First GIG 3
月日は流れ、オレが転移された日から丸5年。
オレは郊外に建てられたレンガ造りの一軒家に居を構え、作業着姿で汗だくになりながら槌を振るっていた。
吟遊詩人に成れないと知らされたアノ日、オレは改めてこの世界の事を調べつくした。
音楽の事、楽器の事、吟遊詩人の事……。
結果、この世界には吟遊詩人という職業がありながら、楽器製作家という職業がない事を知った。
そもそも吟遊詩人自体の数が少ない上、新品を購入しなくても、引退した者から楽器を譲られたり、コミュニティ内で入手する方法があるからだ。
また簡単な物であれば、工作スキルを持つ者が片手間に作れてしまう。
娯楽で楽器を演奏する人もいるが、それほど質には拘りが無いらしい。
そこでオレは閃いた。これは隙間産業と言うやつじゃないかと。
吟遊詩人は数が少ない。故に、楽器を専門で扱う職人は居ない。だが、需要が全くない訳ではないのだ。
吟遊詩人のギフトが無いオレでも、この道なら音楽に関わって生きていけるんじゃないか。そう思った。
何より、あの時の少女の笑顔。
例え自分で音を奏でなくても、人を喜ばせる事が出来るのだと知った。
そこで、オレの辿り着いた答えが「ビルダー」だ。
ビルダーといっても建築士の事じゃない。オレが目指すのは、ギタービルダー。リペア(修理)を兼ねた、ギター製作を生業にする者だ。
ギターの構造は理解しているし、簡単なリペアなら、今までも自分でやって来た。
都合の良い事に、今のオレは大工と鍛冶師のギフトを持っている。それは、木工や鉄工等の工作スキルを扱えると言う事でもある。
知識はある、技術は鍛えられる。オレは迷わなかった。
楽器の事を調べた際に分かったのだが、この世界に弦楽器はあるが、ギターは存在しない。
確認できたのは、ヴァイオリンやリュートと思われる楽器のみ。ギターと同一の楽器は確認できなかった。
この世界の吟遊詩人が戦場で戦う者なのであれば、ギターの演奏性や取り回し易さは、大きな利点になるだろう。絶対に需要は生まれる。
転移の際に与えられた金貨を全て使い、商業ギルドへの登録と設備投資を終えた後は、ひたすらギターの製作に打ち込んだ。
ギルドでアコースティックギターを演奏したり、ギターの事を知ってもらえるよう努力もした。
当初は、ずいぶん怪訝な目で見られた物だが、少しずつ興味を持ってくれるようになり、今ではお得意さんと呼べる吟遊詩人も居る。
「ちょっと! 居るんでしょヒデオ!」
バタバタと床を踏み鳴らしながらやってくる声の主も、その一人だ。
「やっぱり居た! 私のポールちゃんは……って暑い!」
いきなり扉を開けて現れた金髪の少女は、鍛冶場の熱気に顔をしかめる。
「イリア、この部屋には入るなって言っただろ」
「私を呼び捨てにしないで! もぅあっつい!」
「すぐ行くから、隣の部屋で待ってろ。イリア……お嬢様」
「……ふんっ!」
イリアは扉を豪快に閉め、ココに来た時と同じように足を踏み鳴らして立ち去って行く。
「やれやれ……」
作業を始めたばかりで迷惑なタイミングだが、お得意さんを無下にする訳にも行かない。
オレは槌を下ろし、軽く汗を拭いてから隣の部屋へと向かった。
そこはギターの仕上げ作業をする部屋。最終調整をする前後の物が、壁沿いに並べられている。
「遅かったじゃない、私を待たせるなんて良い度胸ね」
部屋へ入ると、イリアは作業用のイスに座り、ふんぞり返って待ち構えていた。
イリア・スター・ポルファス。
片田舎の領地を治める、男爵家のご令嬢。確か歳は16だったか。
ウエーブの掛かった長い金髪。人形のように大きな碧い瞳。長身の上、余分な脂肪を寄せ付けない完璧なプロポーション。
瞳と同じ色の豪華なドレスと相まって、まるで絵本から飛び出したお姫様のようだ。
そんな彼女が、オレの工房に何の用かと言えば、当然の如くオレの作ったギターが関わっている。
この世界では珍しくないようだが、イリアの両親は冒険者として名を上げ、平民から貴族の仲間入りをした成り上がり。
