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First GIG 5

 それから数日が経過したある日の夜、イリアに呼び出されたオレは、町の繁華街にある一軒の酒場に赴いた。


 むき出しの石壁に囲まれ、その壁には幾つかのキャンドルランプが灯っている。


 広さはさほどではないが、席は8割方埋まっており、そこそこ繁盛しているようだ。


 すでに出来上がっている客も居るのか、大きな笑い声も聞こえてくる。


 本来、貴族であるイリアが、ましてやドレス姿の少女が足を運ぶような場所ではないが、今の彼女は一冒険者でもある。


 仕事終わりに、または情報収集の為に、この手の店を利用する事もあるそうだ。


 オレはカウンター席にイリアの姿を見付けると、その隣に座った。


「0点」


 オレが席に着くなり、イリアはそう吐き捨て、エールの注がれた樽ジョッキを口に運ぶ。因みにこの世界、成人は15歳らしい。


「アレなら今までのアンプを使ってた方が100倍マシね」


 恨みがましい視線がオレに突き刺さる。


 恐らく、以前持って行ったチョーカー型のアンプに関してなのだろう。


「音質は最低だし、音量もアコギと大差無い。何より首に巻いた状態であれだけ振動されちゃ、まともに歌える訳がないでしょ」


 音はスピーカーの振動で発せられる。出力が大きければ、スピーカーの振動も大きくなるのは当然。


 だから調整中だと言ったのに……なぜ、オレが怒られなきゃならないのか。


「仕事の話かい?」


 スキンヘッドの強面な男性が、ベーコンを乗せた皿を出しながらそう言った。


「聞いてよマスター」


 イリアが、顔なじみのマスター相手に愚痴り始める。


「なるほど、新しいアンプねぇ」


 マスターがトレードマークの口髭を弄りながら、興味深そうに身を乗り出した。


 マスターは元冒険者。10年も前に引退したらしいが、いまだに筋骨隆々で、重騎兵だった頃の面影が残っている。バーテンダーの様な制服を着ているが、なぜ何時もワンサイズ下のパッツンパッツンを着ているかは知らない。


「音は出るんだろ? なら普通に使う分には問題ないんじゃないのかい?」


「吟遊詩人の歌は魔導士の呪文詠唱とは違うの。歌や演奏の質が、スキルの威力にも繋がるんだから」


 イリアが「分かってない」と呟きながら、2杯目のエールをあおる。


 オレやマスターには分からない悩みだが、それが吟遊詩人の不人気さの一因でもある。


 上位魔導士の中には、詠唱破棄で魔法と呼ばれるスキルを発動出来る者も居る。それに対して、毎回のように歌や演奏の出来に左右される吟遊詩人のスキルは、非効率と言えなくもない。


