First GIG 9
「うぅ……ん……」
「あ、目を覚ましたみたいだよオジサン」
リタに呼ばれ、慌てて駆け寄る。
ベットに寝かされたレオラさんが、ユックリと目を開けた。
今は夕刻。彼女があの爆音で気絶してから、既に数時間が経過している。
「レオラさん大丈夫か? 耳が痛かったり聞こえ辛い事はないか?」
オレが声を掛けると、レオラさんは暫く天井を見つめた後か細い声で「大丈夫です」と答えた。
「そうか……良かった。リタ、ありがとうな」
「ふふん、リタのスキルもなかなかのモノでしょ」
リタが笑顔で胸を張る。
レオラさんが倒れた後、オレは偶々工房を訪れたリタに回復スキルによる治療をお願いした。
どうやら鼓膜は無事なようだ。オレはホッと胸を撫でおろし、リタとレオラさんにお互いを紹介した。
「あの……あの子は……」
「もんがーちゃん? 大丈夫、元気になってるよ」
それまでレオラさんの枕元で寄り添っていたもんがーが、彼女の胸元に飛び乗った。
「キィ~……」
「もんがー……良かった……」
レオラさんが右手を近づけると、もんがーはその指先に頬ずりをする。その光景に胸が痛んだ。
「レオラさん申し訳なかった。アレは完全にオレの不注意だ」
オレは、ベットに顔を埋める勢いで頭を下げた。
「えっ!? いえっ! そんな!」
最敬礼を超える謝罪に、レオラさんが慌てて上体を起こす。
「オジサ~ン、いったい何をやらかした訳?」
「アレは……」
レオラさん達の治療が終わった後、改めて考えてみた。
「恐らく、新型アンプが正常に動作した結果だと思」
「えっ!? アレ完成したの?」
リタが食い気味に反応する。
「完成したってのは、語弊があるかな……」
あのアンプも、リタやイリアに試奏して貰っている。
その時から手は付けていないし、本来であれば最低限の音が出る程度だったはず。
その為、全てのコントロールノブをMAX、いわゆるフルテン状態にしてあった。爆音で出力されたのは、その影響もあっただろう。
しかし、例えフルテンだったとしても、想定以上の音量だった。
何だ? 今までと何が違った?
「ちょっとオジサン?」
黙り込んでしまったオレの顔を、リタが心配そうにのぞき込む。
「リタ、レオラさん、頼みがある。一週間後に、改めて新型アンプの試奏を頼みたいんだ。引き受けてくれるか?」
「リタは良いよ。今日も、そのつもりだったし」
「私も……大丈夫です……」
二人は快く同意してくれた。
特にレオラさんは、ついさっき酷い目に合ったばかりなのに……。
「ありがとう」
オレは心から感謝した。
エレキとアンプについて、確信に近い物はある。正直に言えば、今すぐ確かめてみたい。
だが同じ失敗をする訳にはいかないし、改めて調べておきたい事もある。
「レオラさんのリュートは預かっておくよ、一週間後にはリペアも終わってるはずだし。それと……」
オレはベットの脇に置かれた、一本のアコースティックギターを手に取った。
「今回のお詫び。もし良かったら、使って貰えるかな?」
そう言ってレオラさんに差し出したのは、試奏で弾いていたハミングバード。
「そ、そんな……私、全然気にしてませんから……傷も、リタさんに直して貰いましたし……」
「良いじゃん良いじゃん、貰っちゃいなよレオラちゃん。ケチなオジサンがタダで楽器をくれるなんて、今後一生ない事かもしれないし」
「リタ、一言多いぞ……間違ってもいないけど」
努力の成果を、安売りするつもりはないからな。
「でも……」
レオラさんは、取り合えずハミングバードを受け取ったものの、どうすべきか迷っているようだ。
「お値段……お幾ら位……する物なんですか?」
「ん~……売りに出すつもりは無かったから、正式に決めた訳じゃないけど……銀貨で20枚って所かな?」
「にっ!!?」
銀貨1枚は、前の世界で言うと1万円位の価値。
店にもよるが、新品のハミングバードが40万円位だったと思う。
贔屓目なしに見ても、造りは本物に負けない出来だ。前世界の個人ビルダーなら、この2~3倍は貰わないと、とても商売なんか出来ない。
しかし、今のオレには工作のスキルがある。慣れてくれば、一本作るのに5日も掛からないだろう。
材料費と手間賃を考えれば、この位が妥当だと思う。所詮、コピー品だし。
それでも、駆け出し冒険者には敷居が高いのか、レオラさんは首をブンブンと横に振った。
「そ、そんな高価な物、頂けません!」
「今日の事は、アンプの設定を確認せずに渡したオレのミス。何より、このギターはレオラさんが初めてスキルの発動に成功した楽器。きっと君なら、大切に使ってくれると思ったんだ」
「それは勿論……ですが……」
「その方が、楽器にも良いと思う。試奏の為だけに置いておくよりもね」
それは、半分本音。
楽器は鳴らす事で成長する。どんな環境で、どんな曲を弾くか、どんな音を奏でるかで、その個体に個性が生まれる……と、自分では考えている。
だからこそ、弾ける状態であれば弾いてやりたい。楽器は生きているから。
「無理に押し付けるつもりはないから、迷惑なら……」
「い、いえ! 迷惑なんてとんでもないです!」
レオラさんが、ハミングバードを抱きしめる。
「有難く頂戴します! きっと! ずっと! 大切に! 弾き続けます!」
その決意とも取れる言葉は、今までのレオラさんからは想像も出来ない程に力強かった。
「良かったね、レオラちゃん。でも、そんなに固くなってちゃ良い演奏は出来ないよ。リラックスリラックス♪」
「は、はい、そうですね……」
熱くなりすぎた自覚があったのか、リタに指摘されたレオラさんが顔を赤くして深呼吸を始めた。
「レオラちゃん、ギターは初めてなんだよね? 良かったらリタが教えよっか?」
「良いんですか?」
「まだまだギターリストは少ないし、仲間が増えるの嬉しいからね~」
ウチの工房に来る客の中で、実はリタが一番の古株。
今までも、こうして新しい客に手解きをしてくれた事がある。あのイリアも、最初はリタからギターを学んでいたりする。
ホント謎なんだよな。このリタと言う、見た目幼女なお得意さんは……。
「じゃ、早速マスターのお店で弾いてみようか」
「はい……って、えぇ! 行き成り実践ですか!」
「何事も経験だよ。ねっ、オジサン♪」
リタの後ろで、レオラさんが助けを求めている気がする。
が、ここは若いミュージシャン同士のコミュニケーション。オレが立ち入るべきではない……と思う。
「それじゃまた来週。リタ、レオラさん、もんがーも宜しく」
「りょーかい、じゃレオラちゃん、もんがー君、行こっか♪」
「えぇぇ……」
「キィ~」
楽し気なリタと、半ば引きずられるように工房を後にするレオラさん。
レオラさんの仕事に付き合えるのが嬉しいのか、肩に乗ったもんがーが飛び跳ねていたのが印象的だった。