その娘であるイリアも、冒険者として一時代を築きたいと夢見て、己の領地を離れ冒険者稼業に勤しんでいるそうだ。
因みに、イリアは他にも魔導士系のギフトを授かっているが、ずっと吟遊詩人として活動している。
曰く「私には月並みな魔法使いより、希少で華やかな吟遊詩人の方が合っている」からだそうな。
普通の冒険者なら、稼ぎやすい魔法使いを選択する処だが、そこは流石お嬢様と言った所か。まぁ、オレにとっては有難い話なんだが。
「ちょっと、聞いてるの?」
「はいはい、聞いてますよイリアお嬢様」
おざなりに返事をされたと感じたのか、イリアの目端が吊り上がる。
「相変わらず良い度胸ね、ヒデオ」
「そりゃどーも」
「……まぁ良いわ。それで私の愛器のリペアは、もう終わってるんでしょうね?」
愛器とは、演奏者のお気に入りの楽器の事……だけではなく、もう一つの意味がある。
一般的に、吟遊詩人はどんな楽器でも使いこなせると思われてる。もちろん演奏だけなら可能だが、吟遊詩人としてスキルを発動させる為には、その人物に合った楽器が必要となる。
ヴァイオリンが弾けるからと言って、ヴァイオリンでスキルを発動できるとは限らない。吟遊詩人としてスキルを発動できる楽器、それが愛器。
愛器となる楽器は一種類とは限らないが、それぞれに相性の差はある。
イリアにとって一番相性の良い楽器が、ギターだった訳だ。
「どうなの?」
「もちろん、終わってるよ」
オレは部屋の隅に置かれたスタンドから、布を被せていた一本のギターを取り上げた。
それはギターはギターでも、エレキギター。
オレの最も好きなギターの一つ、レスポールを模して作られた物だ。
スペックはスタンダード。2ハムバッキングPUに、22フレットのローズウッド指板。
ボディはメイプル材をトップ(表側)に、マホガニー材をバック(裏側)に使用。トップを金色に塗装した、いわゆるゴールドトップと呼ばれるモデルだ。
曲面でクビレのあるボディ形状は女性の体に例えられ、どこか優雅さと妖艶さを感じさせる。
「何よ、終わっているなら早く言いなさい」
「その前に、言っておく事がある」
イリアがレスポールに手を伸ばすが、オレは空いた手でそれを制した。
「何度も言っただろ、楽器は鈍器じゃないんだ。ギターで相手を殴りつけるのは止めろ」
「わ、私の楽器なんだから、どう扱おうが私の勝手でしょ」
「毎度毎度リペアする身にもなれ。今回なんてネックもボディもバッキバキだったじゃないか。いくらスキルで修繕しても限度がある!」
「う、うるさいわね! テンションが上がっちゃったんだから仕方ないじゃない!」
テンションが上がってギターで殴るって、どこのロッカーだよ……。
「とにかく! お金は払うんだから文句ないでしょ!」
イリアが立ち上がり、レスポールをオレの手から引っ手繰った。
「ふふ、久しぶりねポールちゃん♪」
手にした愛器に頬ずりをする。扱いは雑だが、愛着が無い訳ではなさそうだ。
イリアの言う通り、楽器がプレイヤーの手に渡れば、ビルダーが口を出すのも野暮だろう。
とはいえ、もう少し丁寧に使ってくれても良いと思うんだが……。
「ちゃんと直ってるか、確認しないとね」
イリアがレスポールを肩から下げ、試奏用のアンプに繋げる。
初めは一つ一つのポジションを順に確認してたが、やがて音が繋がりを持ち、一つのメロディーを形成していく。
このリフは……。
「おい! ちょっと待て!」
気付けば、レスポールが青白い電光を纏っている。
「Thunder Struck!」
イリアのシャウトと共に、レスポールの電光がアンプに伝わる。次の瞬間、アンプから放たれた一筋の閃光が、部屋のガラス戸を打ち抜いて、青い空へと打ち上げられた。
その激しい衝撃波は工房全体を振動させ、棚や作業台に置かれた資材や道具が、次々と落下していく。
やがて振動が収まり、室内に静寂が訪れると、ぽっかりと開いた壁の穴から爽やかな風が吹き込んできた。