First GIG 7
その日は朝から快晴。新型アンプの開発に行き詰っていたオレは、庭で木材の加工に勤しんでいた。
新型アンプには様々な素材を試したが、小型化と音質の両立は納得のいくレベルに至っていない。
か細いながら音は出ているし、電子信号から魔力信号への変換は間違っていない筈。
ZO-3の様なアンプ内蔵ギターも作ってみたが、従来品よりも音質は低下し、ギターとアンプの互換性がなくなると言うデメリットも発生した。コレなら、今までのミニアンプの方が良いだろう。
いっその事、小型化を諦めようかとも考えた。
従来型の巨大アンプとスピーカーを大量生産すれば、兵器として国に売れるんじゃないか……と。
しかし、オレが作りたいのはあくまで楽器。この世界の基準に合わせ、武器としての性能も考慮はしているが、大量破壊兵器を作りたい訳じゃない。
そもそも出力が上がれば、演者の魔力消費も相応に上がる。単純に出力だけあれば良いと言う話でもないだろう。
……いかん、またアンプの事を考えてしまっている。
気分転換も兼ねて、庭で作業をしていると言うのに……。
気持ちを切り替えよう。作業に集中すべく、自らの頬を軽く叩く。
その時、町の方からやってくるローブ姿のレオラさんを見付けた。
暫くすると、レオラさんの方もオレを見付けたらしい。一度頭を下げると、背中の荷物を背負い直し、駆け足でコチラに向かってきた。
「す、すみません……すぐにお伺いするつもりが、遅くなってしまって……」
「良いよ良いよ、そちらの都合もあるだろうし。大丈夫だよ」
息を切らせたレオラさんを落ち着かせ、さっそく工房内のリペア用の作業部屋へ案内する。
リペアは細かい作業も多い為、明るさを確保出来るよう南側に大きな窓を設置した。そのおかげか、他の部屋よりも開放感がある。
右手の壁には工具棚が並び、反対の壁には預かった楽器が並んでいる。
作業部屋に入ると、レオラさんは物珍しそうに並べられた楽器や工具を眺めていた。
「色々な楽器を……直されているんですね」
「ギターだけじゃ、実入りが乏しいんでね」
室内には弦楽器は勿論、打楽器や管楽器等も並んでいる。
吟遊詩人は詩を歌う者。管楽器を使う事は稀だが、他の吟遊詩人とのセッション等で使用する者もいるらしい。オレは鉄工のスキルを持っているので、管楽器のリペアも問題なく行えている。貴重な収入源だ。
「さて、取り合えずリュートを見せてよ」
「は、はい……」
レオラさんは背負っていた革のバッグを下ろすと、中からリュートを取り出し、そのまま作業台の上に置いた。
3年前に見た時と変わらず、全体的に使用感はあるが、大切に使っている事が分かる。
オレはリュートを確認しようと手を伸ばした。すると……。
「キィイイイー!!」
ハウリングの様な甲高い叫び声と共に、黒い影が飛び出し、オレの右手に覆い被さった。
次の瞬間、指先に鋭い痛みが走る。
「痛っ!」
慌てて手を引っ込めると、黒い影はオレの手から離れ、作業台の上に舞い降りる。
その影は、黒い毛並みをしたネズミ……いや、リスの様な拳大の生物だった。
「こ、こら! もんがー!」
レオラさんが、今まで聞いた事のない大きな声で叫び、作業台のリスを両手で掴み上げる。
捕まったリスは、レオラさんの手の中でジタバタともがくが、疲れてしまったのか、やがて大人しくなった。
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」
レオラさんはリスを掴んだまま、何度も頭を下げる。
「えっと、良く分からないけど……その子は?」
「わ、私の……友達……シアモモンガの……もんがーです」
リスじゃなくてモモンガだったのか。しかし、もんがーって……。
シアモモンガは、その名の通り黒いモモンガ。
一応魔獣ではあるが、確か戦闘力は殆どなく人への被害も無い為、討伐対象にされる事はまず無いと聞いた。
レオラさんは大人しくなったもんがーを、再び作業台の上に置く。
もんがーはオレとリュートの間に座り、敵意満々でオレを睨みつけた。
「何か、怒ってるように見えるんだけど?」
「た、たぶん……私の楽器を……守ろうとしてくれているんだと……思います」
オレがリュートに手を伸ばすと、もんがーは唸り声をあげて威嚇する。
「なるほど。しかし、これじゃ手が出せないな」
「だ、大丈夫です……言い聞かせれば……分かってくれますから……」
レオラさんは、もんがーに顔を寄せ「この人は大丈夫」「噛んじゃダメ」と何度も繰り返す。
「ついでに、商品を噛まない様にも言っておいてくれる?」
何せ、工房に置いてある楽器の大半は木製。正直、げっ歯類に居て欲しい空間ではない。
「ごめんなさい……私が連れてきたせいで……」
「君の言う事は聞いてるみたいだし、齧ったりしなきゃ大丈夫だよ」
オレが再びリュートに手を伸ばしても、もんがーは暴れたりせず、チラチラとオレの顔を見るだけだった。
「しかし良くなついているね、ひょっとしてテイマーのスキルを持ってる?」
「いえ……私は吟遊詩人のギフトしか……持っていないので……」
そう言えば、そんな事を言ってたな。
レオラさん曰く、もんがーは元々テイマーのスキルを持つ母親と従魔契約をかわしていたが、血縁者にだけ可能な「契約譲渡」という裏技で、母親からレオラさんに従魔契約を移行させたらしい。
「私……昔から引っ込み思案で……人と話す事も苦手で……だからお母さんが……」
「友達を紹介してくれた訳だ」
出会ったころから、ずっとオドオドしているなとは思っていた。
5年前も、酒場での再開時もそうだった。その時の状況に怯えているだけかと思っていたが、元からの性格だったのか。
「何時も出かける時は……お留守番して貰うんですけど……」
「良いよ良いよ、それでレオラさんが落ち着けるなら」
バンドマンは、兎角ヤンチャな人間が多いと思われがちだが、中には内気でシャイな人間も居る。それがステージに立つと誰よりも輝けたりするんだから、それも一つの才能なんだろう。
彼女も、そのタイプかな? ギャップ萌えって良いよね。
「そうだ、先に試奏をしてみるかい?」
「……良いんですか?」
「勿論、それも今日の目的だろ?」
「は、はい……では、よろしくお願いします」
どの道リペアにはそれなりの時間が掛かる。リュートは預かる事になるだろう。オレは、レオラさんを隣の部屋へ案内した。