First GIG 4
「ん~やっぱり良い音♪」
「良い音♪ じゃない! 家を壊すな!」
ご満悦なイリアを叱りつけるが、本人は素知らぬ顔。
本当に、このお嬢様は……。
「細かい男ねぇ、ちゃんと修理代は払うわよ」
「そういう問題じゃ……」
「あ~ビックリした!」
不意に、窓が有った場所から、小さな女の子が顔を出す。
「もう、イリアちゃんってば、撃つなら撃つって言ってよね」
「リタ?」
少女は壁の穴から身を乗り出し、そのまま室内に入って来た。
彼女の名は、リタ。
イリアと同じ、うちのお得意さんだ。
歳を聞いた事は無いが、見た目は10歳位でもおかしくない。
身長は130cm位だろうか。赤いツインテールを揺らしながら、落ち着きなく室内を歩き回る姿は、どこか小動物を思い起こさせる。
半袖のジャケットと、ショートパンツというカジュアルな服装は、彼女の活発さを表しているようだ。
当然吟遊詩人だが、なぜ別の職を選ばなかったのかは知らない。経歴も知らない。人懐っこいように思えるが、あまり自分の事は話したがらないので、あえて聞く事もしていなかった。
「リタ、アナタも居たの?」
「今来たところだよ、またオジサンに新しい曲を教えてもらおうと思って」
吟遊詩人のスキルは、曲を媒介にしている。吟遊詩人の歌と楽器を曲で繋ぎ、スキルを発動させるのだ。
同じ系統のスキルでも、曲が違えば効果や威力が変わる。
吟遊詩人は、己と楽器の相性を考えて歌う曲を選定する。それゆえに、同じスキルでも人によって曲が違う場合も多い。
多くの吟遊詩人は自分で作曲するのだが、リタはオレが知っている前の世界の曲が気に入ったのか、こうして度々教えを乞いに来ていた。
「そんな訳でオジサン、今度はもっとハードな曲を……」
リタが、部屋の隅を見詰めたままフリーズする。
「どうしたの? リタ」
「イリアちゃん、アレなーに?」
オレとイリアは、リタの視線を追う。
「しまった……」
隠していた試作品が、さっきの騒動で棚から飛び出してしまっていたらしい。
「ヒデオ、しまったって何よ」
「いや、別に……って、リタ! 勝手に触るな!」
何時の間にか、リタが床に転がっていた試作品を手にしていた。
「何コレ? アクセサリー?」
リタは、駆け足でオレとイリアの元へ試作品を持ってきた。
「コレは……チョーカー? それにしては少し大き目だけど」
イリアがリタから黒いチョーカーらしきものを受け取り、しげしげと見つめる。
「そうそう、ちょっと息抜きにチョーカーでも作ってみようと……」
「ウソね」
イリアがオレの言い訳を一刀両断にする。
「楽器バカのヒデオが、どれだけ暇を持て余しても女性のアクセなんて作る訳ないもの」
「いやいや、オレだって偶には……」
「怒らないから正直に言いなさい。コレは何? 楽器に関係あるの?」
イリアが、子供を叱る母親のようにオレを問い詰める。
「そうそう、正直に言っちゃいなよ。オジサン」
リタまでがそう言って、笑顔でオレの肩を叩く。コレは隠しきれそうもないな……。
「……前からギターアンプが嵩張るって言ってただろ、それを解消できないかと思ってさ」
「えっ? これがアンプなの?」
イリアとリタが、改めてチョーカーを眺める。
エレキギターは、ギター本体だけでは成立しない。
楽器として正常に音を出力するには、アンプとスピーカーが必須。
だが、この世界の楽器が武器としても使用されている以上、巨大なアンプを背負って戦場に立つ訳にはいかない。
それならアコースティックギターで戦う方が現実的だ。戦力としてエレキを使う意味がない。
既にアコギは何本か製作しているし、実戦でもそれなりに成果を上げている。
だが、アコースティックである以上、この世界にある既存の楽器と大きな違いは無い。
アンプで出力を増幅すれば、スキルの効果が相応に変化する事は確認済み。
今までは、可能な限り小型化したコンボアンプ(アンプとスピーカーが一体になった物)を首から下げて使っていたが、それでも激しい戦場では邪魔になるし、何より据え置きタイプと比べて出力も音質も劣る。
正直に言えば、アコギにプラスαした程度の性能だ。
据え置きタイプと変わらない出力と音質、更に戦闘中でも気にならない程の小型化。これが完成すれば、この世界においては革命的な存在となるだろう。
何よりオレはエレキが好きだ。
多彩な音色、常識に囚われない形状、破壊的な出力。それらはエレキだからこその魅力。
何とかこの世界で、戦場で通用するエレキを作りたい。その思いで、新型のアンプ作りを始めた。
「こんな物で、本当に音が出るの?」
そう言いながら、イリアは手にしたチョーカーを裏返したり捩じってみたりと、興味深そうにいじっている。
「そいつには、今までのオレの楽器には無かったモノが使われてるんだよ」
「無かったモノ?」
「アダマンタイトに電雷石、セイレーンの羽、ロック鳥の声帯……」
それは前の世界にはなかった、魔石や魔物の素材。
理想とするアンプのサイズや音質を実現するには、既存の技術では限界があった。
そこで目を付けたのが、この世界にあるファンタジー素材。
吟遊詩人は術師だ。歌にも演奏にも魔力が伴う。ならば、楽器のパーツに魔石等を利用する事で、新たな効果を期待できないかと考えた訳だ。
「一応、音出しは出来た。でも、まだまだ調整中なんだよ、特に音質が……」
「とりあえず借りていくわね」
何時の間にか、イリアはチョーカーを首に巻いていた。
「待て待て! それはまだ調整中だって!」
「だから実戦で確かめてあげるって言ってるの。音が出る以上、スキルも使えるんでしょ?」
「そりゃ使えるだろうけど……」
「良いなぁ~イリアちゃん、リタも使ってみたい~」
リタが、羨ましそうにイリアの袖を引っ張る。
「リタは依頼から帰って来たばかりでしょう? 私はちょうど明日出発の依頼があるから、モニタリングして来てあげる」
誰も頼んでいないのに、イリアはチョーカーを手に「楽しみにしてなさい」と手を振りながら帰って行った。
こうなりそうだったから隠していたのに……。
オレはイリアの出て行った扉を見つめ、自らの脇の甘さを嘆いた。