしい。
体育座りでこちらに注目する全員の前に立って、普段はキャプテンがやっている締めの言葉を口にする。
「えっと、皆さん。今日はお疲れ様でした……」
「「「お疲れ、さまっした!!!」」」
普段キャプテンに対してされる百倍ぐらいの返答に、思わずたじろいでしまうが、これではキャプテンに笑われてしまうな……
とはいえ、何を言えば良いのだろうか。
考えていなかったことだから、あまり格好良いことは言えないかもしれない。
だから俺は、今の素直な俺の気持ちを言葉にしよう。
「……今日、俺に『天皇杯に連れて行く』なんてことを言ってくれた人がいました。でも俺は、今日ぐらいの頑張りを毎日続ければ、それは夢でも何でもないように感じました。みんなで、天皇杯に出ましょう!」
「「「う゛ぉおおおぉおお!」」」
手と手を打ち鳴らして、よくわからないうめき声を上げる部員たち。
その様子はまるで……その、ジャングルに住む類人猿のようだ。
俺はこれから、このゴリラたちとサッカーを続けるのか……まあそれも、面白そうではあるか。
その後、部活はそのまま流れ解散となった。
部員たちが全員で空気を読んでバリケードを築き上げたので、広い部室を俺一人で独占することになった。
まあ、確かにあいつらにこの姿は少し刺激的すぎるか。
汗と泥で汚れた服を脱ぎ、いい加減緩くなってきた胸元のタオルを外して別のタオルを巻き付けてから、学生服を着る。
女性の体に男子の制服は多少違和感がある……が、学校で私服を着るわけにも行かないから、仕方がないだろう。
近頃のユニセックスがどうこうの影響で、女子が男子の制服を着ることも、校則上は許可されているから、今の俺がこの服を着ること自体に問題はない。
ちなみに、当然男子が女子の制服を着るのもOKとされているが、今のところどちらも、実際にしているやつは見たことがない。
なんのためのルールだよと思っていたが、こんなところで役に立つとはな。
「お待たせ」
部室を出ると、必然的に全員の視線を集めることに。
色っぽさの欠片もない格好のはずなのだが、それでも顔を赤くするのは、夕日のせいだけではなさそうだ。
本当に女子への耐性が弱いのだろう。逆に心配になってくるほどだ。
いつまでも俺がここにいると、こいつらは本当にいつまでも動かなさそうだったので、いろいろ話をしたい気持ちはあるが、このあたりで退散することにしよう。
「あ、それじゃあ俺は、一足先に帰りますね。お疲れ様でした……」
「「「お疲れ、さまっした!!!」」」
相変わらず、コーチやキャプテンに向けられるよりも大きな声には、慣れてきそうにもない。
部室から歩いて学校の門を抜け、振り返るとあいつらはまだ頭を下げていた。
これは本当に、早々に退散した方が良さそうだな……
◇
男子の制服を着る女子はやはり注目を集めるようで、帰り道では通行人から何度か二度見をされた。
そりゃ俺だって、そんなやつがいたら気になってしまうだろうから、仕方がないのかもしれないが。
そんなことはあったが、特に問題もなく家に着くと、ポストに一通の封筒が入っていた。
差出人の名前を見ると、俺の母親の名前が書かれている。
放任主義の俺の親が、手紙を出すとは珍しい。
部屋に戻って荷物を置いて、服を洗濯機に放り込んでから封筒の縁をはさみで切ると、中から折りたたまれた手紙が出てきた。
母の字で、そこにはこんなことが書いてあった。
元気にしてますか?
今日は聡の16歳の誕生日ですね。
そういえば、思い出したのですが、私も15歳までは男だったんです。
あなたが私の血を引いているなら、そろそろ……でしょうか。
まあ、覚悟しておいてね。
必要な物があったら、送るから手紙をください。
それじゃあ、お元気で
母より
男勝りの母だと思っていたが……そういうことは、せめて前日までに伝えてほしい。
だがこれではっきりした。
信じられないことだがどうやら性転換は、遺伝の問題だったらしい。
そして俺は、これからは男子を捨て、女子として生きていかなくてはならないらしい……




