First GIG 6
イリアの仲裁(?)により、事なきを得た少女。
今は閉店となった酒場のカウンターに、オレ達と並んで腰かけ、イリアにおごって貰った果実水を飲んでいる。
閉店と言っても時間はそれ程深くない。イリアの立ち回りにより、オレ達以外の客が全て帰ってしまった為だ。
「損失分は弁償する」と言ったイリアに、マスターもそれ以上の事は言えず、今はガラクタとなったテーブルを片付けている。
「ごめんなさい、演奏の邪魔をしてしまって」
イリアが少女に謝罪するが、そもそも謝るべき相手はマスターだろう……。
「いえ、助けて頂いてありがとうございます……」
少女はイリアに頭を下げると、被っていたフードを外す。
現れたのは、茶色い髪をした少女。
やっぱりな……リュートを見た時から、そんな気はしていた。
肩付近で切り揃えられた茶色い髪は、その毛先だけ黒く、琥珀色の大きな瞳は、5年前の面影を残していた。
「私……レオラと言います……私のせいで弁償する事になって、ごめんなさい……」
レオラと名乗った少女は、消え入りそうな声で謝罪し、頭を下げた。
「私はイリア。弁償の事は心配しないで、場末の酒場一日分の売り上げなんて、私にとってはランチ代と変わらないから」
どれだけ豪華なランチを楽しんでるんだか……まぁ、お貴族様なら不思議でもないか。
納得しかけるオレに対し、レオラさんの表情が徐々に強張って行く。
「あの……ひょっとして、貴族様……ですか?」
「イリア・スター・ポルファス。西の領地を治めるポルフォス家の長女よ、よろしくね」
イリアが身分を明かすと、レオラさんはイスから飛び降りて床にひれ伏す。
「し、知らぬ事とは言え……大変な不敬を働き、誠に申し訳ございません……」
土下座で謝罪するレオラさんに対し、イリアは椅子から立ち上がり、片膝をついた。
「今の私は、貴方と同じ一人の吟遊詩人。畏まる必要はないわ」
イリアはそう言って、レオラさんを労わる様に立ち上がらせる。
一部で「傍若無人」と評されるイリアだが、同姓には優しかったりする。
いや、男に厳しいと言うべきか。昔、見合い相手と何かしらトラブルがあったと聞いたが、それが原因っぽい。
深くは追及してない。知人の恋愛トラブルなんて聞くもんじゃない、あー言うのは赤の他人だから安全に楽しめるんだ。昔、バンドメンバーがファンに手を出した時なんか……。
「ちょっと! ヒデオ!」
少し呆けていたか、イリアの声で現実に引き戻される。何時の間にか、イリアもレオラさんも椅子に座りなおしていた。
「アナタも自己紹介しなさいよ、レオラさんに失礼でしょ」
「コレは失敬」
若干蚊帳の外に感じていた為か、すっかり名乗るのを忘れていた。
「オレはヒデオ。楽器の製作とリペアを生業にしてる者です、よろしく」
そう言って会釈をする。
「はい、よろしくお願いしま……す」
レオラさんがオレと目を合わせた瞬間、何かに気が付く。
「アノ……失礼ですが、以前お会いした事が……」
「5年ぶりかな? おじいちゃんには怒られなかった?」
レオラさんが驚きで目を見開き、やがて顔をほころばせた。
「あの時の……」
「何? 知り合いなの?」
怪訝そうなイリアに、5年前にレオラさんのリュートを直した事、それが切っ掛けで工房を立ち上げた事を説明した。
「なるほど、つまりレオラさんのお陰で、私はポールちゃんに出会えた訳ね」
「……ポールちゃん?」
一人納得するイリアと、小首を傾げるレオラさん。
「ポールちゃんは、こっちの冴えないオヤジが作ってるギターの事よ」
イリアはそう言って、親指でオレを指した。人を指で指すなよ……本当にお嬢様か?
「ギターって、ギルドでも噂になってる……」
「噂になってるのか? そりゃありがたいな」
「それもこれも、私の活躍のお陰ね」
イリアが得意気に胸を張る。そこに関して異論は無い。現場での実績こそ、一番のプロモーションになるだろうし。
「色んな楽器を試したけど、私には一番相性が良かったの。レオラさんはリュートが愛器なのね?」
「いえ……私は……」
レオラさんが顔を伏せてしまう。その姿は、5年前に道端で泣いていた彼女とダブって見えた。
「私も……色々な楽器を試したんですけど、一度もスキルが発動しなくて……リュートでも……」
「それ、確かお母さんの形見だったよね」
「はい……母の愛器なら、私にも使えるかと思ったんですが……」
オレ自身は吟遊詩人じゃないから経験は無いが、愛器探しに苦労した話は何度か聞いた事がある。
やりたい事と出来る事は違う。オレもそれで随分と悩んだし、気持ちは分かる。
「私、吟遊詩人以外のギフトがなくて……母や父の様な立派な冒険者に、吟遊詩人になりたかったんですけど……」
「まだ諦めるには早いでしょう」
イリアが、項垂れたレオラさんの肩に手を添えた。
「レオラさんが吟遊詩人であれば、何時か絶対に巡り合う。アナタの必要とする、アナタを必要とする楽器に」
「イリアさん……」
イリアがレオラさんに向ける優しい眼差し。この1/100でも良い、オッサンにも慈悲を向けてくれないものか。
「そうだ! 今度、ヒデオの工房に行ってみない? イリアさんの愛器が見付かるかも」
「え……でも、私……お金が無くて……」
「大丈夫、取り合えず試奏してみるだけで。ギターだけじゃなくて、修理で預かってる楽器もあるから、色々と試してみると良いわ」
「おいおい勝手な事を言うなよ。預かってる物を、そうそう他人に弾かせられないぞ」
「ケチねぇ。私、何時も弾かせて貰ってるじゃない」
「そりゃ勝手に弾いてるだけだ! 許可した覚えはない!」
「あ、あの……ケンカ……しないでください」
口論になると思ったのか、慌ててレオラさんが仲裁に入る。
「あ、ごめん。別にケンカしてる訳じゃないよ」
イリアの奔放さは今に限った話じゃないし、言ってきかない事も分かっている。ただ、立場上同意をする訳にはいかないってだけだ。
「まぁ今の話は別にして、試奏なら何時でも歓迎するよ。何なら、リュートのリペアもするし」
心当たりがあるのだろう。レオラさんは、ばつが悪そうな顔をする。プレイヤーにとって、自分の楽器を管理出来ていないと言われるのは、決して気分の良い話ではない。
「ごめんなさい……自分なりに触ってみたんですけど……」
「謝る必要はないわ。装備品の整備なんて、従者の仕事なんだから」
まぁ、こういう人も居る……。って、この場合オレが従者になるのか?
「調整するにも……その、お金が……」
「それくらいツケで大丈夫よ、ねぇ?」
「ねぇ? じゃないだろ。まぁ、今日の事はオレにも責任の一端はあるし、1回目はタダで良いよ」
「本当……ですか?」
ただでさえ少ない吟遊詩人だ、先行投資をしておくのも良いだろう。
レオラさんに手書きの地図を渡し、後日工房に来てもらう様に伝えると、その日はお開きとした。
店を出る時に、マスターの恨みがましい視線を感じた気もしたが……気のせいだろう……きっと。