「まぁ、現場の貴重な意見だ。有難く聞いておきな」


「そうよ、有難く聞きなさい」


 二人に、そう言って諭される。現場経験のないオレは、黙って頷くしかない。


 イリアの言う事も尤もだし、何よりその欠点はオレも把握していた。


 問題は、どう改善するかなのだが、なにぶん魔道関係には疎い。また魔導書とにらめっこする必要があるのかな。正直、机に向かっての勉強は得意じゃないんだけど……。


「そう言えば……今ウチで歌ってる新人が、珍しい楽器を持ってたな」


 頭を悩ませるオレを横目に、マスターが思い出したように呟く。


 この店は、収入の安定しない新人冒険者をアルバイトで雇う事がある。その中でも、吟遊詩人には歌う場所を提供して、店のBGMとして起用していた。


「どんな楽器なの?」


 イリアが興味深そうに尋ねる。


「ヒデオのアコギに似てたな。弦楽器である事は間違いないが、オレにはそれ以上の事はわからん」


「その新人は、今日も歌うの?」


「ああ……そろそろ時間だな」


 マスターが店の奥を見やると、オレとイリアもそれに習う。


 視線の先は店の角。そこに置かれた木箱の上に、ローブのフードを目深に被った、一人の女性が腰掛けていた。


 その体格から見るに、女性と言うよりは少女と言った方が良さそうだな。


 ツギハギが見られる衣服に安物のローブを纏う姿からは、本業が芳しくない事を感じさせる。


 少女は手にした楽器を構えると、優しく爪弾きだした。


「あの楽器は何? 私も初めて見るけど」


「アレは、リュートだな」


 オレは、イリアの問いに簡潔に答える。


 リュートは、この世界にも元々存在している楽器だが、地域により知名度にかなりの差があるようだ。


 しばらくすると、少女はリュートの音色に合わせて歌い始めた。


 ガット弦の優しい音色に、少女の澄んだ歌声が共鳴する。


「悪くないじゃない」


 イリアが少女の歌声に耳を澄ませる。


 その歌声はまだ拙く、技術的に特筆すべき所は無いが、一音一音一所懸命に歌っているのが分かった。


 それは、遠く離れた大切な人へ気持ちを伝える、切ない愛の歌。


 曲調と澄んだ歌声が、良く合っている。


 オレは、瞼を閉じて曲に聞き入った。アルコールのせいで若干モヤがかった脳内に、少女の歌声が溶ける様に染み込んでいく。


「やっぱり音楽は良いなぁ……」


 酒の力もあるのだろうか、オレは少女の歌声に不思議な浮遊感を感じていた。


 そんな時……。


「……ん?」


 何だろう? 何か違和感がある。


 気持ち悪いと言うか、むず痒いと言うか……。


「ねぇヒデオ、これって……」


「あぁ……これは」


 音がズレてる。


 少女はポロンポロンと優しく爪弾いているが、所々歌のメロディと合っていない。


 少女もそれに気が付いているのだろう、歌声にまで迷いが出ているように感じた。


「うるせえぞ! 下手くそ!」


 突然の怒声。


 少女の歌声がピタリと止まる。


「辛気クセェ歌ばっかりじゃねえか!」


「は、はい……ゴメンなさい……」


 顔を真っ赤にしたオヤジに怒鳴られ、少女は慌てふためく。


「そ、それでは、別の曲を……」


「もう良いっつってんだよ!」


 オヤジが、持っていたビールジョッキを、少女に向かって投げつけた。


「きゃっ!」


 投げつけられた樽ジョッキが、少女の足元に落ちて砕ける。


「帰れ帰れ! もっと色っぽい女と代われ!」


「そうだ! 帰れぇ!」


 酔っ払いオヤジに続き、別の客達も口を揃えて騒ぎ出した。


 オヤジ達のダミ声に囲まれ、少女は顔を伏せてしまう。


 ……何だかムカついてきた。


 若い頃、ストリートで酔っ払いに絡まれた日を思い出す。


「そもそも、ここはガキの来る所じゃねぇんだよ!」


 オヤジは少女に歩み寄ると、か細い腕を掴んで捩じり上げた。


「痛い!」


「こんな場末で歌ってねぇで戦場で歌ってこいや! まぁ必要とされるかは別だがな!」


「その辺にしておきなさい」


 オレが立ち上がる前、既にイリアが酔っ払いオヤジの背後に近づき、肩を掴んでいた。


「何だぁ、テメェは?」


「その子はマスターの許可を得て歌っているの。帰りたければアナタが帰りなさい」


「何だと!」


 オヤジの表情が怒りに満ちる。


「おいヒデオ、止めてくれよ」


 マスターが困り顔でそう言った。止める対象は、当然イリアの方だ。


 イリアは吟遊詩人だが、貴族の嗜みとでも言うのか、剣術や武術も身に着けている。


 本職の剣士や武道家には及ばないものの、酔っ払い程度なら相手にもならないだろう。


 止めようとすれば巻き込まれる可能性は大。オレが首を横に振ると、マスターはガックリと項垂れた。


 そして次の瞬間……。


「はぁあああああ!」


 イリアの雄たけびと、何かが破壊された音。


 音のした方を見れば、真っ二つに破壊されたテーブル、仰向けに倒された酔っ払い、そして酔っ払いを踏みつけるイリアの姿が見えた。


「またやった……」


 マスターが深いため息をつく。


「ほかに異論のある方は居るかしら?」


 イリアが、他の酔っぱらい達を睨みつける。


 彼女の剛腕ぶりは、店の常連ほど良く知っている。当然、声を上げる者など居るはずもなく、イリアに気圧された多くの客が、すごすごと店を後にする事となった。


「店の売り上げが……」


「その分も請求しときなよ」


 オレはイリアを止められなかった後ろめたさもあり、少しでも売り上げに貢献しようと、マスターにエールのお代わりを注文した。

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