First GIG 8
その部屋にはアコギとエレキ、更に試作で作ったウクレレやベース等も置かれている。
オレは、レオラさんに楽器を一つ一つ説明していった。
興味深そうに耳を傾けるレオラさん。その肩には、もんがーが乗っている。
ちゃんとレオラさんの言う事を聞いているようで、彼女の肩で大人しくはしているのだが、不思議とレオラさん以上にオレの話に聞き入っている様に見える。
そんな訳ないか……。
「じゃあ、まずはアコースティックギターでも弾いてみようか」
レオラさんを椅子に座らせ、アコギを渡す。
それはハミングバードと呼ばれる名器を模した、オレの作ったアコギの中でも自慢の一本だ。
その名の通り、ピックガードにハチドリの絵が描かれている。うろ覚えだが、我ながら上手く再現出来ていると思う。
個体にもよるが、甘く温かみのある音色が特徴で、プロ・アマ問わず多くのギターリストに愛されたモデル。
オレも金さえあれば……。
「ありがとう……ございます……」
レオラさんが、恐る恐るアコギを受け取った。
初めての楽器でスキルを発動する事は困難だが、弦楽器の経験があれば、反応位は確認できるだろう。
オレがギターの音階を説明すると、レオラさんは探り探り音を鳴らし始めた。
ガット弦の柔らかな音とは違う、鉄弦の硬質な音色が響く。
緊張のせいか、レオラさんの顔が強張っている様に見える。
レオラさんからすれば、ただ初めての楽器を弾いているだけ……ではない。彼女にとって、初めての愛器が見付かるかもしれない。そうした期待感もあるのだろう。
たどたどしいが、ユックリと確実に音を連ねていく。
その音色に、レオラさんの透き通った声が重なる。それは酒場で弾いていた曲と同じ、切ないバラードだった。
二人の出会い、芽生えた想い、穏やかに過ごす日々、やがて来る別れ、それでも変わらぬ恋心。
言葉にすると恥ずかしい事も、歌に乗せると言えてしまう不思議。これも音楽の持つ力だよな……。
そんな事をしみじみと感じていると……。
「キィ……」
聞き覚えのある獣の声が聞こえる。
見れば、レオラさんの抱えたアコギのサウンドホールが薄く発光していた。コレは、スキル発動のサインだ。
レオラさんは弦を押さえる左手に集中している為か、まだ気が付いていない。
「キィイ!」
もんがーが叫び、レオラさんの肩からアコギの上に飛び降りる。その時、レオラさんはようやく淡く光るボディに気が付いた。
「あ……」
レオラさんが歌と演奏を止めた為、光はすぐに消えてしまった。
それが見間違いだと思ったのか、レオラさんがアコギとオレの顔を交互に見る。
「おめでとう」
オレが笑顔でそう言うと、レオラさんはキョトンとした顔で目を瞬かせた。
「ほ、本当……ですか?」
オレは無言で頷く。
レオラさんは固まった表情を少しずつ崩し、やがて瞳から大粒の涙を溢れさせた。
「キィ……」
もんがーがレオラさんの肩に戻り、優しく頬ずりをする。
「ありがとう……ございます……」
レオラさんがもんがーに寄り添いながら、深々と頭を下げた。
コチラも商売でやっている事。あまり畏まられると恐縮してしまうが、ストレートな感謝の言葉は、やはり嬉しい。
ビルダーを志して数年。選んだ道が正しかったのか思い悩む日もあった。今でも正解だったかは分からないが、こうして直に喜ぶ姿を見ると、費やした時間は無駄ではなかったと思える。
「レオラさんはリュートの経験があるから、少し練習すれば、すぐに使えるようになると思うよ」
「は、はい。頑張ります」
レオラさんは涙を拭い、今までより幾分か力強く返事をした。心なしか、眼差しにも力強さが宿った様に見える。
「アコギが使えるなら、エレキも使えるかもね。イリアやリタもそうだったし……試してみる?」
「はい、是非お願いします」
随分前向きになって来た。
スキルが使えるようになれば、ギルドの依頼を受けられる様になる。それは、正式に冒険者として歩む事が出来る証でもある。
今のレオラさんは、やる気や希望が湧き上がってきている事だろう。
そんなプレーヤーを焚き付け……じゃなくて、サポートするのもオレの役目だ。
早速、エレキギターと試奏用アンプのセッティングを始める。
エレキの方は、イリアの愛器であるレスポールと並ぶ名器、ストラトキャスター。
前の世界で「世界で一番有名なエレキギターは?」と聞かれたら、多くのプレイヤーがレスポールかストラトと答えるだろう。
それほどメジャーであり、またそれに相応しいスペックと実績を持ったモデルだ。
1ピースメイプルネック、ボディ材にはアルダーを使用。塗装は定番の3TS
シングルPUを3基搭載、PUセレクターは5WAY、1ボリューム2トーンと基本に忠実なスペック。
レスポールに比べるとスケール(弦長)が長く、手の小さい女性には向かないかも知れないが、時に鈴の音と評されるストラトの音色が、レオラさんの澄んだ声に合いそうな気がした。
続いてアンプは……と、試奏用のアンプを探し始めた時、リペア室でメンテナンスしていた事を思い出した。
「あ~……しまったな」
「どうかしましたか?」
レオラさんが、不思議そうに尋ねてくる。
「いや、アンプを隣の部屋に持って行ったんだった……」
そう言って振り返ると、レオラさんの背後の棚に、試作品の新型アンプが置かれているのを見付けた。
とりあえず試奏だし、これでも良いかな。
「コレで試してみて貰えるかな」
そう言って、レオラさんに試作品を渡す。
「コレ……ですか?」
今回の試作アンプは、イリアのモニター結果を受け、首に巻くチョーカー型から胸元にスピーカーを配置する、ネックレス型に変更した。
ネックレスと言っても、スピーカーの振動を抑える目的で、全体を防振材の布で覆っている為、スカーフか下手すれば胸当ての様に見える。
どちらにしろ、楽器っぽくはない。
オレはレオラさんに説明をしながら、新型アンプを首から下げさせた。
肩のもんがーが、不思議そうにアンプの匂いを嗅ぐ。
頼むから齧るなよ、と念を飛ばしながら、エレキとアンプをケーブルで繋いだ。
無線で接続する事も可能だが、オレはシールドケーブルを使う方が好きなので、ワイヤレスシステムは作っていない。
そもそも、今のスタイルならワイヤレスにするメリットも無いしね。
「まだ未完成だけど、音は出るしスキルの発動も確認済みだから、反応は見れると思うよ」
一通りの使い方を伝え終わると、オレはリペア室のアンプを取りに行く事にした。
あんな低音質・低出力を、エレキ本来の音だと思われちゃ困る。ビルダーとしての、オレの沽券にも関わる話だ。
短時間なら、席を離れても大丈夫だろう。オレはレオラさんに断りを入れ、部屋の扉へと向かう。
そして、扉のノブに手を掛けた瞬間……。
「わぁあっ!!」
突如背後から打ち付けられた衝撃波に、心臓が跳ね上がる。
それは、耳に痛みを感じる程の爆音、いや甲高い爆発音の様だった。
激しく脈打つ胸を押さえ、背後を振り返る。そこには、椅子から転げ落ちたレオラさんと、仰向けで転がるもんがーの姿が見えた。
「だ、大丈夫か!」
慌てて駆け寄り声をかけるが、一人と一匹はピクピクと痙攣したまま、オレの声に反応する事は無かった。